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空よりも高い所

【記録◆2024年5月9日】

「空が目の高さにある……」と、声に出しました。
 それから、「空が、目の高さより下にある……」と。

 近畿で最も高い所を通る『大台ヶ原ドライブウェイ』で。
(最初の写真は、帰りに撮った最後の1枚です。「行き着くこと」に体力を充てるため、「帰りに余力があれば撮る」と決めています。)

目の高さより下

 植生の豊かさに驚きました。

 いつもだと、「山奥のハイウェイ(信号も対向車もない道)」と名づけた道路を走り、「秘境」と名づけた山懐に入り込んでも、立ち並んでいるのは杉ばかり。
 ところが、ここに立ち並ぶのは、名前の分からない樹ばかり。

 帰宅後に調べたら、『大台ヶ原』には植物は、苔類を含めて「190科 1310種」が記録されていました。

多種多様

 先月、3万本の桜に覆われた吉野山を避けて『吉野川』沿いに走ったら、ひとの気配がない所で、新緑の濃淡がこのうえなく美しく見えました。
 そういう場所には車を止められなくて、写真は撮れないのです。

 今月初め、山の斜面には、カリフラワーのような薄茶が増えていました。
 毎年、「何の新芽だろう?」とおもいます。最初だけ茶色なのです。

 たった2週間でも、時は巻き戻せません。

 だけど、山の高さが、過ぎていった季節を差し出してくれます。
「標高1500m」を超えると新緑は、濁りのない濃淡でした。

麓では過ぎた季節
まだ透けている

『大台ヶ原ドライブウェイ』でも常には、こんなに写真を撮れないはず。

 立夏を過ぎたというのに、「大和盆地」でさえ気温が低く、山間入口には「現在の気温12度」と電光掲示板に表示されていました。それ以上に寒いとわかっている山へ行く人は少ないだろう、と、当日に見当をつけたのです。

 どこであっても道幅の広い所でしか止まりませんが、車が通らなければ、気を遣わずに写真を撮れます。

「杖なしで立つのも、両手でカメラを固定するのも難しかった3年前」に、初めて山間で「透き通った深碧色の清流」を見て、手も脚も震わせながら、何枚か写真を撮りました。車がすれ違えないような道で。

 後で気づいたのですが、「社会的な移動制限があった年の梅雨の平日」に行ったから、それらをカメラにおさめられたのです。
 いまでは、梅雨の平日でも、同じ所に車を止められないでしょう。

 帰宅後に知ったのですが、『大台ヶ原ドライブウェイ』は、先月中旬まで冬期通行止め期間で「4月19日15時から通行可能」になったばかりでした。
 麓で桜が散った後にも、大台ヶ原は「冬期」だったのです。

「標高1,573.7m」の地点に、『上北山村物産店』があり、そんな高い所とはおもえないほどの設備が整っています(多目的トイレも)。そこに展望所は無いから、目的地というより「休憩して折り返す所」と考えれば。

 折り返してきたとき、1ヶ所だけ車も止められる広い場所がありました。

 他にも幾つか展望所になりうる所はあるのに、ロープが張られています。
「キャンプ・バーベキュー禁止」と表示があるのは、誤った動機で訪れて、考えなしに火を使う者が居たためでしょう。

 天川村の『みたらい渓谷』も、「人間たちとゴミで埋め尽くされた河原」という惨状を、写真で見たことがあります(川沿いの細い道は、進むことも戻ることもできなくなった車で埋め尽くされていました)。

唯一の場所から

 トンネルでは、「かみさま、おなかのなかを通らせていただきます」と、お詫びをします。
 森を通るときは、「空気に排気ガスを混ぜて、ごめんなさい」と。

 車椅子の車輪で踏みしだくことはなくても、二本の杖が草に刺さります。
 椅子の形に広げた「ステッキチェア」は、三本脚が土に刺さります。

 ごめんなさい
 ゆるしてください
 ありがとうございます

 そう唱え続けることが、ここでは、何かの「方式」ではないのです。
 美しい世界に、想いをこめた言葉が、息をするように溶けていきます。

ステッキチェアに座ってⅠ
ステッキチェアに座ってⅡ
ステッキチェアに座ってⅢ

「ひとは言祝ぐことで存在を許されている」と知らなければ、美しい所には行かないでしょう。人間だけが、「美しい」という言葉を使えるのです。

 ふと真上を見たら、青一色の空に、ひとかたまりの雲がありました。
 固く巻いた葉菜類のような形の白い雲。

 大きな雲が、驚くほどの勢いで落下してきます。
 ほんとうに、わたしを目掛けて急降下してくるのです。

 縁から解(ほど)けていき、大きく広がって、被さってくるよう。
 高い山では、雲がこういう動きをするのでしょうか?

 間近で渦のような形になり、被さる前に消えました。

ほどけた雲
消える瞬間

 標高1500mを超えると、人の集合意識から離れるだけでなく、別の存在と交感できるのでしょうか。

帰り道でⅠ
帰り道でⅡ
帰り道でⅢ
帰り道でⅣ
帰り道でⅤ
反対側(北)

 山の南側を道路が通っているため、反対側を見渡せるのはここだけかも。
 ガードレールの向こうに、朽ちたベンチが残っていました。かつて誰かが誰かといっしょに、ゆっくりと北側を眺めたのでしょう。

ふわふわ

 南側に目を戻すと、見たことのない光景が現れました。

ここだけがふわふわ

 どのような樹々が、ふわふわに見える斜面を創っているのでしょう。

たぶん南東
海のある方角?

「分県地図 奈良」はボードにピンで留めてしまったから、三重県の地図を持ってきていました。地図の左のほうに、奈良の東側が載っています。

『大台ヶ原』は、三重県との県境。
 山を登れば三重県側は海が近いため、「熊野灘」が見える、とのこと。

振り返って

 たくさん写真を撮ったので、ここからは目で風景を愛おしみます。

出口の近く

「大台ヶ原ドライブウェイ」は、入り口のほうが林道のようで、「間違って違う道に入ったのか?」と不安になるような路面です。

 たしか、短いトンネルを越えたあたりから急に道がきれいになりました。
 総長17.2kmの山岳道路。かつては有料でしたが、1981年より無料化。

 日本で最も雨の多い場所として知られ、「1日で、東京の1年分の雨」が降ったこともあるそうです。
 再び来ることがあれば、きょうのような天気ではないかもしれません。

山陰(やまかげ)

 真昼でも、陽が差さない林道を走ると、夜に閉じ込められた気がします。 
 ここは、陽が傾いただけなのに、夜が入り込んできているよう。

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