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営業目線のWeb小説売り込み研究 第8回「テンプレの荒波を超え、青い海を目指せ!」

 今や100万作品にもなろうかというWeb小説の中にあって、ありふれた設定の作品は埋もれてしまう、という事は周知の事実だろう。あなたが書いている作品は書き始めた当初、誰も思いつかない様な斬新な設定を採用した事と思う。しかし、こんな言葉もある。

 「結局、テンプレがウケる」

 飽きるほどTwitterで見かける言葉だ。確かに、最大手「小説家になろう」や、筆者がメインフィールドとして作品を投稿している「ノベルアップ+」でも、投稿作品最多ジャンルはハイファンタジー、いわゆる異世界ファンタジー物語で、よくある設定、いわゆる「テンプレ」が採用されている。

 テンプレを使った作品は人気ジャンルであるハイファンタジーにカテゴライズされることが多く、それだけ多くの読者の目に留まるだろう。しかし、そこはライバルが最も多い戦場。勝ち上がるのは至難の業だ。

 では、非テンプレ作品を書く作家はそれだけで売り込みに成功するだろうか。

 そういう作品を書いたことのある作家なら、恐らく「そんな事はない、苦労した割にあまり読まれない」と答える方も少なくないだろう。

 では、どうすべきなのか。それでは今回も、営業の視点からテンプレを使う是非について、考えていこう。

・市場は海

 マーケティング用語の中に、「ブルーオーシャン」という言葉がある。

 これは、欧州経営大学院の教授、W・チャン・キムとレネ・モボルニュの共著、『ブルー・オーシャン戦略〜競争のない世界を創造する〜』という書籍において語られた理論である。

 ブルーオーシャンとは、競争相手のいない、あるいは少ない市場を指し、その逆をレッドオーシャン、血みどろの海と呼ぶ。

 あまりにも分かりやすい話であり、これだけ聞いてしまうと「なら、ブルーオーシャンを目指して作品を作る……やっぱりテンプレは避けるべきなんだ!」というミスリードを引き起こしてしまう。

 しかし、ブルーオーシャン戦略とはそんなに単純なものではない。詳しくは書籍を読んで頂きたいが、今回は上辺の言葉だけでなく、少し踏み込んで解説していこう。

・足し算、引き算する

 ブルーオーシャン戦略を語るのに必要な考え方に、「バリューイノベーション」というものがある。直訳すると価値革新だが、要するに、価値を上げてコストを下げるということであり、市場価値の「ライン」を引き直す事ができるというものだ。これを創作活動に当てはめると、既に多くの作家が書き尽くしたテンプレは「低コスト(すぐ考えられる内容)で価値が低い」が、斬新な設定は「高コスト(考えつくのが難しい内容)で価値が高い」となる。

 バリューイノベーションの実現とは、斬新で低コストな設定を考える事に他ならないが、何もないところから斬新な設定を生み出すのは至難の業だ。では、どのようにすれば良いのだろうか。

 今回はブルーオーシャン戦略のフレームワークの中でも、創作、とりわけ設定に当てはめるのが最も容易な「アクション・マトリクス」を使っていこう。

 アクション・マトリクスとは、四つのセグメント「取り除く」、「減らす」、「増やす」、「付け加える」……これを自身が身を置く業界の要素に当てはめていくという手法だ。

 文房具大手メーカー、キングジムには、作家諸氏ならよくご存知の商品「ポメラ」というものがある。かんたんに言えば小型ワープロである。

 パソコン、スマホが普及する現代において、インターネット閲覧すら出来ないワープロが未だに売られ、ヒットするのはポメラがブルーオーシャンを狙った商品だからである。では、先ほどお伝えしたアクション・マトリクスでポメラを見てみよう。

・取り除く

 ポメラは「文字入力」に特化した製品だ。スマホやパソコンと対極にある文字入力デバイスであり、パソコンやスマホと比べると「ゲーム」や「Webページ閲覧」「動画、音楽視聴」などなど……あらゆる機能が取り除かれている。

・減らす

 ポメラは白黒液晶である。文字入力に特化しているため「色」を減らしたのだ。また、テンキーも無く、ましてやスマホやタブレットの様なタッチパネルでもない。とにかく機能を減らしている。

・増やす

 一方でポメラは文字変換に、優秀と名高いATOKを搭載している。パソコンやスマホにATOKを導入しようとすると、お金がかかる。そんなATOKを標準装備している。その他にも罫線表示や縦書き機能など、文字を入力するための便利機能を増やして、文字入力するという唯一の機能を大幅に強化している。

・付け加える

 ポメラは単機能であるがゆえ、他の機器との連携が必要となる。そのため上位モデルではパソコンやスマホと接続するためのWi-Fi機能を、下位モデルではQRコード生成機能を付け加え、連携を容易にしている。また、作家向け機能として類語辞典を搭載するなど、文字入力に特化した、あらゆる機能を付け加えている。

・テンプレの隣に、ブルーオーシャンがある

 この様に、アクション・マトリクスを実践し、競合であるパソコンやスマホとは全く異なる「書くこと」に全力で特化したポメラは、集中して執筆したいライターや作家に受け、見事にブルーオーシャンにたどり着いてその地位を確固たるものにした。

 これを小説でやってのけた作品がある。それも、人気ジャンルであるファンタジー作品だ。その作品はファンタジーWeb小説の多くが採用するバトル要素を「取り除き」、ファンタジー作品のアイデンティティとも言うべき魔法の要素を極端に「減らし」、異世界と現実世界を行き来する作品の中でクローズアップされる、現実世界と異世界の文化の違いを「増やし」、そして、なんとグルメ作品という要素を「付け加えた」のだ。ご存知の方も多いであろう。そう、「異世界食堂」である。異世界食堂はよくある設定をバランス良く足し引きしてテンプレから脱し、これまでにない設定を生み出すことに成功した。ブルーオーシャンの発見である。これが、低コストで高価値な「バリューチェーン」を実現した好例だ。

 つまり、営業戦略的に創作活動を見るならば、非テンプレを無理やりひねり出さずとも、オリジナリティ溢れる、読まれる設定を生み出すことができる、と言える。

・青い海は赤く染まる

 しかし、ブルーオーシャンはいずれレッドオーシャンへと変貌する。異世界食堂がたどり着いたブルーオーシャンに、数多くの作品が参入し、今やファンタジーグルメ作品は一つのジャンルとして認識されるに至った。

 ブルーオーシャン戦略には新規参入を阻害する力は無いため、過信は禁物ということである。今までにない設定を採用しただけで安心してはいけないという事だ。

 異世界食堂に追随しようと多数の作家がファンタジーグルメ作品を執筆した。それによりファンタジーグルメはテンプレと化す。そうなれば、青かった海は真っ赤に染まる。その中でも抜きん出た作品はバトル要素を入れたり、異世界から帰る方法を探したりするなど、ブルーオーシャンを探すべく、ファンタジーグルメというテンプレから設定の足し算引き算を行っている。

 もし、あなたが今執筆している作品の浮かぶ海が、執筆開始当初と比べて赤く染まってしまっているならば、一度その設定を洗い出し、アクション・マトリクスを実践することをオススメする。薄々勘付いていた方もいるだろう。そう、ブルーオーシャン戦略はなにも新作を創る時だけに使う戦略ではない。作品の「テコ入れ」にも応用できるのだ。

 作品の設定を見直し、もし、執筆の途中からでもうまく足し引き出来た先には、美しく青い海が広がっているかもしれない。

 ブルーオーシャン戦略を駆使したあなたの作品が、個性あふれる唯一無二の作品になる事を望む。

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