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ICE reminiscence

残暑が残る夏の昼下がり

私は母と出かけた。

スマホの画面割れから約、3ヶ月が経過し
 買うか修理に出すか考えていたからだ。
夏の暑さは、尋常じゃないが、
近くの電気屋まで、20分ほ歩いた。

母は福祉関係の仕事についており、
体力が多くあるが、
 運動せず、室内にいることが好きな私は
高校時代よりかなり体力が落ち、
歩くのがあまりにもしんどくて
「しんどい!夏来るな。あぁ、電柱がロープウェイにならんかな。そしたら楽なのに。」とかボヤいていた。

母はいつも通り、
「暑いね、汗が凄い、」と至って 普通だ。

スーパーに寄った時、
買い物でアイスを買った。
私「何食べる?」
母「うーん」 
私「どんなのがいいの?」
母「安くて食べやすいもの」
私「パピコは?。」
母「いいね。」

パピコ買った。 
帰りに歩きながら食べた。 
ホワイトソーダ味だ。
 
買い物袋、が二つあった。
私「ねぇ、これを私に持てとかいわないよね?」
母「大当たり!よくわかったね。」
私「いつもやってることでしょうが。」

ずっしり重かった。
手が痛かった。
暑かった。

私「重い、ヘリコプター欲しい。ねぇ、
わざと重いもの持たせた?。」
母「え?。持たせてないけど。」
私「手が折れそうだから変わって。その代わり茶色のバック持つ。」 
レジ袋を母に渡す時にパピコを抜き取った。
母「分かった笑 これ、めっちゃ重。」

帰り道、パピコのホワイトソーダを食べた。
ふと、夏ぽっいから写真を撮ろうと思って
空を背景にパピコを持ち上げた。

すると不意に昔の記憶が思い出されたのだ。

そういえば昔、
よく叔父が私にパピコ半分こしてくれたな。

母が鬱で暴れていたり、
勉強がやりたくなくて大泣きした日、
犬の散歩の帰り道。 

叔父「ほら、やる、1個食え?。
ちょっとばかし溶けてるけど、
そっちの方がうめぇがら!笑笑」
私「ありがとう!」
叔父「うめがぁ?(うまいか?)」
私「もちろん、美味しいよ。」
叔父「そういうときはな、うんめぇっていえ笑」
私「うんめぇ」
叔父「それでいい〜、」

叔父は、私にコーラ味のパピコを
半分こにして渡してくれた
懐かしい夏の日が鮮明にパピコで少しづつ
思い出されるのだ。

何故、空にパピコをあげた時に
そんなことを思い出したんだろう?。

不意に疑問に思ったが、
おそらく、私は辛いことがあると空を見上げる癖があるからだろう。

叔父の優しさに泣かないように、
空を見上げてパピコを日に当てるふりなどを
していたのかもしれない。

当時、私がイタズラをして齧り付たり、
リードを持つとき私を引っ張って転ばせた
犬も、元気よく走ったり、遊んでくれた叔父も、今ではだいぶお年をとり、
人柄も、犬柄もだいぶ落ち着き、
静かになった。

一方で母は、鬱から復活し
今では自分なりに働き仕事を頑張ってる。
昔のように、切れたり、ものに当たったり、騒いだりすることも少しあるが、
それは、病気とかではなく、
本来の性格の母なのだろう。

と、16タイプを知り
個人的な趣味として研究をしていく中で
そのような結論に至った。  
それでも、私は厳しく優しい母には
心のどこかで感謝しているような気もする。
きがするというのは、
私自身、分からないからだ。

煙草の煙を感じながら、
歩く田んぼ道は、
いくら時が過ぎようが、
私にとっての特別な夏の思い出だったと
感じる。

そんな、泣き虫の少女の姿は
 今では20歳になり、ほんの少しだけ、
強くなったような気がするのである。

そんな追憶を頭の片隅に、
私「はい、あげる。アイスはほんの少し溶けた方が美味しんだよ?」
母「ありがとう。」

母「今年の夏は、珍しく
ほんのちょっとだけ、
普通の家族らしいことができたね。」

と母は嬉しそうだった。

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