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デザイン研究の国際学会であるIASDR2023で発表しました

2023年10月9日〜13日、イタリアのミラノ工科大学で開催されたデザイン研究の国際学会であるIASDR2023へ参加しポスター発表をしました。内容は以前こちらのnoteで紹介をしたキャップノソノゴをベースにしています。国際学会やデザイン分野の学会への参加は初めての経験となりました。この記事では、デザイン研究の国際学会で得られた気づきを共有したいと思います。デザイン研究への熱量と勇気を貰える機会となりました。
(文責 デザイナー 神崎将一)


IASDR2023について

まずは参加した学会についての概要を箇条書きで共有します。

  • ミラノ工科大学のBovisaキャンパスで実施。学会期間中に授業が実施されているので、キャンパスには学会参加者だけでなく、ミラノ工科大の学生もたくさんいました。

  • 合計549人の参加者。現地参加が438名、オンライン参加が111名。また、611名のレビュワーが査読へ参加。

  • 18か国からの参加者がいたそうです。体感として地域圏の割合は、EU圏:アジア圏:そのほか=7:2:1。日本からは京都工芸繊維大学の発表が多かったです。

  • フルペーパーの提出数427枚のうち査読通過が241枚。ショートペーパーの提出数176枚のうち査読通過は86枚。フルペーパーは約55%、ショートペーパーは約50%の査読通過率となっていました。提出数の最も多かった大会になったそう。全論文はDRSのデジタルライブラリからダウンロードが可能です。

  • 50以上のセッションが開催され、同時間帯に5-7個のセッションが進行。聴講したい発表が被ることもしばしばありました。。ただ、Whovaというイベントアプリを学会側が用意していたので聴講リストの作成と閲覧は苦労しませんでした。

ミラノ工科大学Bovisaキャンパス 建物内観
ミラノ工科大学Bovisaキャンパス 昼ご飯の光景

発表した内容

ショートペーパーの内容は生活者の資源循環に対する認識変化のヒントを探ることが目的でした。国分寺市の街歩きイベントに合わせて実施した、住民参加型のプラスチック資源循環の実験「キャップノソノゴ」をもとにしています。ショートペーパーはDRSのデジタルライブラリで公開されており、以下のリンクから読むことができます。
Perception change for circular economy through the practice of plastic recycling system with local residents
ショートペーパー提出者はポスター展示。ポスター自体は期間中貼られていますが、セッションとして設定されたのは1時間半でした。

ポスター展示の会場は疎ら。。

ポスター発表の会場が口頭発表の場から離れていることもあって訪れる参加者は少なかったものの、アジアとヨーロッパの両方の若手からシニアの研究者まで6人ほどの方からフィードバックをもらうことができました。驚いたのは、回収したプラスチックからボタンを制作する資源循環プロジェクトへ取り組んでいたランカスター大学のデザイン研究者がいたこと。我々も回収したプラスチックキャップからボタンを制作していたので、興味津々に話しかけてくれました。現在は修理に関するリサーチを進めていることを伝えると、修理の未来に関するオンラインワークショップの誘いをその場で受け、先日参加してきました。そちらについては別途共有できればと思います。学会に参加することはネットワークを広げる効果もありますが、アウトプットがさらなるインプットへ繋がる好循環をつくる効果も体感できました。

発表したポスターと一緒に撮ってもらいました

学会で印象に残った発表

未来洞察とサーキュラーエコノミーのデザイン研究に神崎が関わっているのでその観点で共有します。

サーキュラーエコノミー

Global goals, local future stories: unpacking contrasts and visions of circular economy activities in neighbourhood makerspaces
サーキュラーエコノミーに関する場を構築する上ではコミュニティが重要であると主張し、次の要素が必要であると明らかにした。
①他人との交流や共助の仕組みがある場
②特権のない集団が生活をより良くするためのインクルーシブな仕組みがある場
③道具や素材や製品や知識を共有できる場
④経済的な支援に協力的である場
⑤地域の問題について集団として文脈をおさえてケアをできる場がサーキュラーのメーカースペースには必要
サーキュラーエコノミーにおいて、場や人と人との繋がりが重要であると認識していたので、EUの実践を通しても同様の結果が生まれていることに自分たちの方向性が間違っていないと勇気づけられもしました。

未来洞察

口頭発表ではなく招待講演なのですが共有します。ロンドン芸術大学教授で、デザイン思考の登場と定着についての研究や組織・政策におけるデザインの実践を行うLucy Kimbellによる招待講演です。これまで彼女が関わってきたプロジェクト紹介がされていました。いくつか紹介します。

自身が関わったプロジェクトを紹介するLucy Kimbell
  1. アート・デザイン・あるいは関連する文化領域のクリエイティブな実践の可能性について調査し、実践者のインタビューとともに10個の学びを発信したCreaTures Project

  2. 政策デザインにおいてデザイン思考は浸透したと認識したUK Policy Labがラディカルに政策をつくるために公開した実験的な手法カードのExperimential method cards

  3. 政策決定に関わる者がありうる未来について対話をする際の戦略的な省察(strategic reflections)であるReference Foresight Scenarios: How to Future proof EU Policies?

2と3はデザインが専門でない行政職員が利用することを想定していてトップダウンでデザインが行政で浸透していく素晴らしい取り組みだと思いました。実際職員がどう使いこなし、あるいはどこに利用や普及の障壁があるのが個人的には気になりました。

気づき

デザイン研究を発信する場所としては効果的であった

デザイン研究の発表や議論が多く展開される場とその熱量は日本では感じにくいものであり、デザイン研究を発信する場としては効果的であると感じました。プログラムには計画されていなかった著名なデザイン研究者のIlpo Koskinenによる招待講演が急遽決まったので聴講しに行ったのですが、質問者による氏への敬意が手に取るように分かり、デザイン研究の分野ではやはりレジェンドなのかなと感じました。
また、母数の多くないデザイン研究に対して勇気を貰える場でもありました。日本ではリサーチカンファレンスが開かれていますし、デザイン研究の発表や議論の場がアカデミックに限らず広がっていくといいなと思っています。

最新の著書「Design, Empathy, Interpretation」を掘り下げるIlpo Kosikinen

アジアからの言説を作っていくニーズを確認できた

西洋の視点からデザインの脱却をしていく必要があるという話題がDon Normanの参加するセッションであがりました。質疑応答でこの話に触れたインド人参加者がおり、デザインに関する本を他言語に翻訳していくことはGoogle翻訳がある世の中であっても、文化的に重要な意味を持つので積極的に翻訳を推進してほしいと訴えていました。質疑応答というよりはもはや主張ではありましたが。。そんな彼女の主張に対して教室では拍手が起きていたので、アジアからアジアなりの言説をつくり、西洋へと発信をしていくことは歓迎されるのではないかと思います。香港理工大学やKAISTなど、デザインに注力しているアジアの研究機関と連携を深めていけると、アジアのデザイン研究は盛り上がっていくかもしれません。

Don Normanがパネリストに入っていたセッションは満席で立ち見が続出

ビジネス連携の意識は薄かった

IASDRではセッション一覧を閲覧でき、参加者と交流が可能なプラットフォームがアプリで提供されていたのですが、聴講したいセッションを確認しているうちにほとんどの所属が大学であることに気づきました。他の企業参加者は把握できる範囲で、デザインファームのfrogのリサーチャーによるショートペーパーくらいでした。入社以降参加した学会は、サービス学会のように企業とアカデミアのバランスがとれている学会だったのでギャップに戸惑いつつ、デザイン研究に取り組んでいる企業の少なさを痛感しました。
アカデミアの人がデザイン研究とビジネスとの繋がりについてどう考えているか気になり、とあるパネルディスカッションで質問をしました。デルフト工科大のIndustrial Design Engineering専攻のPaul Hekkertによるパネルディスカッションでは「社会科学は人間の行動の原則をつくるがdesign interventionsは作れない。だからuniversal design principleをdesign researcherがつくって橋渡しをする必要がある。」と提案をしていました。

universal design principlesを提案するPaul Hekkert

しかし、誰がユーザーになるのだろう?どんなシーンで使うのだろう?アカデミアに閉じずビジネス領域で使われるとよりそのprinciplesは普及して強度が高まるのではないか?そんな疑問を持ちながら、「提案されていたuniversal design principlesをどうビジネスや産業で使いたいか?考えはあるか?」という質問をしました。しかし、「難しく考えず、CEOに持ち込んだら普及するのでは?」という大変あっさりとした回答をもらってしまいました。普及するのが大変なのでは!?というモヤモヤが残りつつ、もっとうまく質問できたかもしれないと反省。企業にいるデザイン研究に関わる者として、アカデミアから生まれたデザイン手法をビジネスシーンで試す機会はたくさんありそうだと認識しました。私自身、デルフト工科大やそのほかのヨーロッパの大学の産学連携に明るくないので詳しい方に教えてもらえると嬉しいです。

最後に

アイデアの段階で他人に自信を持って言語化や説明ができなくても、なんとなく良いと思っているアイデアを「形」にして実行し切ると、対話の機会や場が生まれ、同様の関心や問題意識を持った仲間と国内外で繋がっていくことを身をもって体験できたことが、プロジェクト開始から学会参加までの個人的な収穫です。特にサーキュラーエコノミーを解くことは厄介な問題を対象としており、1社や1ステークホルダーではどうにもならない話なので、いかに対話と議論の場を作ることができるかが大事だと思っています。今回の小さい成功体験は、デザインに向き合う態度を再発見できたとも言えます。
次回のIASDRは2025年に台湾で開催だそうです。
ではでは。