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ホメロス『イリアス』序文(第1巻1-7行)のギリシア語解説

はじめに

ホメロス『イリアス』は古代ギリシアの詩です。ホメロスの入門書は数多く出版されており、それを開けば『イリアス』の成立についてとかギリシアの詩についてとか、ホメロスなる詩人の伝承やら韻律の仕組みなどを知ることができますが、このnoteでは、『イリアス』をギリシア語で読んでみたいな〜ちょっと興味あるかも!、という初学者に向けて、とりあえず『イリアス』の冒頭の意味をざっと掴めるようになるための解説をしてみたいと思います。でも流石に何の説明もしないのはさすがに不親切なので、初めて読む人に最低限必要と思われる韻律のルールだけ簡潔に述べます。そのあとに、『イリアス』のギリシア語をできるだけ分かり易く解説します。

※(『イリアス』を初めて原文で読もうという人には、高津春繁校注『イーリアス』, 岩波書店, 1950: 岩波ギリシア・ラテン原典叢書シリーズが日本語の入門書として最適だと筆者は思いますが、不幸なことに絶版で大変手に入りにくくなっています。岩波書店さん、ギリシア・ラテン原典叢書シリーズを再販してください。
英語が読める人なら Draperという人が書いた入門書がわかりやすくて便利です)。

韻律

短歌には「5 7 5 7 7」という独特なリズムがあります。それと同じように、ギリシアの詩にも決まった韻律があります。和歌の「5 7 5 7 7」と違うところはギリシアの詩は「長い音」&「短い音」の組み合わせで出来ている、ということです。その韻律の説明を今からしますが、ここでは2つだけルールを覚えてください。

①「タータタ(長・短・短)」のリズムで成り立っている。さっそく試しに1行目を見てみましょう。

μῆνιν ἄειδε θεά 
(mēnin a/eide the/ā)
「めーにな」「えいでて」「あー」

めーにな」「えい(eiは一つの長い母音)でて」のように「タータタ」(長・短・短)のリズムがあるのがわかります(これがわかりやすいように、ギリシア語の下のローマ字表記には(長・短・短)の終わりに「/」をつけておきました)。この「タータタ」を一つの塊として見ます。この塊が6つ集まると一行と数えます。

②「タータタ(長・短・短)」の代わりに「ターター(長・長)」でもOK。「タータタ」の代わりに「ターター」を使っても一つの塊として機能します。なので最初の一行をもう一度例にとると、

μῆνιν ἄειδε θεά Πηληϊάδεω Ἀχιλῆος
(mēnin a/eide the/ā pē/lēïa/deō akhi/lēos)
1. めーにな 2. えいでて 3. あーぺー 4. れーいあ 5. どーあき 6. れーおす



※5. 「どー」の部分はギリシア語では δεω (deō) の部分です。普通ならば「でおー」と読むところですが、ここでは e と ō が一つの音として発音されています。なので「どー」と記します。

「めーにあ」(タータタ)
「えいでて」(タータタ)
「あーぺー」(ターター)
「れーいあ」(タータタ)
「どーあき」(タータタ)
「れーおす」(タータタ)

「タータタ」あるいは「ターター」が6つ集まって1行になりました!このリズムを意識しながら口に出して読むとだんだん楽しくなってきます。是非口に出して読んでみてください。

ところで私は最近「平曲」(『平家物語』の朗読)をTVで観たのですが、思ってたよりも朗読が長ーーーーくてビックリしました(こんなにタメるの?!)。もしかしたらホメロスもこれぐらいゆーーーーーっくり朗読していて、それを周りの聴衆がのんびりと聴き入っていた、なんて想像(妄想?)しちゃいましたが実際のところよくわかりません。YouTubeで「Iliad Greek recite」とかで調べれば『イリアス』のギリシア語の朗読をしている動画があるので(英語訛りだったりする)そういうのを聴いてイメージを掴むのもアリだと思います。ここでは朗読動画のオススメとして、個人的にリズムとメロディーが心地良くて気に入っているという恣意的な理由で佐藤二葉さんによる動画を挙げておきます。

原文(『イリアス』1-7行)

1. μῆνιν ἄειδε θεά Πηληϊάδεω Ἀχιλῆος
(mēnin a/eide the/ā pē/lēïa/deō akhi/lēos)※5つ目の deōは「どー」
2. οὐλομένην, ἣ μυρί᾽ Ἀχαιοῖς ἄλγε᾽ ἔθηκε,
(oūlome/nēn hē/ mūri a/khaiois/ alge e/thēke)※1つ目のoūは「うー」
3. πολλὰς δ᾽ ἰφθίμους ψυχὰς Ἄϊδι προΐαψεν
(pollās/ d' iphthī/mous psū/khās aï/dī proï/apsen)
4. ἡρώων, αὐτοὺς δὲ ἑλώρια τεῦχε κύνεσσιν
(hērō/ōn au/toūs de he/lōria/ teukhe ku/nessin)
5. οἰωνοῖσί τε πᾶσι, Διὸς δ᾽ ἐτελείετο βουλή,
(oiō/noisi te/ pāsi di/os d' ete/leieto/ boūlē)
6. ἐξ οὗ δὴ τὰ πρῶτα διαστήτην ἐρίσαντε
(ex hoū/ dē ta/ prōta di/astē/tēn eri/sante)
7. Ἀτρεΐδης τε ἄναξ ἀνδρῶν καὶ δῖος Ἀχιλλεύς.
(atreï/dēs te a/nax and/rōn kai/ dīos a/khilleus)

1-2の解説

1. μῆνιν:μῆνις, μῆνιος. 女性名詞, 単数, 対格。「怒り」。次に出てくる動詞の目的語になっています。
ἄειδε:ἀείδω. 動詞. 命令法, 能動相, 二人称, 単数, 現在。「歌う」。命令法になっているのは、ホメロスが女神さまに歌ってもらうよう語りかけているからです(「歌ってください」という意味になる)。
θεά:θεά. 女性名詞, 単数, 呼格。「女神」
Πηληϊάδεω :Πηλεΐδης. 男性名詞, 単数, 属格。これはΠηλεύς(ペーレウス, アキレウスのお父さん)に -ίδης(〜の子ども)という接尾辞がついた語で「ペーレウスの子(要するにアキレウスを指す)」という意味で、アキレウスの枕詞のようなものです。次のἈχιλῆοςと性, 数, 格が一致しています。
Ἀχιλῆος:Ἀχιλ(λ)εύς. 男性, 単数, 属格。「アキレウス」。我らが主人公!

1. の訳:ペーレウスの子(Πηληϊάδεω)アキレウスの(Πηληϊάδεω)怒りを(μῆνιν)歌ってください(ἄειδε)女神さまよ(θεά)。

2.οὐλομένην:οὐλόμενος, η, ον. 「呪われた」この形容詞は元々 ὄλλυμαι「滅びる」「死ぬ」という動詞のアオリスト分詞で、意味は「滅びますように(ὄλοιο)と言われるような」らしいです(先述した高津本の 2行目の注釈を参照)。ここでは女性, 単数, 対格になっていますが、どの名詞と一致しているでしょう……?(突然のクイズ!)

1行目の初めの語μῆνιν「怒り」ですね!なので「『呪われた』怒り」(あるいは「その怒りは『呪われている』」)という風に修飾します。

ἣ:関係代名詞 ὅς, ἥ, ὅν. 女性, 単数, 主格. 関係代名詞は性と数が先行詞と一致します。は一致してなくてもいいです。例えば「私の飼っている犬は美しい」はギリシア語だと ὁ κύων ὅν ἔχω καλός ἐστιν. になると思いますがここで使われる関係代名詞は先行詞 κύων (男性, 単数, 主格)と性と数が一致しています。しかし、格は一致していません。ἔχω「私は持つ」の目的語になっているのでは対格です。

それでは ἣ の性と数が一致している名詞はなんでしょう?(再びクイズ!)

これも1行目の初めの語 μῆνιν「怒り」女性, 単数 ですね。「その怒りはどういうものかというと…」という風につながっています。

μυρί᾽(=μυρία):μυρίος. 「無数の」この「᾽」は語尾の母音が脱落していることを示すマークで、ここでは -α が脱落しています(-α, -ε, -ο が語尾にくると脱落しがち)。中性, 複数, 対格で、あとの ἄλγε᾽ と一致しています。

Ἀχαιοῖς:Ἀχαιοί. 男性, 複数, 与格。「アカイア勢」。『イリアス』では「ギリシア軍」の呼び方としていくつかの名称があり、これはその一つです。

ἄλγε᾽(=ἄλγεα):ἄλγος, ἄλγεος. 中性名詞, 複数, 対格。「苦痛」「苦難(複数形)」。ここでも-α が脱落しています。μυρία ἄλγεαで「無数の苦難」。

ἔθηκε:τίθημι. 動詞. 直説法, 能動相, 三人称, 単数, アオリスト。「置く」「もたらす」

2. の訳:「(その怒りは)呪われている(οὐλομένην)。それ[その怒り]は(ἣ)無数の(μυρί᾽)苦難を(ἄλγε᾽)アカイア勢に(Ἀχαιοῖς)もたらした(ἔθηκε)。

3-5の解説

3. πολλὰς δ᾽ ἰφθίμους ψυχὰς Ἄϊδι προΐαψεν
(pollās/ d' iphthī/mous psū/khās aï/dī proï/apsen)
4. ἡρώων, αὐτοὺς δὲ ἑλώρια τεῦχε κύνεσσιν
(hērō/ōn au/toūs de he/lōria/ teukhe ku/nessin)
5. οἰωνοῖσί τε πᾶσι, Διὸς δ᾽ ἐτελείετο βουλή,
(oiō/noisi te/ pāsi di/os d' ete/leieto/ boūlē)

解説

πολλὰς :πολύς. 女性, 複数, 対格. 「多くの」。後ろの ψυχὰς を修飾しているので、性, 数, 格が一致しています。
δ᾽:δέ. 前のnoteでも述べたように、-α, -ε, -ο が語尾にくるとしばしば脱落します。 δέ は「しかし」や「そして」などの意味の接続詞で、このように常に文の2番目に置かれます。1-2行の文「怒りは…をもたらした」。そして「…」という風に繋いでいます。
ἰφθίμους:ἴφθιμος, ον. 女性, 複数, 対格. 「力強い」。これも後ろの ψυχὰς と性, 数, 格が一致しています。
ψυχὰς:ψυχή. 女性名詞, 複数, 対格. 「魂」。
Ἄϊδι:Ἀΐδης. 男性, 単数, 与格. 「ハデス(冥界の神さま)」。日本語では「ハデス」と呼ばれることが多いように思いますが、高津先生の『ギリシア・ローマ神話辞典』, 岩波書店, オンデマンド版, 2018年によれば古典期の本当の発音は「ハーイデース」だったそうです。
προΐαψεν:προϊάπτω. 動詞. 直説法, 能動相, 三人称, 単数, アオリスト。「送る」。
ἡρώων:ἥρως, ἥρωος. 男性名詞, 複数, 属格. 「英雄」。3行目の ψυχὰς を形容して「英雄たちの(魂)」になります。
αὐτοὺς:αὐτός. 男性, 複数, 対格. 「自身」。ここでは ψυχὰς と対比されて「彼ら(英雄ら)自身」、つまり「英雄たちの肉体」を意味します。岩波書店の松平訳では「その亡骸」と訳されています。
δὲ:ここでは「多くの力強い魂をハデスの元へ送った」だが他方、「…」というように、「魂」と「肉体」を対比する形で繋いでいます。δέ はこのようにしばしば「対比」を表します。
ἑλώρια:ἑλώριον. 中性名詞, 複数, 対格. 「餌食」
τεῦχε:τεύχω. 動詞. 直説法, 能動相, 三人称, 単数, 未完了過去. 「…とする」。普通未完了過去は ἐ- などの加音が付きますがホメロスではしばしば加音がない形で用いられます。なので、 αὐτοὺς(彼らの肉体)を ἑλώρια (餌食)とした、という意味となります。主語は2行目の ἔθηκε「もたらす」と同様に「怒り(μῆνιν)」を先行しとする関係代名詞(ἣ)です。
κύνεσσιν:κύων. 男性名詞, 複数, 与格. 「犬」。「犬たちにとっての」の意。
οἰωνοῖσί :οἰωνός. 男性, 複数, 与格. 「鳥」。「鳥たちにとっての」の意。
τε:語と語を繋ぐ働きをしていて、κύνεσσιν と οἰωνοῖσί を繋いで「犬たちにとっての、そして鳥たちにとっての」の意。 
πᾶσι:πᾶς. 男性, 複数, 与格. 「全ての」。ここでは οἰωνοῖσί に形容していて「全ての鳥たちにとっての」の意。しかし「全ての鳥」は一体何を指すのかよくわかりません。

3-4の訳:そして(δ᾽)英雄たちの(ἡρώων)多くの(πολλὰς)力強い(ἰφθίμους)魂を(ψυχὰς)ハデスに(Ἄϊδι)送った(προΐαψεν)。だが他方(δὲ)、彼ら自身を(αὐτοὺς)犬たちにとっての(κύνεσσιν)、そして(τε)全ての(πᾶσι)鳥たちにとっての(οἰωνοῖσί )餌食(ἑλώρια)とした(τεῦχε)。


Διὸς:Ζεύς. 男性, 単数, 属格. 「ゼウスの」。後ろの βουλή にかかって「ゼウスの計画」となります。
δ᾽ :δέ. 先述したのと同様に、「そして」と文と文を繋いでいます。ここでも文の2番目に置かれています。
ἐτελείετο:τελέω. 動詞. 直説法, 中・受動相, 三人称, 単数, 未完了過去. 「果たす」。ここでは「果たされる」という受動の意味です。 
 βουλή:βουλή. 女性名詞, 単数, 主格. 「計画」。

5の訳:そして(δ᾽)ゼウスの(Διὸς)計画は(βουλή)果たされつつあった(ἐτελείετο)。

これまでの訳

ペーレウスの子(Πηληϊάδεω)アキレウスの(Πηληϊάδεω)怒りを(μῆνιν)歌ってください(ἄειδε)女神さまよ(θεά)。(その怒りは)呪われている(οὐλομένην)。それ[=その怒り]は(ἣ)無数の(μυρί᾽)苦難を(ἄλγε᾽)アカイア勢に(Ἀχαιοῖς)もたらし(ἔθηκε)、そして(δ᾽)英雄たちの(ἡρώων)多くの(πολλὰς)力強い(ἰφθίμους)魂を(ψυχὰς)ハデスに(Ἄϊδι)送った(προΐαψεν)。だが他方(δὲ)、彼ら自身を(αὐτοὺς)犬たちにとっての(κύνεσσιν)、そして(τε)全ての(πᾶσι)鳥たちにとっての(οἰωνοῖσί )餌食(ἑλώρια)とした(τεῦχε)。そして(δ᾽)ゼウスの(Διὸς)計画は(βουλή)果たされつつあった(ἐτελείετο)。

6-7の解説

6. ἐξ οὗ δὴ τὰ πρῶτα διαστήτην ἐρίσαντε
(ex hoū/ dē ta/ prōta di/astē/tēn eri/sante)
7. Ἀτρεΐδης τε ἄναξ ἀνδρῶν καὶ δῖος Ἀχιλλεύς.
(atreï/dēs te a/nax and/rōn kai/ dīos a/khilleus)

これまでのおさらい

これまで1-5行を解説してきました。できるだけ一語一語をそのまま訳したものを再び見ておきましょう。

ペーレウスの子(Πηληϊάδεω)アキレウスの(Πηληϊάδεω)怒りを(μῆνιν)歌ってください(ἄειδε)女神さまよ(θεά)。(その怒りは)呪われている(οὐλομένην)。それ[=その怒り]は(ἣ)無数の(μυρί᾽)苦難を(ἄλγε᾽)アカイア勢に(Ἀχαιοῖς)もたらし(ἔθηκε)、そして(δ᾽)英雄たちの(ἡρώων)多くの(πολλὰς)力強い(ἰφθίμους)魂を(ψυχὰς)ハデスに(Ἄϊδι)送った(προΐαψεν)。だが他方(δὲ)、彼ら自身を(αὐτοὺς)犬たちにとっての(κύνεσσιν)、そして(τε)全ての(πᾶσι)鳥たちにとっての(οἰωνοῖσί )餌食(ἑλώρια)とした(τεῦχε)。そして(δ᾽)ゼウスの(Διὸς)計画は(βουλή)果たされつつあった(ἐτελείετο)。

解説

ἐξ:前置詞(『イリアス』で始めて出てきました)。「…から」。
οὗ:関係副詞。「…の時点」の意。
δὴ:「まさに」という強調の意味の小辞(細かいニュアンスをもつ、ギリシア語の非常に短い語のこと)。なので、ἐξ οὗ δὴ で「まさに…の時点から」。
τὰ:ὁ, ἡ, τό. 定冠詞(ただしホメロスにおいては指示代名詞的に使われることがほとんど)。次の πρῶτα と性・数・格が一致している。
πρῶτα:πρῶτος. 中性, 単数, 対格. 「初めの」。ここでは τὰ πρῶτα で副詞的に「最初に」の意。
διαστήτην:διίστημι. 直説法, 能動相, 三人称, 双数, アオリスト。「別れて立つ」。ここでは主語が二人(アキレウスとアガメムノン)なので双数になっている。
ἐρίσαντε:ἐρίζω. 動詞. 能動相, アオリスト分詞, 男性, 双数, 主格. 「争う」。 アオリスト形は普通 ἐ- などの加音が付けられますが、ここでは4行目の τεῦχε と同様に加音がない形で用いられています。
Ἀτρεΐδης:Ἀτρεΐδης. 1行目に出てきた Πηλεΐδης は「ペーレウス(=アキレウスの父)の子」という意味であったが、それと同様に Ἀτρεΐδης は「アトレウス(=アガメムノンの父)の子」という意味。アガメムノンのことを指す。
τε:「…と」。ここでは Ἀτρεΐδης と Ἀχιλλεύς を繋いでいます。ギリシア語ではこのように τε...καὶ...の形で「…と…」を意味します。
ἄναξ:ἄναξ. 名詞. 男性, 単数, 主格. 「王」。Ἀτρεΐδης と同格で「王であるアガメムノン」の意。
ἀνδρῶν:ἀνήρ, ἀνδρός. 名詞. 男性, 複数, 属格. 「男」「人間」。
καὶ:「…と」。
δῖος:δῖος. 形容詞. 男性, 単数, 主格. 「神のような」。次の Ἀχιλλεύς を修飾している。
Ἀχιλλεύς:Ἀχιλλεύς. 男性, 単数, 主格. 「アキレウス」。

6-7の訳

まさに(δὴ)最初(τὰ πρῶτα)、人間たちの(ἀνδρῶν)王である(ἄναξ)アトレウスの子(=アガメムノン)(Ἀτρεΐδης)と(τε)神のような(δῖος)アキレウス(Ἀχιλλεύς)とが(καὶ)争って(ἐρίσαντε)別れて立った(διαστήτην)時点(οὗ)から(ἐξ)。

このように6-7行は「…の時点から」という時の副詞節なのですが、これをどこにかけるのかは意見が分かれています。これを1行目の「怒りを歌ってください」にかければ「(…の時点から)歌ってください」の意味になります。他方、この副詞節を5行目の「ゼウスの計画は果たされつつあった」にかければ「(…の時点から)ゼウスの計画は果たされつつあった」という意味になります。……さて、どっちをとるべきでしょう?

1-7行の訳

ペーレウスの子(Πηληϊάδεω)アキレウスの(Πηληϊάδεω)怒りを(μῆνιν)歌ってください(ἄειδε)女神さまよ(θεά)。(その怒りは)呪われている(οὐλομένην)。それ[=その怒り]は(ἣ)無数の(μυρί᾽)苦難を(ἄλγε᾽)アカイア勢に(Ἀχαιοῖς)もたらし(ἔθηκε)、そして(δ᾽)英雄たちの(ἡρώων)多くの(πολλὰς)力強い(ἰφθίμους)魂を(ψυχὰς)ハデスに(Ἄϊδι)送った(προΐαψεν)。だが他方(δὲ)、彼ら自身を(αὐτοὺς)犬たちにとっての(κύνεσσιν)、そして(τε)全ての(πᾶσι)鳥たちにとっての(οἰωνοῖσί )餌食(ἑλώρια)とした(τεῦχε)。そして(δ᾽)ゼウスの(Διὸς)計画は(βουλή)果たされつつあった(ἐτελείετο)。まさに(δὴ)最初(τὰ πρῶτα)、人間たちの(ἀνδρῶν)王である(ἄναξ)アトレウスの子(=アガメムノン)(Ἀτρεΐδης)と(τε)神のような(δῖος)アキレウス(Ἀχιλλεύς)とが(καὶ)争って(ἐρίσαντε)別れて立った(διαστήτην)時点(οὗ)から(ἐξ)。

さて、これで『イリアス』1-7行の解説を終えましたが、このわずか数行だけでも議論の余地がたくさんあることがわかります。そもそそ『イリアス』はなぜ「怒り」がテーマなのか?5行目の「全ての鳥」って何なのか?6-7行目の副詞節はどう取ればいいか?「ゼウスの計画」とは何か?...…そういったことを考えるのはとても楽しいし、専門家だけではなくもっともっと多くの人が『イリアス』のギリシア語に触れられればいいなと思っています。『イリアス』鑑賞のための橋渡しとして、このnoteが少しでも役立てば本当に嬉しいなと思います。ここまで付いてきて下さってありがとうございました!

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