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【マーラー書きたい11】ヴィニャル「マーラー」を読んで

Amazonアソシエイトに登録した。つまり、こういう記事を書くことで、間違ってAmazonさんのリンクから購入してしまった人のおかげで、もしかするとお小遣いがもらえるかもしれない!ということだ。まあ期待せずに。皆さま、買ってね笑

読書量はコロナで確実に増えていて、かつ入院もあってさらに増えたし、スピードが付いている。何よりも本を読んでいる時間の幸福度が高い。シアワセ。ちなみに今は7-8冊を回し読みしているが、どれも面白い。

コロナより前から読書の時間確保のうちの重要なひとコマが、トイレ(大)だ。トイレ本、という言い方をすると著者や本に対して失礼かも知れないが、トイレに本棚もあるし、何なら一番長く続いているし、私の読書時間の中で極めて重要な時間だ。

最近のトイレ本だったのが、マルク・ヴィニャル(海老沢敏訳)「マーラー」だ。マーラーについて過去いろいろ書いていた頃に読み始めた。当初はトイレ本ではなかったのだけれども、吉本隆明「最後の親鸞」が読了した後にトイレでご一緒してきた。トイレ本のことはどうでも良いかも知れないが、意外とこの、トイレでの読書は、これまたシアワセなのだ。

さて本について。海老沢先生の翻訳が素晴らしい。何より、ルビが音楽的。ヴィニャルさんはフランスの音楽学者だが、イギリスやドイツの引用を敢えてフランス語的にルビを振る。原文を読める訳ではないから詳しくは分からないけれど、いやはや、美しい。

よく音楽之友社が出している丁寧で真面目な伝記、少しディスると面白みの少ない読み物からすると、とても感情的な伝記兼作品論だ。翻訳の力も大きい。

作品論のところはとくに素晴らしく、恐らく私もまた読み返すことがあると思う。スコア片手に読み返すと、また面白い発見がありそうだ。読んでいる場所の関係でそういった読み方は出来なかったが、論調の情熱と、関係者の引用のセンス、多少の偏りや間違い(細かく検証していないが恐らくいくつかある)をものともせず、まるでマーラーを聴いているような錯覚に陥る。新感覚の音楽本だ。

伝記の部分と作品論の部分とのバランスが良いからか、引用の妙なのか。間違いなく読みやすく分かりやすい(多少の翻訳の古くささはあり)。分かりやすい上に、マーラーの考え方が、少し垣間見えた気がした。複雑な構造をつくりつつ、当時前衛だった音楽には一定の距離を置き、「古くさい」手法で書き上げた楽譜たち。私はスコアの切れ端すら理解できないけれど、マーラーの楽曲その一音一音に未来を書き綴ったのではないかと思うと、その命の燃やし方に、畏敬の念と同時に怖さを感じた。

あらためて、アルマの伝記も読み返してみたいなと思う。アルマの語るマーラーの信憑性はないかもしれないけれど、そこに感情や、空気はあるはず。事実や真実、正確性や合理性を追い求めることも大事だけれど、音楽はそうじゃないよね、ということを、この本であらためて感じた。今度はトイレの外で、読み返してみよう。


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