(奇妙な話/怖くない話)針金のような女

「おい。あの子、乗せてやろうぜ」
 俺は、助手席の保坂に言った。
 道路の脇を、こちらに背を向けて、登山にいくような格好の女が歩いている。

 ヒッチハイカーなのか。
 すらりとしたモデル――というより、針金みたいだ。

「パリコレのモデルみたいに痩せているよ。腹に寄生虫、飼っているよ、きっと」
「乗せてあげて」
 保坂が同意する。
 
 運転手は俺。
 今日は早朝に東京を出て、山梨県の薄暗い自然の中を走り続けている。
 車は保坂のスポーツクーペ。
 レクサスLC500――女の子とデートする為に作られたような車だ。
 
 今日は保坂の提案で、俺がドライバーを務めている。

 前から“一度、レクサスを運転させろ”と言っていた。
 それで今日のドライブが実現した。
 だが、いくらなんでも男二人きりのドライブは飽きがくる。

 保坂は女好きだった。
 学生時代からナンパばかりしていたが、外資系の保険会社に勤め始めてからも変わらなかった。
 優秀な男だが、
「取引先の女性の電話番号を聞くのは、礼儀だよ」というのが口癖。

 だが、どうにも保坂は最近、元気がない。理由は不明だが、今月の営業成績もパッとしないらしい。
 俺が、そのヒッチハイカーらしき女を乗せようと提案したのは、保坂を元気づける為だった。

「すみません」
 女が後部座席に乗り込んでくる。
 女は無言だが、保坂は特に気にする様子もなく、外の景色を眺めている。これは珍しかった。

 GPSを確認する。
 山梨県富士河口湖町・鳴沢村――車は“樹海”と呼ばれる地域に入っている。
(気味が悪いな)
 アクセルを強く踏んで、車を加速させる。

 その時
「とめてください」女の声がした。
「嘘」
「嘘じゃない」
 女のテコでも動かないという口調に、車を止めざるを得ない。 
 
 女は車を降りて、樹海の入り口で誰かを待っている。

「さすがに、マズいだろ」
 俺は、女に声を掛けようとしていた。

「大丈夫。知ってる子だから」
 保坂が止めてくる。
「知っているって」
「そうだ。営業先で知り合った子。今朝、彼女から樹海に行くってLINEが来たんだ」
 保坂がスマホを見せてくる。

「二人で会社の金を使い込んだんだ。止めるな」
 これが近頃、保坂が元気がなかった理由らしい。

「このレクサスは処分してくれ。今日は最後のチャンスなので、お前に運転させたんだ。感謝しろ」
 保坂の表情は逆光でわからない。

 保坂と女は真っ暗な森の奥へと消えていった。
 
 

 

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