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来週の相場見通し(12/5~12/9)

1.はじめに

サンクスギビング明けのマーケットは、中国の大規模なデモ活動を嫌気して、リスクオフでスタートした。上海で共産党批判が街頭で行わている映像はかなり衝撃的で、89年の天安門事件をイメージした人も多いだろう。年末に向けて、またリスク要因が浮上したかに思われたが、中国当局のマイルドな対応により、ひとまずは鎮静化した。そもそも、報道が必要以上に煽られていた側面もあったようだ。その後は、市場はパウエル議長の講演を見守る展開となった。相当にタカ派な発言を意識していた市場からすると、「想定の範囲内」というだけで安心感が拡大し、勝手に「ハト派的」と解釈され、あたかもFRBがすぐに利上げを停止し、来年にも継続的な利下げに転じるという都合のよいストーリーを強めた。マーケットでは、「パウエル・サンタクロースがやってきた」と騒いでいるが、これは「ブラック・サンタ」の可能性が高い。悪い子を懲らしめる黒いサンタクロースだ。今週も米金利は大きく低下した。リスクプレミアムが低下しているため、長期金利の下押し圧力が強まっているのだろうが、私はとても違和感を感じて相場を見ている。こうした中、米国の経済指標では重要なデータが次々に発表されている。今週の重要なデータを振り返りながら、ブラック・サンタに懲らしめられないように、しっかりと来週の相場を考えていこう。

2.パウエルFRB議長の発言

パウエル議長の講演での発言を、市場はハト派的と解釈した。しかし、その内容をしっかり見ると、とてもハト派的とは思えない。パウエル議長が言っていることは、利上げのスピードを緩めながら、FF金利を5%強の水準まで引き上げ、その後は利上げの効果を見極めるべく、「相当な期間」に渡り、その金利水準を維持するというものだ。これは11月のFOMCの内容から逸脱しないものだ。しかし、市場では11月のFOMC後に株式は上昇し、金利は低下し、金融コンディション指数は緩んでおり、この状況にFRBが不満であるなら、きっと強い言葉でマーケットを牽制するはずだと思い込み、新たな言葉を待っていた。ゆえに「凄くタカ派的ではない=ハト派的」という変な方程式で解釈されている。現在のパウエル議長は、決してハト派ではない。但し、注目すべきは「ボルカー的ではなくなった」ことだ。今年の8月26日のジャクソンホール会議でのパウエル議長の発言は、あの80年代にインフレ退治したボルカーFRB議長を引き合いに出して、経済を壊してでもインフレ抑制を最優先することが、全体としての経済の痛みを小さくすると主張していた。しかし、不思議なことに最近のパウエル議長は、ハト派ではないが、ボルカー的でなくなっている。景気を積極的に壊そうとまではしていないのだ。8月のジャクソンホールから、11月のFOMCまでにどのような心境の変化があったのか・・英国債ショック、IMFによるドル高による新興国危機の可能性示唆、G20での中央銀行の話し合い(インドネシアが合意があったことを示唆)、中間選挙・・・複合要因であろうが、ここは興味深いところだ。
さて、市場のFF金利の織り込みであるが、下の図のような状況だ。来年の5月に4.9%超までの利上げで打ち止め、そこから年末には4.4%まで25bpの利下げが2回も行われることを織り込んでいる。ちなみに市場は24年中には120bp程度の利下げも織り込んでいる。米国経済のリセッションを見ているのだろう。

(FF金利の織り込み)

パウル議長の想定する「相当な期間」の金利維持というのが、どの程度かは不明だ。しかし、少なくとも5%程度までの利上げが行われること、インフレの粘着性を鑑みると、今の段階では市場の利下げの織り込みは行き過ぎであると思われる。もちろん、インフレが急激に鈍化したり、ディスインフレに転じるなら話は別だが、今の所その兆候は見えない。

3.米国経済指標

今週の経済指標は、米国経済がスローダウンしていること、しかし雇用市場は相変わらず強いという、これまでの米国経済の状況が再び確認された。

① ISM製造業


ISM製造業指数が2年ぶりに節目の50を割り込んだ。もちろん製造業のスローダウンを示しているのだが、下のチャートのようにISMの50割れ(赤い線)というのは、それほど珍しいものではない。但し、45(緑色のライン)を割り込むことは、珍しい。何か大きなショックが発生しないと割り込まない水準であり、今後は45を割り込むかどうかに注目したい。

(ISM製造業)

ISM製造業の項目指数として、市場は「仕入れ価格」と「入荷遅延」に注目してきた。コロナショックでサプライチェーンが混乱したためだ。下のチャートはスタート地点が2020年であるが、既にコロナ発生前の水準まで戻っている。サプライチェーンは正常化したということだ。

(ISM製造業 仕入れ価格、入荷遅延)

② シカゴ購買部協会景気指数

シカゴ購買部協会景気指数の落ち込みが話題になった。これはイリノイ州のシカゴの製造業の購買部担当者に直接調査を行い、それを指数化したものだ。かなり大きな落ち込みであり、コロナショックの直後の水準に接近している。但し、シカゴは凋落していることから、全米の状態とは考えるべきでない。NY連銀製造業やフィラデルフィア連銀、リッチモンド連銀製造業指数と並行して見ていく必要があるだろう。いずれにしても、今回の37台という数字は相当に弱い。コロナショック後の最低値が32.1であり2010年以降の平均値は57台であることを鑑みると、相当に弱い数字となった。

(シカゴ購買部景気指数)

③求人件数

求人件数は、前月比ベースで求人件数が30万人以上も減ったことに着目するのか、あるいは依然として1000万件を超える求人があることに注目するかで、捉え方は変わってくる。私は後者だ。1000万件を超える求人があり、すなわち失業者1人に対して1.7もの求人がある状況は、米国の労働市場の強さと、いびつさを示していると考える。コロナショックで異常が起こり、そこから正常化したものと、そうでないものがある。先のISMのサプライチェーンなどは正常化した。しかし、雇用市場は変化したままである。

求人件数

④ 米国雇用統計

週末に雇用統計が発表された。今回の指標は相当に悪化する可能性が警戒されていた。米国の大手ハイテク企業が大規模なリストラを発表していたり、年末商戦が不調で小売企業が臨時雇用を絞っているなどと報道されていたからだ。結果としては、米国労働市場の強さを示すものだった。11月の非農業部門の雇用者数は26.3万人で予想の20万人を上回った。前月の数字も上方修正された。失業率は3.7%とほぼ完全雇用状態を継続している。平均賃金は前月比で+0.6%となった。これは市場予想の0.3%の2倍もの強さだ。下のチャートは、平均賃金とFFレートである。FFレートが上がる中でも、賃金上昇率は全く落ちていない。

労働参加率は横ばいが継続している。コロナ後に戻ってこない55歳以上の労働参加率のチャートが以下である。大きく低下したままである。

(米国55歳以上労働参加率)

リッチモンド連銀のバーキン総裁が週末の講演で面白いことを言っていた。バーキン総裁は、「労働力の制約」が長期間に渡り、継続する可能性に言及したのだ。そして、そのことが景気鈍化の中でも、賃金上昇が根強く残り、インフレを高止まりさせると言っている。バーキン総裁によれば、労働力の制約が生じている要因は、①コロナ禍のバラマキ政策により、依然としてストックベースで1.3兆ドルの過剰貯蓄があること、②移民の純減、③リタイアの加速である。いずれも、すぐには解消しそうにない。そして、米国の労働市場が強く、雇用主も従業員にしっかり賃金を払うと、米国の個人消費は大きく落ち込まない。米国人は職があるときは、クレジットでばんばんお金を使う。市場は来年の米国経済のリセッションを織り込んでいるが、私は米国経済はスローダウンはしても、強さを保つと考えている。

⑤ 米金利について

この米国雇用統計を受けて、米金利はこのところの低下から反転するかと思われたが、短期金利は上昇したものの、長期、超長期金利は小幅に低下した。これは腑に落ちない動きであるが、どうも円高進行と米金利低下を組み合わせて、投機的な動きが出ているように思われる。普通は金利が低下して、円高になるのだが、ここ数日はまず円高が進行して、それを見ながら金利が低下している。マーケットが薄いために起こるのであるが、こうした「インフレトレードの巻き戻し」と「ドル高の逆戻しトレード」により、マーケットの値動きは不安定になっている。
為替市場は何とも言えないが、金利に関して言えば、FRBが5%に向けて利上げを継続する中で、2年金利と10年金利の逆イールドがどんどん深くなることは想定しにくい。米長期金利の低下は既にオーバーシュートの域だろう。米長期金利は3.4%~3.9%程度のレンジの中で当面は推移すると考えている。今後についてのざっくりとした米金利の見通しであるが、米長期金利はもう一度4%弱まで上昇する局面もあると思われる。下のチャートは、米長期金利の今年の推移だが、6月から8月にかけて3.5%近辺から2.5%台へと100bp低下した。この時もインフレピークアウト期待からだ。その後にインフレ再燃で米金利は上昇した。この展開に少し似た展開を予想している。現在は4.3%台から3.5%まで低下してきた。しかし、FRBがすぐに利下げに転じないことが確認されたり、インフレが再び上向いたりすれば、また米金利は上昇するだろう。しかし、よほどのことがない限り、4.3%台を抜けていく展開は想定しない。もう一度4%近辺まで金利が上昇したあと、FRBの利上げ停止が明確になった際に、つまりは来年の前半から夏場にかけて、今度は本格的に金利は低下していくのではないだろうか?目指すは3%割れだろう。

(長期金利推移)

米国の実質金利にも注目したい。米国の実質金利は104bpまで一気に低下した。普通なら株式市場にはサポート要因となるが、そうなっていない。それは、この実質金利低下が変だからだ。それよりも、名目金利が低下する中で、期待インフレ率が上昇している。市場が緩んでいるのだ。こうした展開の後に起こるのは、期待インフレ率上昇を警戒した名目金利の反転上昇のはずだ。つまり、この水準の実質金利が定着するとは思えない。株式市場にとってベストは、実質金利がこのように変な動きをするのではなく、1.2%~1.4%程度で膠着してくれる展開だ。

(米実質金利推移)

4.中国の白紙運動とゼロコロナ政策

 ウルムチのマンションの火災から始まった抗議活動は、いつの間にかゼロコロナ政策への国民の不満に飛び火し、大学など各地に広がり、抗議者が白紙の紙を掲げて、共産党政府に抗議を示す「白紙運動」という大規模な活動に発展した。上海などの大都市で、「共産党下台!(退陣せよ)」、「習近平下台!」という正面からの政権批判の声が上がるのは、かなり異例のことと思われる。
こうしたデモが拡大し、習近平政権が崩壊するなどの話も聞かれるものの、中国人の多くは、習近平政権で世界的なリーダーになっていく中国に満足もしており、ゼロコロナ政策が緩和されれば、デモ行動は沈静化すると思われる。週末等に再び大規模なデモが起こる可能性はあるものの、中国の孫副首相はオミクロン株の弱毒性や高齢者のワクチン接種が進んだことを理由に、新たなコロナ対策を示唆しており、ゼロコロナ政策が転換により、デモも収まる見込みだ。習近平主席も、現在の中国に蔓延しているオミクロンは致死率が低いと発言したと報じられている。「これまでのゼロコロナ政策は、科学的にも有効だった。これからも有効だ。しかし、現状のオミクロンは、そのゼロコロナを適用する必要性が低い」こういう整理でゼロコロナ政策は実質的に解除されると思われる。

台湾統一地方選挙では、21の首長ポストの内、台北市などを含む13を国民党が確保し勝利した。大敗の責任を取って蔡英文総統は、民進党の党主席を辞任した。台北市長選に勝利した国民党のプリンスである蒋万安氏は、親米であり、親中でもある人物だ。中国共産党政府は、この台湾統一地方選挙の結果に満足している。24年の総統選挙に向けて、中国が台湾に強硬策を取る必要性は低下している。台湾に強硬策を取ったり、中国国内でのデモを武力で鎮圧したりすると、2024年の台湾総統選挙で再び民進党に神風が吹いてしまう可能性がある。中国は、当面は台湾問題にはソフトになるはずだ。マーケットでは来年の地政学リスクの最有力候補として、台湾問題を警戒してきただけに、台湾問題の緊張緩和は、市場にとっては非常にポジティブだと思われる。中国については、12月の中央経済工作会議が注目されるだろう。これについては、また別途取り上げたい。

5.日本株と円高

為替市場で円高が進行している。通常、これだけ急激に円高が進むときは、マーケットで○○ショックのようなことが発生しているときだ。しかし、今回は特にそういうものはない。為替市場は、円安トレードの巻き戻しが激しく起こっており、ちょっと理屈では説明できない。為替は難しい・・

(ドル円相場推移)

この為替の動向が日経平均にも影響を及ぼしている。ここまでボラティリティが高くなると、当然であろう。例えばトヨタの下期の想定レートは135円だ。ソニーは140円である。多くの企業もそういう水準に設定している。これだけボラティリティが高まると、130円を割り込むかもしれないし、勢いがついで年初の115円台まで戻すかもしれない。ゆえに、本当にそうなるかどうかはともかく、色々な疑念が生まれる。今は、そういう段階だろう。但し、輸入企業は今年の秋口までは相当に困っていた。150円台のドルの輸入予約と、135円近辺の予約では全然異なる。輸入企業は、この円安の揺り戻しにより、一息ついていることだろう。日本の輸入物価とインフレは、どうなるか?それは、日銀の金融政策にも影響する問題である。

海外投資家の日本株フローは、11月の第4週目に9千億円を超える買い越しとなった。岸田政権が発足以降で単月としては最大の買い越し額だ。(下図)それでも累計ではまだ3兆円を超える売り越しである。この11月は岸田政権で閣僚辞任ドミノが発生していた時である。海外投資家においては、岸田政権の動向はほとんど関係ないようだ。

(海外投資家の日本株フロー)


来週については、12/4のOPEC会合、12/5のISMサービス景況指数、12/6のジョージア州の決選投票、12/9のミシガン大学のインフレ期待などが注目される。特にミシガン大学のインフレ期待は、思わぬ上振れの可能性を警戒している。市場では引き続き、インフレトレードの巻き戻し、ドル高トレードの巻き戻しが継続しやすい展開だが、米金利の低下は既にオーバーシュートの域に入っていると思われるため、急速な反転にも警戒する必要があるかもしれない。日経平均は為替の変動率に高さが重しとなるが、為替相場での円高が止まれば、2万8千円台の回復は難しくないと思われる。来週の想定レンジは27,500円~28,500を予想している。

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