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サイバー戦争時代の矛と盾:防衛即応性の7つの死角と日本の生存戦略

はじめに

現代の防衛組織にとって、即応性(readiness)は極めて重要な要素です。戦場、平和維持活動、市民の暴動対応、環境災害支援など、あらゆる状況において、防衛組織の主要な目標の一つは、即応態勢にある部隊(Force Elements at Readiness、FE@R)を迅速に動員し展開することで、戦略的成果や政治的目標を達成することにあります。

この目標を達成するためには、外交(Diplomacy)、情報作戦(Information operations)、軍事(Military)、経済(Economic)といったDIMEと呼ばれる権力の手段を横断的に活用できるデジタル技術が不可欠です。

1. 接続性を考慮しない装備投資

防衛組織が直面する最初の課題は、高額な装備品への投資に関するものです。戦艦、空母、戦闘機などの主要な装備品(プラットフォーム)への投資は非常に高額です。そのため、コスト削減の圧力から、しばしば情報能力への投資が犠牲になります。結果として、最新の「キット」(装備)を備えた部隊が、前の世代の接続性しか持たないという状況が生まれます。

この問題の根本には、装備品と情報能力のライフサイクルの違いがあります。例えば、軍艦のライフサイクルは構想から廃棄まで最大60年に及ぶことがありますが、情報・接続性関連技術のライフサイクルは5〜8年程度です。この不一致を解決することが極めて重要です。

日本の文脈では、この課題は特に重要です。例えば、F-35戦闘機の導入やイージス・システムの更新など、高額装備の導入に際して、情報システムとの統合や将来の更新可能性をどのように確保するかが課題となっています。

2. データの氾濫と活用の課題

データ量は毎年倍増し、その傾向は加速しています。幸いにもデータ保存のコストは低下していますが、その速度はデータ増加の速度に追いついていません。

データは非常に価値がありますが、多くの組織ではデータの25%未満しか効果的に活用できていません。防衛分野ではさらに低い割合である可能性が高いです。

モノのインターネット(IoT)の普及により、装備品や衣服にも大量のセンサーが配置されるようになり、すべてのものをすべての人に接続する機会が生まれています。IoTは、例えば予測メンテナンスなど、多くの可能性を提供します。部品全体の定期的なメンテナンスではなく、修理や点検が必要な部分を自動的に通知することができます。

しかし、このような膨大なデータ量は、多くの防衛組織にとって課題となっています。資産や人員の即応性、脅威評価、供給チェーンのボトルネックなどに関する有用な知識や洞察に変換することが困難になっているのです。

日本の自衛隊も例外ではなく、各種センサーや衛星からのデータ、さらには同盟国との情報共有など、膨大なデータを扱う必要があります。特に、北朝鮮のミサイル発射に関する早期警戒情報や、尖閣諸島周辺の海洋監視データなど、機密性の高いデータの取り扱いには細心の注意が必要です。

3. 接続性のボトルネック

多くの大規模で複雑な組織と同様に、防衛組織にも情報共有が容易でなく、コミュニケーションが遅く選択的になる「サイロ」が不可避的に存在します。各機能がそれぞれのプラットフォームを開発していますが、これらは多くの場合、互いに、そしてリーダーたちとの強力な接続性を考慮せずに独立して作成されています。

日本の場合、陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊の三自衛隊間の連携強化が特に重要です。統合運用の強化や陸海空の領域横断作戦の重要性が認識されていますが、依然として各自衛隊の独自性が強く、完全な情報共有や迅速な意思決定に課題が残っています。

4. 運用上の相互運用性

相互運用性は、国防軍の異なる部門(陸、海、空、前線、中間、後方など)内でさえ課題となっています。他の政府機関や同盟国、さらには多数の外部委託先との間ではなおさらです。これらの組織はそれぞれ独自のシステムやプロセスを持ち、他との間でデータを生成したり共有したりすることを望まなかったり、できなかったりすることがあります。一般的に透明性が欠如しています。

また、能力分野間の依存関係がしばしば十分に理解されておらず、相互運用性に悪影響を及ぼす誤解を生じさせています。

日本の文脈では、日米同盟の枠組みにおける相互運用性の確保が特に重要です。自衛隊と米軍との間で、特にサイバー空間や宇宙空間での協力において、どのように効果的な情報共有と共同対処能力を構築するかが焦点となっています。

5. パートナーではなくベンダー

多くの軍隊では、前線活動への投資を増やし、より大きな効率性を実現するために、「バックオフィス」の支出を削減したいという恒常的な願望があります。これにより、ますます多くのサービスが外部委託されるようになっています。しかし従来、提供されるサービスの品質や管理の程度に関して、第三者の利用に対する懐疑的な見方がありました。

一方、ベンダーは独自の知的財産(IP)やデータの共有を嫌がることが多く、これがパフォーマンスとデータに基づく洞察の両方を妨げています。

マクロな観点からは、グローバル化により、マイクロエレクトロニクスや部品などについて、同盟国以外への依存度に関する継続的な議論が生まれています。これにより、防衛のための国家「産業戦略」の必要性が問われるようになり、グローバルサプライチェーン内の信頼できるパートナーとの長期的な関係構築が求められています。

日本の防衛産業は、長年の平和産業志向により、国際的な競争力の面で課題を抱えています。一方で、近年の安全保障環境の変化を受け、防衛装備移転三原則の制定など、防衛産業の国際化が進んでいます。

6. サイバーセキュリティ

サイバー軍拡競争は今後も続くでしょう。すべてのものが接続されるようになるにつれ、システムやデビースはハッキングにさらされやすくなる可能性があります。これは細心の注意を払う必要がある問題です。

ほとんどの国が、防御的な観点から、場合によっては攻撃的な観点からも、サイバー戦能力に多額の投資を行っています。サイバー防衛は調達の基本の一つであるべきで、そうでなければ投資が無駄になる可能性があります。

さらに、サイバー戦の定義も不明確です。例えば、他国の選挙を妨害しようとする試みは国家的な侵略行為とみなされるのでしょうか?

日本では、2014年に設立された自衛隊サイバー防衛隊の能力強化や、民間セクターとの協力体制の構築が進められていますが、高度なサイバー人材の確保や、急速に進化するサイバー脅威への対応など、課題は山積しています。

7. 労働力の課題

特定のスキルが不足しています。技術分野では特に、データ分析、データサイエンス、人工知能(AI)、アルゴリズム、モデリング、シミュレーションなどのスキルセットが不足しています。このような人材は長期的なキャリアにあまり興味を示さない可能性があるため、防衛組織はこれらの重要なリソースにアクセスする新しい方法を見つけなければ、遅れをとるリスクがあります。

これには、断続的なキャリアなど、新しい雇用モデルが必要となります。もう一つの課題は、技術分野のトップタレントの給与上昇率が、公共部門の基準から乖離し続けていることです。

日本の防衛組織は、少子高齢化による人口減少の影響を強く受けており、優秀な人材の確保が大きな課題となっています。自衛隊では任期制隊員の処遇改善や女性自衛官の活躍推進などの取り組みを行っていますが、民間企業との人材獲得競争はますます激しくなっています。

結論

防衛組織が直面する即応性の課題は多岐にわたり、複雑です。これらの課題に効果的に対応するためには、技術投資、データ管理、組織間の連携、サイバーセキュリティ、人材育成など、多面的なアプローチが必要となります。

日本の防衛組織も、グローバルな傾向と日本固有の状況が複雑に絡み合う中で、これらの課題に直面しています。憲法の制約、同盟国との関係、地政学的な位置づけ、そして社会の価値観など、様々な要因を考慮しながら、これらの課題に対応していく必要があります。

デジタル時代における防衛組織の即応性を高めるためには、これらの課題を包括的に理解し、適切な戦略を立てて対応していくことが不可欠です。それによって初めて、急速に変化する世界情勢の中で、効果的に国家の安全を守ることができるのです。

参考資料
https://assets.kpmg.com/content/dam/kpmg/dk/pdf/DK-2019/11/Future_of_defence_final_DK.pdf

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