ある日桜の木の下で

風の音
足音

須賀「ふぅ。4月とはいえまだ寒いな。」

(須賀ナレ)
現在の時刻は朝の4時前。
まだ夜のように暗い。
そんな時間に僕はシャベルと懐中電灯を持って裏山に登った。
裏山には小さな池があって、そのほとりには大きな桜の木が生えている。
今まさに満開の桜は、冷たい風に吹かれザワザワと音を立てて花びらを舞わせた。さすがにこの時間に花見客は居ない。
桜の木の下に座って真っ黒な池をぼんやり眺めていると「桜の樹の下には屍体が埋まってる」という台詞ではじまる短編小説が頭をよぎり、恐ろしくなった。

風の音
気が揺れる音

丸井「よっ!見事な桜だね。」
須賀「ぅわぁっ!!」
丸井「須賀くんでしょ?なに驚いてるの?」
須賀「お、お、お…!」
丸井「いやいや、おばけじゃないから。」
須賀「びっくりしたよ。まさか来るとは思わなかったから。」
丸井「実は僕も来ないだろうなぁと思ってたから、驚いてるんだ。」
須賀「久しぶりだね、丸井くん。」
丸井「僕が転校してから30年ぶりかぁ。」
須賀「お互い年取ったな。」
丸井「そりゃもう40歳だよ。白髪も増えるし毛も抜けるさ。」
須賀「僕はちょっと太ったかな。」
丸井「ちょっとどころじゃないよ。須賀くん、あだ名モヤシメガネだったじゃないか。」
須賀「そうだった。子どもって残酷なあだ名つけるよな。」
丸井「ははは。」
須賀「それじゃ、お互いシャベル持ってきてるみたいだし、始めますか。」
丸井「うん。時間ぴったりだ。」
須賀「ほら、ここだよ。木にナイフで印がつけてある。」

ザクッ ザクッ
土を掘る音

(須賀ナレ)
30年前のあの日、僕と丸井くんはブリキ製のタイムカプセルを桜の木の下に埋めた。40歳の4月1日の朝4時に一緒に開ける約束をして。
丸井くんとは小学校の頃に仲良く遊んでいたけど、連絡先も知らないし、どこに引っ越していったかも分からなかった。

丸井「こんなことしてると、子どもの頃思い出してワクワクするね。」
須賀「ほんとだ。泥だらけになってさ。」
丸井「なんか屍体とか出てきそうじゃないか?」
須賀「そんな怖いこと言うなよ。」
丸井「ははは。」
須賀「30年なんてあっという間だったよな。」
丸井「うん。だから自分が何埋めたか覚えてるよ。」
須賀「僕も。」
丸井「プロ野球チップスについてるおまけのカード、キラキラのレアなやつ。」
須賀「そうそう!」
丸井「確か野球ボールも入れたな。」
須賀「プロ野球選手の気分で2人でサイン書いたやつ。」
丸井「そうそう!」
須賀「丸井くん、好きな子の名前を書いたキーホルダー入れてたでしょ?」
丸井「ははは。よく覚えてるね。」
須賀「確か鈴原さんだ。実は僕もさー…」
丸井「今は丸井だよ。」
須賀「え!?」
丸井「僕結婚したんだ、鈴原さんと。」
須賀「まじか!10代で!?」
丸井「まさか。遠距離恋愛で高校の時に1度別れたけど、またやり直して、大学を卒業してから結婚したよ。」
須賀「すごいな。」
丸井「あいつにキーホルダー見せてやろうと思ってね。今日はそのために来たんだよ。」
須賀「…そうか。」
丸井「あれ、ずいぶん掘ったと思うけど、見つからないな。」
須賀「もう少し掘ってみるか。」

ザクッザクッ

(須賀ナレ)
湿気を含んだ土の匂いが鼻をつく。
夜明け前の薄暗い中、2人で桜の木の根元を掘り続けた。

丸井「やっぱり見つからないね。根っこだらけだ。」
須賀「うーん。誰かに見つかって持っていかれたのかな。」
丸井「えー、ガラクタなんか欲しがるかなぁ。」
須賀「…。」
丸井「あ、もしかして、須賀くんが掘り起こしたんじゃないの?」
須賀「なんで僕がそんなことするんだよ!」
丸井「冗談なのに、そんな大きな声出さないでよ。」
須賀「ごめん…。」
丸井「まぁこれ以上掘ってもなさそうだし、諦めようか。」
須賀「う、うん…残念だけど。」
丸井「あー腰痛い。」
須賀「年だね。」
丸井「じゃあ僕仕事あるし帰るよ。」
須賀「あぁ。」
丸井「お疲れさん。」
須賀「お疲れ。」

(須賀ナレ)
僕は丸井くんが帰ってからも少し掘ってみたけど、結局タイムカプセルは見つからなかった。
舞い散る桜の中にいるとやけに切ない気持ちになるのは、きっと桜がタイムカプセルの養分を吸って花を咲かせているせいだ。
辺りはすっかり明るくなって、池にはたくさんの思い出が浮かんでいた。

おわり

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

クレジット
脚本・演出…司馬ヲリエ
出演…
須賀/草壁知里
丸井/丸山貴成

作品、楽しんでいただけたでしょうか? サポートでの応援をお待ちしております*\(^o^)/*