式子内親王 早春の歌
「山が深いので春が来たこともわからないような庵の松の戸に、とだえとだえに落ちかかる雪解けの水の雫よ」
平井啓子さんは、そう現代語訳しているこの歌。
式子内親王はたびたび、人の行き来が絶えた自然に身を置く歌を詠んでいるけれど、「内親王」なのだから、そんなに山奥に住んでいたとも思えない。
それでも、この春の景色のなんて美しいことだろう。
今年暖冬だったので、文字通りの山奥(標高1500m)のわが陋屋のあたりも、例年よりずっと雪がすくなかったし、雪解けも早い。
屋根から育つ氷柱も小さくかぼそかった。
まだまだ「春」という感じではないけれど、雪解け水はぽとりぽとりと落ちてくる。
そんな景色を見ていると、この歌が心の中で響いてくる。
式子内親王は都の奥に住まわれていたのだろうか。
そのころは、今よりずっと寒かったらしい。
もしかしたら、都の春も、私の山の上のように、とても静かで寒いものだったのだろうか。そう思うと、さらに内親王と心がつながっていくような気がするのです。
ちなみに、こんな本が出ているらしい。
私は個人的に、「玉の緒よ~」の歌は法然への歌だと思っているのですが、式子内親王と法然のつながりの可能性を示す法然の手紙の解釈が書かれているそうです。
・・・読みたい・・・。
お値段がちょっと手を出しずらいのですが、いつか買ってしまうかもしれないです・・・。
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