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自分の中にある答えを探す「コーチング」とは?

2021年にクラーク記念国際高等学校が新たに開講した「スマートスタディコース」のパンフレットやウェブサイトには、「コーチング」という言葉がたびたび登場します。コーチングとは、何らかの目標を達成に向けて築かれる「クライアント」と「コーチ」とのパートナーシップのこと。「クライアント」が目標を達成するためにすべきことを自ら見つけ、実践できるように支援するのが「コーチ」の役割です。

1970年代にアメリカで始まり、2000年以降は日本でも企業研修などで実践されるようになったコーチングを、スマートスタディコースでは生徒一人ひとりの学びや成長を支援する手法として取り入れています。ここでのクライアントは生徒であり、コーチは学習心理支援カウセラー(※)の資格を持つ教員です。

※学習心理支援カウンセラーとは、内閣府認定公益財団法人こども教育支援財団が認定する、学級運営、生徒指導など教育分野に特化した資格です。

実際のコーチングとはどのように行われるのでしょうか? CLARK SMART 大阪梅田でコーチングを担当する萩大輔先生にお話を伺いました。

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大学院で日本史を専攻。塾講師を経て教員に

CLARK SMART 大阪梅田に在籍する生徒は、約40名。萩先生はもう一名の先生とともに、生徒のコーチングを担当しています。5年前、クラーク記念国際高等学校の教員になるまでは、塾講師として主に中学生の指導を担当していたそうです。

−−塾講師のお仕事は、長く続けていらしたのでしょうか?

萩大輔先生(以下萩先生):合計10年以上です。大学3年生のころからアルバイトで始めて、大学院卒業後は正社員として働いていました。

−−大学、大学院では何を専攻されたのですか?

萩先生:日本史です。主に日本中世史(主に戦国大名の領国支配)の研究をしていました。

−−教員を目指したきっかけを教えてください。

萩先生:研究自体はとても楽しかったのですが、自分で楽しむだけではなく、子どもにもこの楽しさを伝えたい、という思いがどこかにあったからです。また、塾講師の仕事を通じて、自分には教員の仕事が合っているとも感じていました。人に何かを教えるのはとても難しい作業ですが、やった分だけ生徒から反響がかえってくる。その面白さに気づいたんですね。私は在学中に教職課程を履修していなかったので、仕事をしながら通信制の大学に入学し、7年かけて教員免許を取得しました。

−−初めの頃は、社会科を担当されていたそうですね。

萩先生:はい、以前いたキャンパスでは、教壇に立って授業をしていました。今はコーチングの専任です。

目的は生徒が決める。コーチは「伴走者」

スマートスタディコースには、高校卒業資格を目指しながらオンライン授業を受ける「スマートスタディーコースⅠ」、オンライン授業と対面授業を受講しつつ、さまざまな学習コンテンツや学外活動を通じて21世紀型スキルを身につける「スマートスタディーコースⅡ」、大学受験に焦点を当てた学習やプログラミングを学び、難関大学進学を目指す「スマートスタディーコースⅢ」という3つのコースがあります。コーチングは、スマートスタディーⅡとⅢの必修科目。生徒は週に1度30分から1時間、対面またはオンラインでコーチングを受けます。

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−−コーチングは、カウンセリングや面談とは違うのでしょうか?

萩先生:確かにわかりづらいですよね。生徒も初めは面談の延長だと思うみたいです。ものすごく簡単に説明するならば、カウンセリングは受け手のメンタルがマイナスの状態のときにとる手法で、コーチングは0からプラスの状態のときにとる手法、といった感じです。カウンセリングが過去の出来事に触れてケアをするのに対し、コーチングは未来を考える作業、と言ってもいいかもしれません。どちらがいいとか悪いというのではなく、必要とされる状況や目的が違うんです。

面談の場合は、なんとなく話の方向性が決まっているというか、「この子はこうした方がいい」という先生や保護者の考えに誘導されるケースが多いように思いますが、コーチングでそういった誘導はしません。

−−コーチは生徒にとって、どのような存在なのでしょうか?

萩先生:生徒が行きたい目的地まで「伴走する」存在ですね。コーチという言葉は、もともと馬車(coach)という意味。馬車が乗客を行きたいところに連れていくように、クライアントを目的地まで連れていくことが、コーチのミッションです。

−−ほぼすべての生徒にとって、コーチングは初めての経験です。緊張している生徒もいるのではないでしょうか?

萩先生:時間が経てば慣れますが、初めはそうですね。少しでもリラックスできるように、コーチングを行う場所を決める際は、生徒にどのような場所が話をしやすいか聞いて、プライバシーは確保しつつ閉鎖的すぎない方がいいんじゃないかとか、音楽をかけようとか、私からもいろいろ提案します。

あとお互いの呼び名も、最初に決めることの一つ。クライアントとコーチはフラットな関係なので、私のことを「先生」と呼ぶ必要はありません。まぁシャイな生徒が多いので、さすがに私のことをニックネームで呼ぶ子は今のところいませんが(笑)。こちらから生徒を呼ぶ場合も、それぞれの希望に合わせて苗字で呼んだり、名前で呼んだりしています。

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普段からよくコーチングを行っているミーティングルームの様子

毎週30分から1時間。まずは生徒の希望を聞く

スマートスタディコースでコーチングを担当する教員は、全員が事前にコーチングの研修を受けています。萩先生はスマートスタディコースの前身である「ネットプラスコース」でも2年間コーチングを担当していました。

−−生徒との対話は、どのように進めていくのでしょうか?

萩先生:まずはその生徒自身はどうなりたいのか、何をしたいのか、希望を聞きます。その上で現状を聞いて、よし、じゃあ希望と現状の間にあるギャップを埋める方法を一緒に考えていこうか、という流れです。

コーチングで大切な要素は、「質問」「傾聴」「承認」の3つ。質問を投げかけて相手の言葉に耳を傾け、相手の話を受け止める(承認)。それらを繰り返しながら、生徒が自分自身と向き合い、答えを探し出すのを粘り強く待ちます。

−−生徒からはどのような話が出てくるのでしょうか?

萩先生:たとえば3年生からは、進路の話が多いですね。ただ、一般的な進路相談では「どこの大学にいくか」という話が多いと思うのですが、コーチングでは、「実は大学に行くこと自体に迷っています」とか「これから先の人生をどう生きていけばいいか考えたい」というように、テーマが深まったり、真のテーマが見つかることもあります。

進路や勉強以外の話も多いですよ。ある生徒は「生活リズムを整えたい」という希望を持っていたので、目標とするのはどんな生活なのか、そのためには何時に起きればいいのか、といった話をしました。

その生徒はコーチングを通して主体的に考え、トライアル&エラーを経て自分の一日のベストスケジュールを見つけることができました。

「答え」は生徒が持っている。失敗したらやり方を変えればいい

−−答えはあくまで生徒が見つける、ということですね。

萩先生:そうです。コーチングの初めの段階では生徒はそのことに気づいていないですし、私も何が答えかはわかりません。今のままではいいとは思っていないが、どうやれば変われるのかわからないという生徒に「答えは君が持っているから、それを一緒に引き出そう」という姿勢で接するのが、コーチの仕事です。

−−生徒それぞれの持つ思いを引き出す、と。

萩先生:ある生徒は、「将来やってみたいことが思いつかない」という状態から始まりました。前の週に一度そういう話をして、次回まで考えてみたけどやっぱり思いつかない、と言うんです。そこからは少し切り口を変えて趣味の話などをしながら、今度は「どんな人生を歩んでみたい?」と聞いてみると、「趣味の時間も楽しめるような余裕がある人生がいい」と。その上で、今の毎日をどう思っているか尋ねたら、「自分は何もできていない。しんどい」という答えが返ってきました。これがこの生徒の本音だったんです。

−−今の自分と目指している自分との差が「しんどい」という言葉に表れているように思えます。

萩先生:でも、よく考えれば高校生の段階でそういうことに気づけたことに意味がありますよね。高校時代に誰もが自分の将来の夢に全員がめぐり逢うとは限りませんから、そういう思いを抱くのはすごく自然なこと。むしろ先のビジョンが見えないことに気づけてることがすごいんだよ! と伝えると、生徒も「そう言われるとそうかもしれない」と思ったようです。自分は何もできていないと思っていたけれども、そうではなかったと分かってからは、前向きになっていきました。

−−その気持ちの変化は大きいですね。

萩先生:もちろん、コーチングで「この勉強法は良さそうだ!」って試してみたけど全然ダメだった、なんていう失敗は多々あります。でも、失敗しなければわからないこともあるし、その方法がダメならまたその失敗を元に、新しいやり方を考えればいいんだよと、生徒には話しています。

−−萩先生のような気さくな方ならば、生徒も話しやすそうです

萩先生:ありがとうございます(笑)。コーチングでは声のトーンや、話すスピードも大切なので、その辺りも常に意識しています。
コーチングをしていて嬉しいのは、生徒の変化がはっきりとわかること。毎回の面談が30分だったとしても、一カ月に2時間。通常の学校では、ひとりひとりの生徒にこれだけの時間は割けないと思います。


リスクを排除しないのは、信頼しているから

「コーチングは生徒がそれぞれのやり方、生き方を見つけるためのものであり、スマートスタディコースの教育の根幹。我々教員は継続的にコーチングの研修を受けていますが、もっともっとうまくできるようになりたいと感じています」と語る萩先生。コーチングを通じて、先生自身が生徒から学ぶことも多いそうです。

−−コーチングを通じて、先生自身が新たな気づきを得ることはありますか?

萩先生:生徒から学ぶことは多いですよ。その一つが、「信頼」という言葉の意味。コーチングに携わるようになって、誰かを「信頼する」というのがどういうことなのか、その本当の意味に気付けたように思います。
 
−−それは生徒から先生への信頼ですか? 先生から生徒への信頼ですか?

萩先生:両方ですが、まずは私が生徒をしっかり信頼しているかどうか、ですね。「リスクを排除する」という名目で教員の価値観を生徒に押し付けることは、生徒を信頼していないことの表れなのではないか、と。生徒ひとりではリスクの存在になかなか気づけないので、いろいろな質問を投げかけたり、それまでの失敗の原因を一緒に振り返ったりといったサポートはしますが、不確実性の要素を取り除くことはしません。リスクがあっても生徒はそれを乗り越え、成長すると「信頼」するんです。実際、コーチングを重ねる中で劇的に成長する生徒は本当にたくさんいますから。

−−卒業後も交流は続きそうですね。

萩先生:実はつい先日、ある生徒から「卒業後も相談していいですか?」って言われて、「もちろんいいよ、ぜひ来なさい」と答えました。教師冥利に尽きますね。

実はその生徒も劇的に変わった子のひとり。コーチングを重ねるたびに積極的になって、今ではディスカッションの授業でも発言していますし、大学進学に向けた勉強もしています。私から「勉強した方がいい」なんてことは一回も言ったことがありませんが、その子自身が決めて、自分の意思で変わったんです。

生徒のみんなには、それぞれの幸せを手にしてほしいと思っています。他の誰かではなく、自分自身の幸せを、です。教育はそのためにあるんだと、と私は思っています。

−−ありがとうございました。

(取材・文/木下昌子)

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