【小説】#新人記者VS新人カメラマン(ショートショート)
青コーナー。
「ダイビングエルボー、ダイビングエルボー」
新人記者は、苛立っている。
スポーツ紙。ようやく憧れだった女子プロレス担当に回されて、昨日は、眠れなかった。
この試合、米国帰りのレスラー「カイリ」が勝つと予想してきた。
素晴らしい記事を書きたい。新人記者は、昨夜のうちに、カイリが「ダイビングエルボー」で勝利する模写を書いてきた。
渾身の文章だった。数年に一度レベルの傑作である。
カイリは、米国でメジャーリーガーに匹敵する知名度を持つスーパースター。
ダイビングエルボーを武器に、世界を制覇した。
コーナトップから飛ぶ、V字のシルエットは世界で最も美しい。
赤コーナー。
「ムーンサルトプレス、ムーンサルトプレス」
新人カメラマンは「イオ」の勝利を願っている。
決め技「ムーンサルトプレス」を披露する瞬間を心待ちにしている。
新人カメラマンは、角度、構図ともに最高傑作が撮れるように、練習を重ねてきた。
この日に、勝負を賭けている。
イオ。こちらも、米国帰りのスーパースター。
イオは、元器械体操の選手という運動神経を活かした、超絶的な空中殺法で知られている。
米国のメジャー団体で、ベルトを取って凱旋した。
「わあああああ」
場内から声が上がっている。
イオが場外へダイブするようだ。遂に、ベストショットが撮れる瞬間がやってきた。
「ベストショット、ベストショット」
新人カメラマンが、走り出した。
「イオ、勝て!」
「カイリ、勝て!」
新木場の観客も、二分されている。
試合は、大混戦。
スーパースターどちらが勝つか、どのタイミングで決め技を披露するか、わからなくなってきた。
「イーオ。イーオッ。ムーンサルトプレス決めてくれ」
カメラマンは、ベストポジションを見つけた。
記者席のすぐ脇である。
「カイリ負けるな。ダイビングエルボーで試合を決めろっ」
新人記者が、叫ぶ。
「うるさい。勝つのはイオだ」
「そっちこそ何様だ。今日は、ダイビングエルボーでカイリの勝利だ」
カメラマンと記者が揉め始める。
互いに必死である。
「なめんな。似非カメラマン」
「キサマ、どこの記者だ」
とうとう観客や選手も入り乱れて、取っ組み合いが始まってしまった。
パイプ椅子が吹っ飛ぶ。
新木場のプロレス会場は、真っ二つに分かれて大乱闘である。
翌週、プロレス雑誌が発売。
表紙。乱闘する客たちの中に、記者とカメラマンの姿。仕事そっちのけ。
これが、二人のほろ苦いプロレスデビュー戦となった。