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文芸部員と図書委員の再会 【短編小説】#シロクマ文芸部

シロクマ文芸部初投稿。人生で初めて小説を書き終えることができました。すごい達成感です。ありがとうございます!
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 文芸部の子は、学園祭では太宰治特集とかやってるしなんとなく暗い人たちだよね、と高校の時には思っていた。スクールカーストとかいう言葉は一般的ではない時代だったから、クラスの中の地位みたいなものは多分今ほどそんなに意識されていなかったけど、クラスの人気者と、そうでもないマイナーな子たちの区別は厳然とあって、文芸部の子たちがマイナーな方の人たちであるのは明らかだった。バドミントン部の私自身は人気者というわけでもなかったけど、とにかく普通な人の範疇ではあった。だから、私は、その高校で3年生までずっと図書委員で、図書委員長までやっていたのに、文芸部ではなくてバドミントン部だったし、文芸部の子との交流は全くなかった。文芸部に誰が入っていたのかも覚えていないくらいだ。私は本好きとはいえ読むほうが専門だったから、その15年後、私が趣味で小説を書いているだなんて、その時の私に言ったって信じなかっただろう。
 などと、私は、「ワタセです。文芸部の」と言う目の前の結構感じのいい男性の言葉に相槌を打ちながら、頭の中で忙しく考えていた。全く見覚えがないけど、誰だっけ?
 高校を卒業して15年間私はほぼ東京にいたから、同窓会に出るのは初めてで、一応来てみたけれどあまり仲良しが来ていなくて失敗したなと思いつつ、とりあえず知っている一人一人と挨拶を終えて、手持無沙汰になった頃に彼はやってきて、「久しぶり~」と懐かしそうに笑ったのだった。木谷さんは図書委員だったよね、僕は文芸部だったからよく図書室でときどきばったり会ったよね、図書室にときどき貼ってあった本の紹介で私が書いたものを読むのが好きだった、というようなことをしきりに語りかけてくる。私は全然社交的じゃなくて友達もほぼバドミントン部の子だけだったし、特に男子については、私はバドミントン部の人気者のキャプテンに片思いしていたから他の子は眼中になかったし、もともと人の顔と名前を一致させるのがすごく苦手だったから、目の前の彼のこともいつまでたっても全然思い出せなくて、とにかく曖昧な笑顔を浮かべて頷いていた。
「……。もしかして僕のこと、覚えてない?」
一瞬しーんと間があって、わーどうしよう、気きまずくなる、と思ったけれど、彼はくすくすと笑い出した。
「顔、引きつってるよー。大丈夫、大丈夫」
私は謝りながら、目の前の顔から15歳をマイナスした顔を、記憶の中からなんとか探り出そうとしていた。
「まだ、モンゴメリ、好きなの?」
その言葉でやっと思い出した。高2の図書委員長の時に図書室付きの職員さんと企画した、本屋に有志の生徒達が行って図書館に入れる本を選ぶというイベントで、モンゴメリが書いた『エミリー』シリーズを手に取った私に話しかけてきた、ひょろひょろして自信なさげで、身のこなしがギクシャクした眼鏡の男子だった。『赤毛のアン』さえ読んだことがないという彼に、いかにこの作家が偉大であるか、滔々とレクチャーした記憶がある。コンタクトレンズにしたのだろう、もう眼鏡はかけていなくて、体つきも大人っぽくなってそんなにひょろひょろしていなかったから、わからなかったのだ。「うーん、最近はあんまり読んでないかも。モンゴメリは一通り読んじゃったからね。大学に入ってからドストエフスキーにはまってね」と、本の話題だったらいくらでも語れる私は、急に気が楽になって喋り出した。同窓会の幹事が、「じゃあ、みんなひとりひとり近況を話してくださーい」と大きな声で言った頃には、ドストエフスキーから始まった私の読書遍歴の話は、トーベ・ヤンソンのあたりまで来ていた。
 アイウエオ順だったから、渡瀬君(名前の漢字も思い出した)の番は私よりもずっと後だった。私は、大学の時から東京に住んでいて、ずっと企業で翻訳の仕事をしていたこと、コロナをきっかけにこちらに帰ってきて、今はフリーランスで在宅で仕事をしていること、結婚はまだしていないことだけ言った。大学生になってから、初恋のバドミントン部のキャプテンに似た人に出会って付き合って、結婚するかと思ったけど、別れて、それがきっかけでこちらに帰ってきたことなどは、もちろん言わない。
 渡瀬君は、こちらの国立大学を出て、中学校の国語の先生になっていた。「長いこと非正規だったのですが、30歳になってやっと正規の教員になりました。中学生は生意気ですが、かわいいです。結婚はしていません! 恋人募集中です!」
シャイに見えるのに意外な終わり方だ。ほどほどの笑いと拍手が沸き上がった。
 中学校の先生って、すごくありがちな設定だ、似合ってるけど、と私は思う。(小説家志望なのでそんな風に考えてしまう。)こういう堅実で読書の話題のできる人に、高校の頃、注目していればよかったのに、つい自分と違う人気者に惹かれてしまうとは、人生ってうまく行かないものですね。同窓会で再会して恋が始まるとか、まさかそんなベタな展開は現実世界ではありえないのだろうし、などと考えていると、渡瀬君が隣に戻ってきた。
 こちらをじーっと見て、思い切ったように言う。
「木谷さん、せっかくだから、よかったらLINE交換しない?」
渡瀬君は、意外に直球だった。私はもごもご口ごもりながらスマホを取り出してLINEを交換した。ちょっとした沈黙が訪れた。
「トーベ・ヤンソンの話だったよね、僕、ムーミンは読んだけど、他の本は知らないな」
そう言われて黙っているわけにはいかず、私はトーベ・ヤンソンの大人向けの本について語りだし、その後、渡瀬君は渡瀬君で、パステルナークとスタイロンが好きだということで、自説を展開してくれた。
 同窓会が終わるまで渡瀬君と本について語った後、バス停まで一緒に歩いた。バスに乗った私に手を振る渡瀬君の顔は、あからさまに嬉しそうで、私はちょっと照れてしまった。
 現実にはないと考えていたベタな展開は、もしかして、結構あり得るのかもしれなかった。