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来週の相場見通し(5/31~6/4)

 今回は、まず米金利について、やや詳しく見ていきたい。現在、米長期金利は1.45%~1.75%程度のレンジで膠着している。市場のインフレ懸念やFRBのテーパリング等の騒ぎからすると、債券市場は極めて冷静に安定していると思われる。但し、市場では早ければ6月のFOMC、遅くとも8月のジャクソンホール会合を目安にFRB内でテーパリング議論が盛んになると予想しているほか、インフレ圧力も一過性ではなく長期化することで、米長期金利は徐々にレンジを切り上げて、年内にも2%を超えるとの予想が強い。

 しかしながら、2013年から2014年の前回のテーパリング時の状況を分析すると、2.0%を超えるような米長期金利上昇は意外と難しい可能性が見えてくる。まず、そこからスタートしたい。

 米長期金利が上昇する局面では、いつも米30年金利の動向が重要ポイントとなる。2018年の10月に米長期金利が3.25%まで上昇した局面でも、30年金利が3.5%で頭打ちとなったことで、その後米金利は反転して低下していった。すなわち、金利上昇時のパターンは、まず30年金利の上昇がどこかの水準で頭打ちとなり、それから30年と10年の金利スプレッドが縮小(30年金利が上がらない中で、10年金利が上昇)し、やがて10年金利も上昇力を失い、上昇から低下に反転するという経路をたどる。30年金利上昇がまず最初に止まるのは、30年債を扱うプレイヤーが年金などの特殊なプレイヤーであり、彼らは短期的な市場の動向に右往左往しないからだ。30年というスパンのプレイヤーにとっては、短期的な市場の動きはほとんどノイズであり、長期で見た場合の金利水準が魅力的なら、そこはしっかりと投資してくる。

 さて、その米30年金利はFRBのロンガーランの水準を継続的には超過しないという特徴がある。ちなみにロンガーランとは、FRBがFOMCで公表する長期の政策金利見通しの到達点である。2013年にバーナンキショックが発生した時、当時のロンガーランは4.0%、米30年金利は2.9%水準で、約100bpの開きがあった(下図)。テーパータントラム等を経ながら、30年金利はテーパリングが開始される2014年1月には4.0%近辺まで上昇した。すなわち、ロンガーランと30年金利の水準がほぼ一致したということだ。そして、テーパリングが開始されて以降は、FRBがロンガーランの水準を据え置く中で、30年金利が低下したことから、スプレッドはどんどん広がり、テーパリングが終了した14年10月には90bpに達した。

 現在のFRBのロンガーランは2.5%であり、30年金利は2.25%である。すなわち、既にロンガーランと30年金利は極めて近い水準だ。2014年当時のケースに当てはめると、現在の30年金利の水準はテーパリングの議論どころか、いつスタートしても良い水準に達しているということであり、言い換えれば完全に織り込んでいるレベルにあるのだ。これ以上大きく金利が上昇する理由に乏しいことだ。

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 次に30年金利と10年金利のスプレッドを確認しよう。テーパリングが開始された時のスプレッドは約90bpであり、テーパリング終了時には70bpまでスプレッドはタイトになっている(下図)。足元では30年金利が2.25%、10年金が1.6%近辺であり、スプレッドは65bp程度である。ここから分かることは、スプレッドから見ると、10年金利は30年金利以上に十分に上昇しているということだ。30年金利が上昇しないことを前提とするなら、10年金利も相当に上がりにくいということだ。

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 テーパリング期間中の期待インフレ率も見ておこう。テーパリングに関係なく、安定推移していることが分かる。(下図)

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このように見ていくと、米長期金利が2.0%を超えていくハードルは高い気がする。条件としては、まずFRBがロンガーランを現在の2.5%から2.75%や3.0%に引き上げ、それに伴い米30年金利が上昇して、10年金利と30年金利のスプレッドが拡大することが必要だろう。30年金利が2.5%程度で抑えられている間は、米長期金利は現在の1.45%~1.75%のレンジが長期間継続する可能性が相応に高いように思える。そうした金利の安定推移は、株式相場にとっては望ましい環境である。期待インフレ率は、CPI等の経済指標が強ければ、再び上昇する可能性があるが、名目金利があまり動かないとなると、実質金利が更に低下して株式相場をサポートするだろう。もちろん、現在の実質金利の▲0.9%程度も相当に緩和的ではあるのだが。今回のテーパリングに向けた市場の動きが2013年から2014年の動きと重なるとは限らない。しかし、「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」という言葉は、歴史を相場に変えても有効だと私は考える。

 さて、株式相場に目を向けよう。ここ最近は色々あったけど、日米株価ともに下値は固まってきたと考える。ナスダックは、CPIショックが発生した5/12が直近の底値となっている。その後にインフレ関連の強い経済指標(PPIやミシガン大学1年先インフレ率、フィラデルフィア連銀の支払い価格上昇等)が継続しても、また仮想通貨が乱高下しても、5/12の底値は下抜けていない。業績が悪い企業や実体のない企業の株価は相変わらず軟調だが、業績が良い企業はしっかり買い戻されている。面白いのが自動車メーカーの株価である。5/26現在の年初来騰落率を見てみよう。

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 こんな状況である。伝統的な自動車メーカーが大きく上昇している一方で、テスラやNIOが冴えない。そして、暴落しているのは昨年SPACでIPOをして、まだ1台のEVも製造できていないような期待だけで買われてきたメーカーである。要するに現在の米国の株式市場で起こっていることを一言で示すなら、「健全化」なのだ。売られるべき銘柄が売られて、買われるべき銘柄が買われている。それは単にグロースからバリューへのシフトということでもない。グロースでも強い企業の株価は堅調である。こうした健全化プロセスを終えると、また株式市場はじりじり上昇していくことだろう。それは、超金余り相場はこの瞬間も拡大中であるからだ。忘れるべきでないのは、世界の中央銀行のバランスシートは今も拡大を継続していることだ。また、テーパリングは、金融引き締めではない。金融緩和ペースを落とすだけだ。金融緩和はまだまだ続き、金余り相場も微塵も揺るがない。

 さて、外交で注目すべき動きが起こっている。それは米中の貿易交渉再開の動きだ。私は、よく「株式市場が上離れするようなポジティブなサプライズに何がありますか?」と質問される。ポジティブな材料はたくさんあるが、市場はすぐに織り込むのでサプライズとなると、意外に少ないのだが、その有力候補として「米中の相互の関税撤廃(関税率引き下げ含む)」を提示する。バイデン大統領は、選挙戦で何度もトランプ前大統領の関税政策を批判していた。対中関税についても「私なら国際法に照らした別の手法でやる」と明言してきた。そのバイデン大統領であるが、今でもトランプ関税をそのまま適用している。バイデン大統領は就任100日でトランプ政権の実績を悉くひっくり返している点から鑑みると不思議なことであるが、話は簡単で、本当はすぐにでもトランプ関税を撤廃したいのだが、就任してすぐにそれをやると「中国に弱腰だ」と批判されることは明白であり、やりたくてもできなかったのだ。しかし、足元までに世論も「バイデン政権は、中国に強硬だ」というイメージが定着してきている。ゆえに、そろそろ動き出す頃だと思われる。そのスタートは、米中貿易交渉第一弾の評価作業である。米中では6カ月ごとに貿易の閣僚級協議を実施する約束であったが、政権交代もあったことから、昨年8月を最後に中断されていた。それが、ようやく5/26にUSTRのキャサリン・タイ代表と中国の劉鶴副首相の電話会談で再開した。すぐに関税撤廃とはいかないが、動き始めたことは重要だ。

 ピーターソン研究所によれば、米国は中国製品の66%に平均で19%の関税を適用し、中国は米国製品の58%に平均21%の関税を課しているようだ。かなり高い関税である。そしてムーディーズは、こうした関税コストの大半は米国の企業が負担していると指摘している。FRBも米中報復関税合戦のコストは、米国の消費者が負担しているという主旨のレポートを出している。市場では、足元の原材料価格の上昇が、今年後半の企業業績を圧迫する可能性を懸念している。米中の関税率が引き下げられる、撤廃される方向性に向かうと、米国の企業業績への懸念が緩和されるほか、インフレ圧力の低下にもなるため、複合要因で現在の米国株式市場には相当にポジティブの連想がされやすいと思われる。もちろんバイデン政権は、中国を「唯一の競争相手」と位置付けており、関税政策が撤廃されても、別の枠組みで中国への圧力を高めるだろう。従って、全てがポジティブというわけではないが、やはり関税の撤廃は、足元の市場の関心が高いインフレや企業業績への改善に効くため、その影響は大きいと思われる。

 日本株も底値は固まってきた。日本のワクチン接種も1日当たり40万回までペースが加速してきている。コロナにおいて世界で最も安全な国ランキングでは、日本は前回の7位から14位に転落したものの、13位の米国、15位の台湾に挟まれた14位は、世界レベルで見れば、かなり優秀な順位であろう。日本株は東京オリンピックが中止になれば、このイベントに伴う不透明感が剥落し、一気に3万円を回復すると思われるが、今のところオリンピック開催が大きなリスク要因だ。オリンピックの開催の是非は色々とあろうが、株式市場にとっては間違いなく、リスク要因なのだ。問題はコロナだけではない。2012年のロンドンオリンピックでは2億回のサイバー攻撃があったと報告されているし、当時ロンドンの公園には迎撃ミサイルが配備されたことを思い出しても、テロ等の標的になるイベントなのだ。1972年のミュンヘン・オリンピックでは選手村に「黒い9月」というテロリストが侵入し、イスラエル選手団を襲った。そこに今回はコロナ対策も加わることから、日本の警察、自衛隊には相当な負担となるだろう。

 さて来週は雇用統計やISM関連指標が出る重要な週となる。特に先月の雇用統計は史上最大の予測値とのズレが出る結果となった。季節調整が機能していないため、予想に対して大きく振れやすいため、要注意だ。またISM関連指標では、支払い価格等の企業のコストに注目が集まるだろう。5月の日経平均の下落は多分にテクニカル的な要因が大きかったが、逆に言えば反発局面でもテクニカル要因でサポートされやすいということだ。先週はテクニカルの反発の局面だったとも言える。5日移動平均がサポートになり、金曜日には100日移動平均の28,970円近辺も上抜けた。75日移動平均の29,250円近辺がとりあず来週のチャレンジとなってくるのだろう。それを上抜けると、いよいよ3万円回復の準備期間となる。予想レンジは、28,700円~29,700円程度か。(やや修正しました)


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