これからの僕の長い人生に
さようならのつもりで短くキスしたら
窓のない六畳の一間
僕は手紙をしたためる
「背景、親愛なる君へ
元気にしてますか
夢は叶いましたか
そして何より
幸せに暮らしてますか」
其処まで書いて思う
こんなものはゴミだ
きっと今の君にとって
だってこれから君の長い人生に
僕の名前が刻まれる事はないのだから
其れはきっともう許されないのだから
ただあの踏切、桜吹雪のなか
短い言葉を交わしたあと
君の背中を呆然と見送っていた
其の時から
だからこの手紙はゴミだ
僕はゴミ以下だ
君の記憶にばかり縋って
全部全部忘れてしまえ
だけれど其れしか僕にはないんだ
なぜなら、僕にはもう
ミューズもファムファタールも存在しないんだ
君と出会ってしまったから
今までの僕の短い人生に
これで最後のつもりで静かにキスしたら
光のない六畳の一間
僕は手紙をしたためるのを止める
「背景、親愛なる君へ
元気にしてますか
夢は叶いましたか
そして何より
幸せに暮らしてますか」
そんな言葉を細かく破いて宙へ放る
壁の外、実りの季節に多くの人々が
それぞれの幸せを手にしていくなか
僕だけがこの暗い部屋に留まったまま
ただ一人、春を待っている
季節の巡りの始まりを
命が芽吹く其の時を
ただ一人、外の景色を思っている
ただ君のことだけを考えている
この胸が苦しいのだ
そんな心ごと細かく破いて宙へ放る
散った紙屑がなんだか
あの時の桜吹雪のようだった
遠くから踏切が閉まる音が聞こえてくる
僕の名前ならいずれシベリアの胡氷に刻まれる
今思えば
さようならが君といた対価だったんだ
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