【小説】#さくらのゆめ(ショートショート)
「こんにちは」
作業療法士のジュンが、病室に入っていく。
『こんにちは』
車椅子のヒデヲが、目の動きを使って伝えてくる。
モニターが、彼の眼球の動きを拾って文字にしている――彼は重度の筋萎縮性側索硬化症である。
「ドクターキリコに気を付けて」
家族に耳打ちされる。
ヒデヲは以前、自傷行為をしたらしい。
怪しい男の影。
ヒデヲが、死の売人『ドクターキリコ』と、やり取りをしているというのだ。
「個展やりましょうよ」
ジュンが微笑む。ヒデヲに前向きになってもらいたかった。
『了解』
目の動きで答えるヒデヲ。
ヒデヲは、ギャラリーで、展覧会をやることもあるアーティスト。
花の絵。Tシャツなども人気である。
だが、症状が進行して、筆を握ることも難しくなっている。
(やはり、キリコだろうか)
時折、ヒデヲがネット上で、誰かとSNSで遣り取りしているのが気がかりだった。
ヒデヲは、すぐに履歴を消してしまう。
『さくらのゆめ 本物の桜が見たい』
「来春のさくらまつりに行きましょう」
ジュンが励ます。
二人は『隅田川さくらまつり』の為に、外を歩くトレーニングを始めることにした。
だが、ようやく祭の準備を終えた頃、ヒデヲは亡くなった。
『さくらまつりに行く』という夢は、途絶えた。
隅田川沿いのギャラリー。家族の意向で、遺作展が開かれることになった。
「本物のさくらまつりに、遺作展のスタートが間に合って良かった」
「せめてもの罪滅ぼしだ」
展覧会の初日。
「生前からコラボの話を進めていたのです」
知らない男が、近づいてくる。
男は、プロジェクションマッピングを専門とするアーティストだという。
夜。
プロジェクションマッピング。ギャラリーの壁に、満開の桜が映し出されている。
「これは、ヒデヲが瞳の力で描いた『さくらのゆめ』です」
「彼は病気のせいで筆は握れませんでした。目を動かす力で、点描画のような作品を描いていたのです」
「じゃあ、もしかして」
「誤解しているようですが、彼が連絡を取り合っていたのは僕です。死の売人などではない。極秘にコラボをしていたのです」
「極秘」
「極秘です。作業療法士の方へのサプライズ。感謝の気持ちを伝えたかったようです」
サプライズの為、ヒデヲは最後までコラボについて内緒にしていたのだ。
『さくらまつりは行けなかったが、人生最後に特大の桜をプレゼントできたね。どうだい。ジュン、驚いただろう?』
天国のヒデヲから、こんなメッセージが届きそうである。
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