米国大統領選の最大のリスク(株式)

米国大統領選挙は、いよいよ佳境に突入することになる。何といっても9/29から始まるトランプ大統領とバイデン候補のTV討論会は、その最初の攻防として非常に注目されるだろう。恐らくは、激しい罵り合いの熱戦(討論会は3回)が予想される。これに対し1回しか行われないペンス副大統領とカマラ・ハリス副大統領候補の討論会は、理屈と論理、そして米国らいしいディベート力が展開されると思われ、選挙戦というよりは「議論のスキル」としての学習材料になるだろう。いずれにしても、この討論会を経て、米国の大統領選挙への関心は最高潮に盛り上がり、11月の決戦日になだれ込んでいく。近年のパターンとしては、謎のスキャンダル、変なフェイクニュースもこれからまだまだ出てくることだろう。安全保障上の脅威も高まりやすく、10月はやはり大統領選挙前に恒例の「オクトーバー・サプライズ」を意識せざるを得ない。

さて、マーケットであるが、しばしば「トリプル・ブルー(バイデン候補が勝利し、上下両院も民主党が制するケース)」のリスクが指摘される。確かに大統領も議会もすべて民主党が制すれば、民主党がやりたいように政策を行ことができるため、トランプ大統領がオバマ前大統領の政策を悉くひっくり返したように、新バイデン政権が誕生すれば「トランプの否定」が展開されるだろう。とりわけ、市場が心配するのは、法人税の21%から28%への引き上げや、キャピタルゲイン課税、富裕層への最高税率の引き上げ、米国ハイテク企業の課税逃れ対策などの税制変更により、企業収益を圧迫するものと、GAFAMの寡占状態解消のための解体、金融機関への規制強化、環境規制の徹底強化などの政府による民間企業への大きな介入に関するものだろう。しかし、私はそれほど心配していない。なぜなら、こうしたものは理念だからだ。どういうことかと言えば、コロナの影響が続き、まだ1千万人程度も失業者が戻っていないような状況下では、理念ではなく現実を直視しなくてはならない。すなわち、こうした短期的に痛みが先行するような政策はすぐには実行されないということだ。これは、我が国における菅政権も同様だ。縦割り行政の打破、既得権益の打破とは言っても、再優先は経済対策であり、コロナ対策になる。すなわち、市場が心配するほどバイデン候補が経済に厳しい、市場に厳しい政策を取ることはないと言える。トリプルブルーリスクは、言われているほど大きくないと考えてよいと思う。

むしろ懸念すべきは、大統領職にはトランプ氏が再選、しかし上下両院ともに民主党が制するケースだ。この可能性は高いと私は考えている。足元の世論調査では、バイデン候補が有利であると報じられているが、あまり参考にならない。トランプ大統領の大統領としての人間的な資質については、様々な問題があることは否めない。しかし、トランプ氏の岩盤支持層はあまり揺らいでいない。それどころか、この大統領選挙の直前にもイスラエルとUAE、バーレーンの国交正常化をまとめるなど、自身の支持層にはしっかりとしたアピールをできている。更に米国の農家に対しても、中国との貿易合意第1弾で大量の農産品購入を約束させたうえ、その進捗度合いが良くないと見るや4月には190億ドル、更に最近では追加で130億ドルの農家支援を打ち出している。(財源は不明だが)
また、この大統領選を控えて米国の最長老の最高裁判事であり、伝説的なリベラル派のギンズバーグ氏が亡くなるという訃報が届いた。これは、かなり重要なことになる。共和党の人にトランプ大統領の4年間の成果を聞くアンケートでは、必ず上位に「保守派の最高裁判事を任命したこと」が挙げられる。訴訟社会であり多民族社会である米国では、法律こそが社会の根幹をなす。そして、9名で構成される最高裁判事への尊敬の念は深いし、大統領が1期4年で2期までの8年間しか国に影響を及ぼさないのと異なり、最高裁判事は終身制であることから、米国社会を形成しているのは実は最高裁判事との見方もある。この重要な最高裁判事のポストに、トランプ大統領はこれまで2名のバリバリの保守派を送り込むことに成功した。しかも任命された2名ともに50代と若く、これから数十年も最高裁判事に君臨することになる。共和党員は、これを評価しているのだ。そして今の最高裁判事の構成は、リベラル派のギンズバーグ氏が存命の時は保守派5、リベラル派4であった。今回、ギンズバーグ氏の後任として、トランプ大統領は大統領選前に何としても保守派で若く女性の判事を任命しようとするだろう。これが実現したら、ますますトランプ大統領の支持者には強烈なアピールとなる。尤も、このギンズバーグ氏の訃報後に、民主党に1億ドル以上お政治献金が殺到しているので、民主党の支持派もこの訃報で一致団結している。更にギンズバーグ氏は、しっかりと遺言を残した。「後任の選出は、大統領選挙後の新大統領のもとで行ってほしい」というものだ。もちろん任命権はトランプ大統領にあり、ナイーブにギンズバーグ氏の遺言に従う必要はない。しかし、この国民的な人気と尊敬を集めたギンズバーグ氏の遺言を無視するリスクは小さくないようにも思える。すなわち、大統領選直前に思わぬ不確定な事態が起こっているのである。

一方のバイデン候補の状況はどうだろうか?ヒラリー・クリントンのように国民に嫌われているわけではない強みはあるものの、熱狂的な人気がないのが最大の弱点だ。選挙を有利に進めていることで、政治献金はそれなりに集まっており、表面上は盛り上がってきたようにも見えるが、私はその熱気は感じない。例えばTwitterのフォロワー数であるが、トランプ大統領のフォロワーは8600万人ほどいるが、バイデン候補は未だに950万程度である。オバマ大統領は1.2億人、ヒラリークリントンでさえ2800万人である。いかにバイデン氏の存在感が小さいか。こういう状況では、TV討論会で失態を見せると支持を失うことだろう。バイデン候補は不安定なのだ。従って、選挙戦ではトランプ大統領が勝利する可能性は全然消えていないと考えている。
一方で上下両院であるが、下院ではほぼ間違いなく民主党が制するだろう。これは選挙の予測専門家で意見が一致している。問題は上院である。上院は100議席のうち、今回の改選は35議席であるが、共和党が23議席、民主汪が12議席の改選となるため、そもそもが共和党にとっては「守りの選挙」で分が悪い。現在の上院100議席は共和党が53議席、民主党が47議席で共和党がかろうじて過半数を取得しているに過ぎないため、足元のコロナ対策の失敗と黒人暴行死事件以降のマイノリティ重視、カリフォルニア州の山火事に見られる自然災害とその原因となっている温暖化への関心の高まりを鑑みると、私は民主党が上院で過半数を獲得する可能性が高いと考えている。
そうなると、私が最も警戒する「トランプ大統領の再選+上下両院は民主党」という構図の可能性はあり得る。今のマーケットは、もちろんこの構図のリスクを織り込んでいないだろう。この組み合わせでは何が起こるか?
①トランプ大統領による安全保障をベースにした大統領令の乱発
②共和党のトランプ党化、民主党の左傾化
③2022年の中間選挙だけに焦点を絞ったポピュリズム、分断政治、政権と議会の対立
④政権内の主要ポストの空席増加
⑤中途半端な経済対策による景気悪化

次回は、これらの5つの影響度合いをより詳細に検討する。

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