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肺腺がんになった(7:入院)

入院直前の週末、母と妹が会いに来てくれた。
遠方からの週末弾丸旅行は、高かったろうに。
絶対に泣かないように、わかっていることを全て伝えた。退院して、治療方針が決まって体調が落ち着いたら、こちらから会いに行こうと思う。


2023年12月22日
手術日の4日前の朝、入院先の病院に到着した。
夫と入院受付をしようとすると声をかけられた。

「ご家族は、病棟にはお入りいただけません」

家族との面会も医師からの術前説明と、手術当日以外は認められない。着替えの受け渡しも看護師経由という、厳戒態勢だ。

16時から2人で術前説明を受けると言っても、それまでは受付で待つか、帰るかになると言われて申し訳ない気持ちになりながら夫に手を振った。

入院したのは地域のがんセンターなので、がん患者か、その疑いで入院している患者のみである。

万が一、コロナやインフルエンザを持ち込んだら他の患者の手術や治療計画に影響が出てしまう。
抗がん剤治療を行う患者は免疫抑制により、風邪すら天敵なのだ。
命を繋ぐ、医療の使命みたいなものを感じた。

術前4日前に入院するのも、潜伏期間があけるであろう3日後までに、その発症がないことを確認して手術に臨むための措置というわけである。

個室を希望したが満室のため4人部屋に通された。
入院手続きの際に当日まで希望に添えるかはわからないと言われていた。

「個室に空きが出たら移りましょう」

わかりました。と答えたが、4人部屋は綺麗だったし窓も近くにあり、安くはない個室代が浮くなら、まあいいかと思った。

看護師さんが自己紹介の後、私の手首にバーコード付きのリストバンドをつけ、手際よく採血をした。

レントゲンを撮るよう書類を渡されたので、レントゲン室で撮影を済ませて、入院中に病院で着る作務衣とタオルのレンタルを申し込んでから部屋に戻る。このレンタルのおかげで着替えは下着さえ用意しておけばよかった。便利なものは使う。

荷物を整理していると、昼食が配膳された。
ここの食事は他より美味しいのだと知っている。


実は4年前、婦人科疾患でも入院したからだ。その際は病理診断で良性だった。手術後は硬膜外麻酔が効いて、翌日から立ち上がり歩行練習をした。
退院間近には1階から最上階までの階段を何回か往復する、そんなリハビリができるくらいだった。

硬膜外麻酔は背中に刺した管に小さな点滴バッグから麻酔が一定量流れるような仕組みで、痛みが強いと感じたら、手元のボタンで麻酔の量を増やすことのできるものだった。私の場合、相性が良かったのか追加がなくても何の痛みも感じなかった。看護師さんは痛みに強い!と驚いていた。

今回もそうだといいなと思ったが、後日甘かったと思い知ることになる。前回は呼吸器も消化器も無傷の手術だ。呼吸器の手術なら術後の経過が同じなはずはなかった。この話はまた後日しよう。


美味しく昼食を終えると、また看護師さんが来て歯科の受診を指示された。

手術で全身麻酔をかけると、そのままでは呼吸も止まってしまうため、気管挿管で人工呼吸器をつなぎ酸素を確保する。その際、口の中が雑菌だらけだと気管や肺に雑菌が入り肺炎を起こしてしまう。そうならないために歯科診療を受け、手術当日朝までの、歯磨き指導を受けるような感じだ。

部屋に戻ると看護師長がやってきて、個室が空いたので移動することになった。荷物をまとめて、ベッドごと個室に移動した。レンタル品の窓口に部屋番号の変更を伝えに行くと、術前説明が近づいていた。

夫が病院に到着した。
個室にプレーヤーを見つけ、暇そうだからと頼んでおいたDVDを受け取った。

入院後、担当医となった医師から術前説明を受ける。以前入院した時も感じたが、この術前説明というものは想定される最悪のことを全て聞かされて同意書を書くので、恐ろしい契約でもするような気持ちになる。

「手術中、リンパ節への転移を確認します」

「手術後、切除した肺を病理診断に出します」

「ホルマリン漬けにしてカチカチに固めます」

「それを薄くスライスして診断します」

「これらを総合してステージが確定します」

「ステージが確定したら治療方針を立てます」

…あ、と思った。

「あと、うちでも造影CTを撮らせてください」

「血管の位置を事前に把握したいので」

術前説明が終わり、まずは手術を頑張って元気になろうと励され、また当日ねと夫を見送った。

その日することは何もなくなった。

夫と妹からもらったお守りを見ながら、夫が用意してくれた香りのいいハンドクリームを使って、頑張ろうと気分を落ち着けようと思った。

『ステージが確定したら治療方針を立てます』

そうだ、手術が終わってからだ。そこから治療が始まると本で読んだのに入院したら治る気になっていた。

CT検査でがんの大きさは2.5cmと聞いているから
最も軽度だとしてステージ1A3期だろう。

これは経過観察ではなく術後補助療法が推奨される病期のはずだ。副作用はどの程度か、とにかく病理診断までに準備できることはして不安を解消しておこうと思った。

夜勤の看護師さんが自己紹介に来て「いつでも胸は貸すから、不安な時は泣いてもいいのよ」とニコッと笑った。私はありがとうございますとだけ答えた。


翌日から手術前日までは、リハビリ室で術前の体力を測定したり呼吸法を教えてもらう程度で、たまにあるレントゲンや診療が終われば、DVDを見たり、病理診断が出たら聞きたい質問を書き出したり、職場に診断書を出すかもしれないから、診断書を依頼するフォーマットを調べたりして過ごした。様式は厚生労働省が作成した両立支援用のフォーマットを使うことにした。


話は変わるが、病院生活は規則正しい。
手術前のタイムスケジュールはこんな感じだ。
・6:00 起床
・7:00 検温、血圧計測
・7:30 朝食
・9:00 レントゲンや診療
・12:00 昼食
・18:00 夕食
・20:00 検温、血圧計測
・22:00 消灯

午前中の診療が終われば、ほぼ自由時間だ。自由時間とはいっても、ベッドを30分以上離れてはいけない。今から行ってという検査の依頼や、書類の記入があったりする。待機時間というべきか。
手術前はいつなら安心して30分使えるかわからず、シャワーは夕食後に使用していた。

たった4日間規則正しい生活をしただけで、漠然と生活を正さなければいけない気がしてきた。

退院したからといって、今までと同じ生活をしていたら、またがんになるかもしれない。

甘いものは食べ過ぎだろうし、完全に運動不足だとも思う。食事時間も一定してなければ、睡眠時間も足りていない。挙げたらキリがない。

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