入院記 DAY8 退院

退院の日。ゆうべからお腹にガスが発生し、ごろごろ動いているのが気になって眠れなかった。また入院前みたいに痛んだらどうしよう!なんだか不安になった。一睡もできなかったのは入院生活で初めてだ。
退院日を急いだが、もう一日様子を見た方が良いんだろうか!?頭が冷静じゃなくなる。

─それもひとつの心象風景─

宇多田ヒカルのインタビューで知ったことを心の中で唱えると、不思議と落ち着いた。気持ちに対して良い悪いのタグを貼るのではなく、山を眺めるが如く、自分はいま焦っているなあ、と眺める。それで、落ち着いた自分が一人できるからいいな。

相部屋、Qさんの早朝採血をしている様子が聞こえ、看護師が針を刺す合図に緊張する。なんかカーテンが黄色く光ってるから朝焼けしてんのかな…退院の朝に美しい朝焼けが広がっているなんて。どれだけ美しいだろう、見に行こうか。でもカーテン越しに光を感じるのもまた乙だ。
Qさんの部屋でパチっと音が鳴り、急に暗くなった。朝焼けだと思っていた光は、採血のために点けられた電気だった。


朝食後、回診。(医師群が病床に様子をみにくることをこう呼ぶって知った、8日目にして)
お腹が一晩中ぐるぐるして眠れなかったことを話した。
腸も食事を始めたばかりでまだ調子が戻ってないんだと思います。どうして今回こうなったのかはこれから検査して、外来の日も決めていきましょう。
医師は、お腹のぐるぐるに関して特に気に留めていなかった。

荷物まとめは意外とやることが多く、余裕ぶっこいてうたた寝とかしなくてよかった…洗濯して、会計が午前までだから手続きしに行って、洗濯を乾燥機に入れ、荷物をまとめ…と忙しない。1階は人が多く話し声もよく聞こえ、だいぶシャバ感あり、心臓がドキドキした。

最後の病院飯はロールパン、チキングラタン、ラタトゥイユ、りんご。
30分かけてほとんど食べたランチ。

なんか、もう点滴も外して荷物もまとめたのに、美味い病院飯食べたさにランチだけ頂いてるみたいで、ちゃっかり者みたいな居たたまれなさもあった。

午後の日差しで気温上昇の室内は今日も穏やか。カーテンの中で迎えが来る時間を待つのみだった。待ち遠しかった。妹からの連絡をこまめに確認し、ちょっとした隙にトイレへ行き、廊下に出ると、向こう側に父の姿!

相部屋の人に軽く挨拶ぐらいは交わしておこうと思った。Qさんは寝てるからそのまま。一番挨拶をしたかった隣人Aさんは検査に行ってるのかタイミングを逃してしまった。Bさんに一声かけると、体がつらいかもしれないのに身を起こし、とても丁寧に「よかったですね。どうもお世話になりました。お大事になさってください」とご挨拶頂いた。こちらこそ。同じ言葉を、しかしもちろん本心でその言葉を返した。

部屋に忘れ物がないか確認し、看護師に挨拶し、私は8日間すごした11階を、惜しむでもなくあとにして、景色が見たそうな父を導いてエレベーターに乗った。一階で妹が待っていた。久しぶりに会う。「示談金払って出所したか」相変わらずのノリだった。荷物をみんなに持ってもらい、ふざけながら出た。

実際に外を歩くと、怪我をしているかのように、ゆっくりでないと楽に歩けない。院内を歩くのと、外を歩くのとでは大きく違うし、外で人と話すことは声量がいる。すっかり元気になったと思ってたけど、本調子ではなかった。わからんものだなあ…

迎えに来てくれたみんなに、お礼に近所の喫茶店へ。父が誕生日だ。最近この店は土日になると並んで待つほど混んでてびっくりする。レトロブームだから?
父はブレンドとアップルパイ。妹は紅茶とデザートプレート。自分はココア。
ゆっくりすすり、話した。入院のこと、食事のない生活、将太の寿司、など。父が若い頃骨折して入院した新宿の病院での話が、荒くてやばかった。

帰宅!
8日の不在で久しぶりに帰ると、我が家は暗い(日当たりの悪さを再確認)。なんだか人の部屋みたいなよそよそしさを感じて不思議な感覚だ。以前、遠征に出て10日間離れていたときもあったのに、こんな感覚は初めてだ。

私は、入院生活がそんなに長くならならず、何より回復してよかった。お見舞いの言葉もたくさんもらって、そのときは外と繋がりを持ててることを感じて嬉しかった。
最初は、入院という人生にあまりない体験で楽しんでいた。面倒くさいことが少なくてむしろ楽だったけど、次第に行動がパターン化して楽しみのバリエーションが乏しくなり(と共に食事が少しずつ始まってその楽しみは別個にあったのに)、病院だし、つらい人は多いし、やっぱり外の世界に戻りたくなった。まあ外の世界にだってつらいことはあるのだが。

つらく痛い思いをしないに越したことはないけど、特定の境遇の人の気持ちに、寄り添えることはひとつ増えた。
そして、この間、協力してくれた家族には本当に感謝している。近い人のことはときどきぞんざいに扱ってしまいがちだけど、すごく見直す。

体より大事なものなんてない。

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