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受賞作品についての解説

今回はホフマン賞を受賞した作品シリーズについて紹介します。
ありがたいことに、ここ数年は海外での展覧会が増えてきたり、作品が美術館に収蔵されるようにもなりました。しかし残念ながら、日本では全くと言っていいほど無名の作家です。せっかくの機会なので日本語で自身の作品について解説したいと思います。
過去の投稿でコンテンポラリージュエリーについて偉そうなことを好き勝手書いてきましたが、普段どのようなことを考えて制作しているか、皆さんに少しでも理解していただけたら幸いです。

Portrait jewelry



私がジュエリー作品を制作し始めたのは2010年頃からですが、今回の作品が発展してきた過程を遡ればコロナパンデミックが始まったころです。外出規制が行われ、私たちが出会う場所はパソコンやスマートフォンの画面上になりました。そしてジュエリーの必要性が疑われ始めた時、私はその画面上に映る情報に興味を惹かれました。この情報とは本棚や観葉植物、カーテン、ポスターなど、その人の私物です。画面上では人物像を含めた映り込む全てが同一の二次元画像として処理されます。なので私はその画面上を身体の拡張されたスペースと捉え、背景に“着用する”ジュエリーとして平面作品を制作し始めました。(Metal painting series)

Metal painting color series red #1 / 500 × 500 × 20 mm / 2020


このシリーズの第一段階では、金属を加工した従来の工芸的アプローチに重点を置いた作品として発表していました。しかし、デジタル空間との親和性を高めるために金属を一度データ化して再度物質として出力するという制作プロセスにアップデートし、PhotoshopやIllustratorを使用するようになりました。このデジタルとフィジカルを繰り返すプロセスは、その技術的な利点からサイズの縮小拡大や反復といった要素を取り入れることにより、従来の工芸やジュエリー作品とは異なった視覚的効果と革新的なプロセスへの挑戦でした。この頃から写真データをアルミニウムの複合パネルへ印刷し、その後に彫り加工を施すスタイルが確立してきました。(LAYER SeriesとRe: series)
また一方で、私は日本に住む家族ともビデオ通話を頻繁にするようになっていました。その中で自身のルーツについて見つめ直す時間も増えました。私の家族は米農家で、約300年もの間同じ土地に住んで米を育ててきたそうです。なので家族や親戚からは後継者としての帰国のプレッシャーがあったのは事実です。しかし、私は現在ミュンヘンに住んでいます。一時帰国すら困難だったコロナパンデミック中だったので、先祖代々続く家族の歴史についても考えるようになりました。

Re: No.1x4 / H500 x W500 x D3mm / 2022-23
LAYER Series start from 2022(Currently up to layer no.7)
地元の田園風景

これらの作品を発表し始めたのち、コロナパンデミックが終息へと向かっていきました。これはデジタル空間から現実空間への再帰を意味しています。つまり私は再度人体に着用させるジュエリーを考え始めました。

このような時期に出会ったのが画像生成AIです。
2022年だったと思いますが、その頃から誰でも無料で簡単に使用できる画像生成AIのアプリが次々にローンチされ始めていました。特別な意識はなく、とりあえず個人的に試せるものはトライしてみようというスタートでした。著名なジュエリー作品や歴史的ジュエリーの画像を掛け合わせてみたり、様々なキーワードを組み合わせてジュエリーをデザインしてみたり、ジュエリーの作り手なら誰しもが挑戦しそうな“なんてことない”内容です。ですが、この時にAIを使用した体験や感触がその後のポートレート作品へと発展していきました。(勘違いしてほしくないのは、私は新しいマテリアルやテクニックを奪い合う“椅子取りゲーム”をしていない、ということです。まだ誰も活用していない新しい何かを手に入れたから新しい作品や素晴らしい作品ができるとは全く思っていません。私は自身のアイデアやコンセプトとマッチするマテリアルやテクニック探しを常に重要視しています。)

私は日本国籍しかもっていないのでドイツではビザを申請する必要があります。ここでは毎年のように多くの書類を提出しなければなりません。つまりこの土地ではこの文字情報が私のアイデンティティなのだと実感しました。そこでこの文字情報を使用してAIに私のポートレートを描かせたらどうなるだろうか、と興味を持ちました。また、AIが常に進歩しているという話を知っていたので、画像生成を毎日繰り返すことで現れる差異にも興味がありました。皆さんもご存知かと思いますが、AIに個人情報を入力することはタブーとされています。しかもそれを毎日繰り返しているという私は大馬鹿者かもしれません。しかし私は作家として“どうしてもこの情報を使用したい!”という衝動には勝てませんでした。
AIが画像を生成する時間はあっという間で、時には驚き、時には笑い、瞬間的な感動はありましたが、なぜだか継続的ではありませんでした。無味無臭というか、空っぽというか…。そこで私は自身の心象風景である稲穂をこの画像に刻み込むことにしました。AIの画像に命を吹き込もうとしたのです。
LAYER SeriesやRe: seriesで既に写真データと彫りの組み合わせに挑戦していたので、その表現方法とAIは簡単に接続できました。私の使用する彫金技法も、米作りと同じように脈々と受け継がれてきた、長い歴史を持つ素晴らしい伝統文化です。最新テクノロジーと伝統的な職人技が融合することで、作品の表面は魅惑的なエフェクトを持つことに成功しました。(AIの画像が見えたり見えなかったり、彫り跡の光沢など。)

左側が毎日生成しているAI画像のサンプルとプロンプトの一部。右が彫り加工をした最終形。


そしてこのエフェクトを最大限に活かすには光の反射が重要になってきます。もし、この作品が壁に掛けられている場合には鑑賞者が光源を意識して移動しなければなりません。しかし、この作品が自ら移動するとしたらどうでしょうか。〈自ら動く=着用される〉ことでその魅力を効果的に見せれるのではと考えました。ジュエリーとしての形態を取ることで、作品の表面上に思いがけない変化が現れます。

彫り加工工程

また私は作品を制作する上で現代アートの作家たちから多大な影響を受けています。今回の作品ではRefik AnadolのAI作品やOn Kawaraの"Date paintings”からインスピレーションを得ました。この作品の裏にはAIで画像を生成した日付を彫っており、全てユニークピースとして制作しています。私たち人間が体感する《1日》とAIが体感する《1日》にはどのような差がある(もしくはない)のでしょうか。

コンセプチュアルアートに影響を受けていた80年代のコンセプチュアルジュエリーの系譜を受け継ぐ作品として、私はジュエリーならではの強みや面白さを常に考えています。視覚的な魅力はもちろんのこと、作品を構成する思考の奥行きを鑑賞者が感じ取れた時、皆さんがイメージするジュエリーとは違って見えるのではないでしょうか。

作品の裏側にはデジタル調の日付とサインが彫ってあります。


以下が作品のコンセプトとして記載しているテキストです。基本的にはこれを使用して公募展などに応募しています。

このプロジェクトは、画像生成AIを介して私自身のポートレートを作成しています。 滞在許可証の申請で使用する多様な個人情報(例えば出生地や目の色や身長など)をAIに入力し、日々新たなポートレートを生み出しています。 特に興味深いのは、同じキーワードでも異なる画像が生成される技術的な特性です。そしてこの最新技術の上から彫金という伝統工芸技法で手を加えることで、視覚的なエフェクトを作り出しています。これらを組み合わせた表現手法により、私たちの現実世界における自己認識と他者の認識のズレ、さらには時間の経過による認識の変化を表現しています。

作家ウェブサイトより

このような紆余曲折を経て私の作品は出来上がっています。読んでいてお分かりいただけたと思いますが、急にこのポートレート作品のアイデアが浮かんできたわけではありません。大きな川の流れのように、私の中で全ての作品は繋がっています。もし良ければ私のウェブサイトもチェックしてみてください。
私もまだまだ試行錯誤の途中ですが、ジュエリー表現を追求した作品(コンテンポラリージュエリー)を作るためには、思考の積み重ねが必要だと私は考えています。

これからは日本でも発表の機会が増えるように頑張ります。

Portrait jewelry (Feb. 21th, 2023) brooch, 90x63x10 mm

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