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父との時間

私は三人兄弟の真ん中。
兄と弟がいる。
父にとっては一人娘だ。

反抗期で口をきかない時もあった。
生意気な娘だったに違いない。
それでも可愛がってもらったと思う。

大学で家を離れてからは、
帰省するたびにこっそり
お小遣いをくれた。

小銭(500円玉)を缶に貯めて
古封筒に入れて渡してくれた。
私は1万円札よりその重みが好きだった。

給料日前でお金がない時には
その500円玉を1枚ずつ使った。


その父も突然の大動脈瘤破裂で
生死の境を彷徨ってから
現実とそうでない世界を
少しずつ行き来するようになった。

それでも実家に帰るとまだ
古封筒に入った500円玉を
笑って渡してくれる父がいた。

結婚し生活も落ち着いた頃から、
私は両親にお年玉を渡すようになった。
けれど、500円玉のお小遣いは
そんな時でも必ずくれる父だった。
私と父の暗黙の了解のように。


久しぶりに実家に帰ったお正月
いつものようにお年玉を渡した。

「くれるんか。ありがとう。」
笑顔でそう言った10分後、
父は封筒を初めて見たような顔で
中を覗き込み1万円札をだすと
「これ。お前に小遣い。」
と私に嬉しそうに渡してきた。

「お父さん、
    これ私からお父さんにだよ?」
と言うと、
父は少し困惑した顔で
ポケットを探り
黒い古ぼけた財布を取り出した。

そして中を見て
入っていた五千円札を出すと
「じゃあ、これ。」
とまた笑って渡してくれた。

父はもうお金の管理が
出来なくなっているので、
財布にいつも五千円札を
1枚だけいれておくのだと
母から後で聞いた。
何も入っていないと不安がるらしい。

そのなけなしの五千円札を
私にくれたのだ。

もう自分で買い物にも行けず
500円玉を貯めることも出来ない父。

それでも父は
私に渡したかったのだ。

私はその五千円札は
なんだか今までと違う気がして
財布にしまわずに綺麗に折りたたみ
スマホケースにそっと入れた。


それが父から私への
最後のお小遣いだった。



今も会えば笑顔で迎えてくれる。
でも、もう私を名前では呼ばない。

お父さん
お父さん

もっといっぱい話せば良かった。
素直で可愛い娘でいれば良かった。

父にまとわりついていた
小さかった頃を思い出す。
父にとって私は
今でも小さい娘なのかもしれない。


私のスマホケースには
今も
父からもらった
五千円札が入っている。




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