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「いっしょうけんめい汗をかく」とか「手を動かす」ことって、実はサボってるのと同じなんじゃねーの

お疲れ様です、pontaです。

以前、クラロワのプロゲーマー、RAD君にゲームを上手くなるコツを聞いたところ、「やみくもにプレイしているだけではダメで、上手いプレイヤーのプレイを見て考えることが大事です」と言っており印象に残りました。

なるほどねえ。私もゆうて、クラロワやクラクラをたくさんプレイしてはいるけれども、さほど上手くならないのは、考えてプレイしていないせいなのなのかなあと思ったり。

ゲームに限らず、「ちゃんと頑張る」ってことは「時間をかけて手を動かす」こととイコールであると思われがちです。

勉強でいえばノートにたくさん文字をかくとか。

部活でいえば、筋トレをするとか、投げ込みをするとか。

仕事でいえば、書類を作るとか、プログラムを書くとか、動画編集するとか。

手を動かすことは尊くて、頭で考えてばかりではダメだというのは一理どころか百理あります。

でも、頭で考えずに手だけを動かすのって、実は、ラクなほうに逃げているだけなのかもしれないなと思いました。

そしてきのう読んでいた本の中にこんな一節がありました。

たとえば「もっとプログラムを速くしてください」というきには、ボトルネックになっている部分がかならずあって、それが全体を遅くしているんですね。

(中略)

ところが、人は、とにかく手を動かしていた方が安心するので、ボトルネックの部分を見つける前に、目の前のことに取り組んで汗をしまいがちです。

そうではなくて、いちばん問題になっていることはなにかとか、自分しかできないことはなにかということが、ちゃんとわかってから行動していくべきです。

ほぼ日 「岩田さん—岩田聡はこんなことを話していた。」(2019)より

そうなんですよね。手を動かすことは、安心することなんです。

俺はちゃんと働いているぞとか。

私は頑張っているぞとか。

給料分の働きをしているぞとか。

前にすすんでいるぞとか。

自分と他人に、「ここにいていいんだぞ」って言い聞かせるような行動です。

でも、効果が上がらなかったり、しくみや戦略にまちがいがあるときに、やみくもに手を動かして「頑張っている」というのは時間の無駄じゃないかなとも思うんですよね。

手を動かす前にきちんと頭を使うこと。そして手を動かしながらも頭を使うのをやめないこと。

そうでなければ、まじめなふりして、がんばってるふりして、仕事をしていないのと同じになってしまいます。

努力も勉強も練習も大事ですけれども、正しくやらないと、それは自己満で終わってしまうので、そこは心がけていこうかなと思った次第。

以上、よろしくお願いします。







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