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自動詞と他動詞の境目を揺れ動く

「破損する」は自動詞であり他動詞でもある。スマホは破損するし、スマホを破損することもできる。

自動詞のまま目的語を取り、使役動詞を付けて「スマホを破損させた」と書くこともできる。できるのだが、どうも違和感を覚える。使役ゆえ、わざと壊した印象を与えるからだ。誤って壊してしまったのであれば「スマホを破損した」の方がスマートだと思う。

「破損したスマホ」と連帯修飾する場合は両方に解釈できるが、どちらかというと自動詞に読める。「兄が破損したスマホ」と主語を添えれば他動詞になる。

一方、「兄の破損したスマホ」は、「の」を主格と取れば「破損した」は他動詞、所有格と取れば「破損した」は自動詞になる。後者の意図なら、係り受けに誤解が生じないよう「破損した兄のスマホ」と書いた方がよさそうだが、兄が精神崩壊したみたいにも読めてしまうと気づいた。

「大切な物だから、破損しないようにね」は、自動詞ぽさが抜けなくて何だかそわそわする。「壊さないようにね」と言うのが普通な気がするが、間違ってはいないからもやもやする。「破損させないようにね」だと、どこか不思議な世界にいざなわれてしまいそうになる。

受動態にするなら「破損された」と「破損させられた」のどちらが適切なのだろう。先ほどのように「誤って」を添えるなら「誤ってスマホを破損された」で問題ないはずなのだが、どうも違和感が拭えない。

「を」で目的語を取っているから「破損する」は他動詞である。ただ、他動詞に「れる」「られる」の助動詞を付ける場合、自発・可能はないとしても、受身・尊敬の二通りの解釈が可能である。だから「誤って破損された」だと、誰かに過失で壊されたのか、どなた様かがお壊しになったかが判然とせず、どこか落ち着かないのではないだろうか。まあ、尊敬の意で使うことはまずないと思うけども。

受身であることを明確にしたいなら、「誤って破損させられた」と書くべきなのだろう。しかし、故意と過失がせめぎあってるような別の落ち着かなさが生まれてしまう。日本語は難しい、と思ったら英語の break も自動詞であり他動詞なのを思い出して、言語は難しいと思った。

仕事で「破損させた」という表現を見かけて、気になって帰り道につらつら書いてしまった。自他の両方を兼ねる動詞は「ドアが開く」「ドアを開く」や「日時が決定する」「日時を決定する」などいくつもある。ただ、「開かせる」「決定させる」に比べて「破損させる」は使役感が薄く、他動詞の「破損する」に限りなく近い気がするから、やっぱり少し特殊な気がしている。

自動詞と他動詞の境目を揺れ動く言葉たち。言葉は時とともに変わっていくが、今この瞬間にも揺れ動いていて、一意に定まる言葉なんてないような気もする。言葉は、だから面白い。


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