見出し画像

アリスとジューダスプリースト その3

その日僕たちは黒川の家にいた。
ドラムのオサムは部活動で忙しく、
僕と裕、そして黒川の3人だったと思う。
黒川の家は町の商店街の中にあり、
この町ではそこそこ知れた自営業を営んでいたので
家というよりは、店舗兼自宅のビルだった。
僕と裕は、黒川のお母さんが持ってきてくれた
紅茶とケーキを面の前にして、
わかりやすいほどに緊張していた。
4階建ての家、きれいなお母さん、そして紅茶とケーキ
という組み合わせは、中学2年生の田舎の男子を
緊張させるには十分だった。

「まあ、食べてよ。」
もじもじしていた僕たちに対して、黒川の態度は
むかつくほど落ち着いていて、大人な振舞いに見えた。
僕は、どういう心境だったのかは思い出せないが、
目の前のショートケーキをほぼ一気に食べたのを覚えている。
「それでなんだけど・・・」
黒川は僕たちに背を向けて、
棚にぎっしり詰まったレコードを見ながら言った。
「ちょっとさぁ、これ聞いてみてくれる?」
そう言うと、まるでリハーサルしたようにスムーズに
さっと棚からレコードを引き抜いて僕らに見せてきた。
「知ってる?」
(いやいやいやいや、知らないよ!
 だってこの真ん中の人、
 黒の革パンで上半身裸の上に
 革ジャン着てんじゃん。
 そんでポリスハットにサングラスで、
 右手を高々と上げて・・・
 えっ?ギターの人は赤の革パン?
 何者?いったいこの人たち何者?)
という心の声を抑えて、僕は低くつぶやくように言った
「いや・・・。」
彼が手にしていたレコードの帯には、
『イン ジ イースト
   ジューダス プリースト』

と、はっきり書かれていた。僕にはどっちがバンド名で
どっちがアルバムタイトルなのかもわからなかった。
ただ、「アリス」や「甲斐バンド」、外国の音楽だと「ビートルズ」や「アバ」くらいしか知らない僕には、かなり刺激的なレコードジャケットだった。
「だよね、まぁ、ちょっと聞いてみてよ。」
黒川は僕らの返事を待たず、レコードをプレーヤーにセットしてボリュームを上げた。
ギャァァアアアアン!ダカドコドコドコ!
ギャァァァアァァアァン!!
・・・・・・・・・驚いた・・・・・・。
聞いたことのない外国の音楽。
黒川はそれをヘヴィー・メタルだと言った。
初めて聞くカタカナの多さに、
僕の脳みそはパンクしそうだ。
でも何曲か聞くうちに、僕は気づいてしまった。
(あれ?カッコイイ?)
これが僕のジューダス・プリーストとの出会い。
ヘヴィーメタル初体験だった。

「俺、こういうのやりたいんだよ。」
黒川はぼそぼそと話し始めた。
「バンドに誘われたときは本当にうれしかったんだ。
だけどこういうのやりたくて・・・。」
ジューダス・プリーストは叫び続けていた。
「だから、甲斐バンドでロックに慣れてもらおうと思ってさ。」
(おぉぉマジか、こいつ何気にしたたかな奴だ。)
「で、そろそろ知っておいてほしくて。」
すると彼はステレオの方を向いて
「こういうのもあるよ。」
と言うと、まるで一仕事終えたような笑顔で次のレコードをかけ始めた。
そのとき聞いたのが確かKISSとUFO、あとはスコーピオンズだったと思う。
ジューダス・プリーストの後だと、すごく聞きやすい音楽に聞こえたように覚えている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?