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2023年8月の読書記録

8月の読書まとめ

2023年8月の読書メーター
読んだ本の数:21冊
読んだページ数:6658ページ
ナイス数:614ナイス

https://bookmeter.com/users/1257218/summary/monthly/2023/8

先月の記事で「8月は20冊いけるかな?」なんて書きましたがほんとに行けるとは思っていませんでした。数読めばいいってものじゃないけど、充実した読書ができた月だったかな。
おかげでこの記事もとうとう1万字超えです。ごめんねダラダラ長くて……。



各作品の感想・評価

読書メーター投稿時の感想からネタバレ成分をなるべく省き、あらすじや255字で書ききれなかった感想などを加筆しています。

評価基準

☆☆☆☆☆ 文句なし! 年間べスト級
☆☆☆☆★ 面白かった! 大満足
☆☆☆★★ それなりに楽しめた
☆☆★★★ 可もなく不可もなく
☆★★★★ イマイチ合わなかった……

📕☆☆☆☆★ Mephisto 2023 Summer Vol.8

▼ 詳しい感想は個別記事にて。

📕☆☆☆★★「名作ミステリで学ぶ英文読解」越前敏弥

ミステリ翻訳の裏話が読めるぞと軽い気持ちで買ったら想像以上に「英文読解」寄りの内容だったのでやっちまったなあと思いました……。
原文1パートにつき5〜6題の読解クイズが付される形式なのですが、目で行を辿るのも苦痛ってレベルで英文読めなくて自分でもびっくり😂

とはいえ原文総スルーで解説だけ読んでも充分面白かったです。
一文を訳すだけでも、英語だけでなく日本語の語彙、地理や歴史など幅広い知識が必要で、ミステリにおいてはさらに手掛かりが手掛かりとして正しく成立するように訳す難しさがあるのだと、実例で知ることができてよかった。
ちなみに、ミステリ翻訳の裏話はNFT版の付録対談でガッツリ読めるのでハヤカワの新訳クイーン読者はNFT版がおすすめです。

取り上げられている作品は下記の5作。
ネタバレを含む箇所も、未読者が回避できるようきっちり色分けした上で、出題されています。真相を踏まえて、情報の提示を作者や訳者がどのように工夫しているかがしっかり解説されていてとてもよかった。

エラリー・クイーン「災厄の町」「エジプト十字架の秘密」
アガサ・クリスティー「アクロイド殺し」「パディントン発4時50分」
コナン・ドイル「恐怖の谷」

📕☆☆☆★★ 「ザ・ベストミステリーズ2022」アンソロジー

今回も推協賞選評とともに楽しみました。
8作中4作(大山・川瀬・笛吹・米澤)は既読なので残りを拾い読み。

  • 逸木裕「スケーターズ・ワルツ」
    推協賞受賞作。紹介文にガッツリ書かれていたせいで仕掛自体はわかりやすかったけれど、謎解きはそれまでの伏線がきちんと活かされていて秀逸だし、音楽描写や探偵と事件関係者双方の心理描写も魅力的でした。

  • 芦沢央「アイランドキッチン」
    事件を取り巻く大小様々な悪意のリアルな質感がイヤだ~! とくに真相につながるささやかな悪意は「このぐらいなら自分でもやっちゃうかもな」と思わされるイヤさがある。地に足の付いたリアリティと真相の意外性の両立がうまいなと思う。

  • 杉山幌「光を描く」
    直球すぎるほど直球の野球ミステリ。主人公とピッチャーの距離感が絶妙で青春の爽やかさと苦味が存分に味わえて、今回読んだ中では一番印象的だった。直球過ぎて犯人バレバレだけどまあいいんだ。

  • 大門剛明「手綱を引く」
    警察犬の描写はいいんだけど事件の真相はこねくり回しすぎの感。
    後輩ポジの桐谷くんがいいキャラだった。

🎧☆☆★★★「ボタニカ」朝井まかて

植物学者・牧野富太郎を主人公に据えた伝記小説。

アカデミズムに縛られず純粋に植物を追い求め、在野の学者や学生たちと積極的に交わり植物学の裾野を広げた功績も、家族を犠牲に研究を続け、援助してくれた篤志家にすら不義理を働く経済感覚と社会性の欠如といった欠点も、エピソード盛り沢山で描いてくれてお腹いっぱい。

現代の視点だとやっぱ後者の方に目が向いてドン引いてしまうわけですよ。なんかこの人自身が溢れる才能や魅力で支援者を集めて全て吸い尽くすタチの悪い食虫植物みたいだなあ……と。

この本はずっと本人視点で話が進むんだけど、この形式だからこそ身勝手な思考と高邁な思想が同居するめんどくさい人格を描き切れたのかなあと思う。

この強烈な人格キャラクターの思考をエミュレートするの、相当大変だったろうな……小説化にあたって多少マイルドになっているんだろうけど、それでも聴くだけでかなり疲れたもの。おつかれさまです。

🎧☆★★★★「赤と青とエスキース」青山美智子

オーストラリアの画家、ジャック・ジャクソンが描いた「エスキース」という絵画を軸とした連作短編集。普段読まないジャンルだけど、なんか仕掛けがあるらしいし、短くてサクッと聴けそうだな〜と手を出したんですが、う~ん、ダメでした……。

まず1章の、身勝手で人の好意を捻じ曲げて受け取る主人公にまず辟易してしまって、めんどくさい女と理解ある彼くん的二人の恋愛に興味が持てず、その白けた気分を最後まで引きずってしまった。
ミステリファンならすぐ見抜けるとはいえ、仕掛けとテーマの融合はうまいと思うし、伏線の配置も丁寧なんだけど、テーマ自体に興味が持てないと厳しいね。
あと4章のナレーションはちょっと台無し感がありました。(以下ネタバレ▶https://fusetter.com/tw/YHauq8sG#all

2章、3章の話は比較的好きですね。絵と額縁の国を超えたセッションも、才能の差を飛び越えてリスペクトし合えるようになった師弟の話も素直に胸に沁みました。

📕☆☆☆☆☆「カラー版 名画を見る眼Ⅱ」高階秀爾

Ⅰの感想はこちら

Ⅱでは大まかに印象派〜フォービズム~キュビズム〜抽象絵画の代表的な14人の画家と作品を取り上げて解説しています。

冒頭のモネの章で、目で見た通りの光を再現しようと、光を色の分割で再現する色彩分割を追求した結果、作品から確とした形や具体性を失われてしまったという解説が印象的。

その後の章を読んでいくうちに、上記のような光学的アプローチにより、それまで素直に信じていられた眼の前の「現実」が光が生み出す幻に解体されてしまった中で、画家は「現実」をどう捉え、何を描こうとしたのか……という命題が、近代絵画の歴史に通底しているのかなーという気づきを得ました。

色に何重もの意味を持たせたり、形を解体してキャンバスという平面に最適化した再構成を試みたり、己の感情・内面を反映させたり、一旦自分の中で咀嚼してから幻想風景に昇華したり、具象から完全に離れて感動のみを抽出しようとしたり、アプローチは千差万別。その格闘ぶりがそれぞれ面白く、尊いのです

いくつも作例を見ているうちに、感覚的な作品よりもスーラやカンディンスキー、モンドリアンみたいに理論をかっちりと組んで描く画家が好みなんだなあと気づけたのもよかった

というか、恥ずかしながらカンディンスキーがガチガチの理論派だと知らなかった。軽やかでかわいらしい印象しかなくて……。
もっといい絵あるのになんでこの作品(印象Ⅳ)取り上げたんだろう? と思ってたけれど、具象から抽象へシフトする移行期の作品を通して彼の奮闘を知ることができ、より好きになれました。

📕☆☆☆☆★「十戒」夕木春央

面白かった! 極限状況クローズドサークルものはギスギスピリピリ感が苦手なのですが、この作品は常に行動こそ制限されているものの、一定期間を過ごせば生還は保証されている……という適度な緊張感だったのでわたしでも楽しめました。

島中に大量の爆弾が存在する状況で、犯人から課せられた「十戒」によって捜査が禁じられた中、足跡を消した痕跡から一気に犯人特定に至るロジックが見事。

それだけでも満足なのに、さらに真相が開示されることで、それまで見えていなかった心理的駆け引きが全編に渡って展開されていたことがわかる鮮やかさに興奮しました。「方舟」未読でも十分楽しめましたが、読んだ人は一層楽しめる作品だと思う。

📕☆☆☆☆★「しおかぜ市一家殺害事件あるいは迷宮牢の殺人」早坂吝

「考えて読めば矛盾やボロに気づけるはずなのに、《名探偵》の推理だからって鵜呑みにしてないですか〜? 」と読者を見透かすようなイジワルな仕掛けに満ちた作品。ぐうの音も出ません!

ルサンチマンに満ちた男の幼稚で短絡的な犯罪を描く「しおかぜ市」パートの露悪的な描きぶりにちょっとうんざりしていた分、迷宮に拉致された男女が連続殺人に見舞われる「迷宮牢」パートは、名探偵・死宮遊歩と善良な教師・上田万里のコンビのよさも手伝ってかなり楽しく読めてしまって、すっかり作者の術中に嵌ってしまいました。

ミステリでありがちな「ある特性」が何重にも犯人(と漫然と読んでいる読者)を追い詰める面白さや伏線の巧みさが小気味いい。

いや~しかし死宮遊歩いいよね……表紙の女性なんですけど、命を落とした歴代のワトソンたちのために常に喪服を身に着けてる設定、かなり好きです。

📕☆☆☆★★「幽玄F」佐藤究

文藝2023夏号の一挙掲載にて。

幼少期から空に魅せられ、自衛隊の戦闘機パイロットとなった男・易永透の人生を描いた小説。
単行本発売前なのであんまり詳しくは書きませんが、狂気じみた純粋さで追い求めた「空」が、重力や各国の領空権などのしがらみだらけで全く自由ではないと気づいてしまうのが哀しい。
ラストはそうくるかとびっくりしたけど、これしかないという展開だし、そこへ至るために積み重ねられた描写のリアリティはさすがだと思った。

📕☆☆☆☆★「魔女の原罪」五十嵐律人

法律遵守が求められる学校で起きた盗難といじめ、「カツテ」と呼ばれる老人たちと移住者の分断など、主人公を取り巻く環境が不穏さを増していく中、友人・杏梨が血を抜き取られ死体で発見される。思わぬ形で事件の渦中に放り込まれた主人公は、真相を求めて奔走するが……というお話。

「犯罪における■■■■■の扱い」というテーマから逆算して組み立てられたような物語で、街の真実や「集会」などの設定はかなり無茶ですが、描かれるテーマも、自身の出自や犯人の所業を知ってもなお前を向く主人公の姿も清々しい
主人公を精神的に支え見守る元弁護士の担任教師のキャラも、頼もしくて誠実でよかったな。「弁護士は名探偵になれない」というリアルを踏まえた逆説も印象的でした。

杏梨の魅力や、主人公との精神的な繋がりを序盤でもっと描いててくれたら、より後半の物語に乗れたなあと思うけど、「ヒロインへの想い>正義感」になってもブレるから、これでいいのかも。

🎧☆☆☆★★「源氏物語を読む」高木和子

源氏物語は大和和紀「あさきゆめみし」や小泉吉宏「まろ、ん?―大掴源氏物語」で大まかに話の流れを知っている程度でしたが、本書では桐壺〜夢浮橋までのストーリーを辿りながら、物語の技法や、エピソードの元ネタとなる史実・文学作品、当時の風習など一歩踏み込んだ解説がなされていて大変面白かった

政治的なパワーバランスの変化が細かく描写されていて、恋模様と密接に絡んでいる点や、相似の人間関係を反復することで間接的に主人公に禊を果たさせたり因果応報を描く手法、光源氏と紫の上の会話にみる作者の物語論など印象深かったです。

でもやっぱり光源氏も薫も好きになれないな。
入内前の朧月夜にホイホイ手出して開き直る流れがサイテーすぎて、それで須磨送りになったから藤壺の件とまとめて禊! とか言われてもよ。薫も浮舟を徹頭徹尾依代としか見てないのひどいなあと思うし。時代なのか?

📕☆☆☆★★「かたちには理由がある」秋田道夫

LED薄型信号機などを手掛けたプロダクトデザイナー・秋田道夫氏が、プロダクトの製作の裏側やデザインという仕事に対するスタンスなどを語ったコラム集。140pと薄いし文章も平易で読みやすい。

デザイナーの個性に依拠しない、正円や円筒といった普遍的なかたちをベースにしたデザインは古びないとか、製品の材質や基本構造などは当然メーカーの方が詳しいのだからデザイナーがすべてを決めるよりある程度メーカー担当者に任せたほうがよい製品になるとか、「我を出しすぎないこと」の重要性が語られて部分が面白いなーと思った。

作中で紹介されたプロダクトがつい欲しくなるのが罠ですね。三脚ルーペ湯のみも機能美を体現していてかなり素敵だ。

📕☆☆☆★★「恐るべき太陽」ミシェル・ビュッシ

世界的ベストセラー作家・ピエール・イヴ・フランソワ(通称PYF)と、彼の創作セミナーに招かれた作家志望の5人の女性たちは、南太平洋仏領ポリネシアのヒバオア島で創作活動に勤しんでいた。だがPYFの失踪を皮切りに一人、また一人と殺されていく……というお話。

文章がすごく読みにくい! との前評判に身構えていたのですが、自分には水が合ったらしく、集められた5人の女達を始め、関係者の秘密が少しずつ明らかになっていく様に興味を惹かれてグイグイ読めました

暖かく開放的で、でも歴史の闇がそこここに潜むポリネシアの空気感がミステリアスでいい。クローズドサークルと言っても普通に人が住んでる島なので、連続殺人の渦中に観光に出かけちゃうようなユルさも好きです。
参加者5人をモチーフにした彫像ティキも「そし誰」感醸しててイイネ。

肝心の大仕掛けは確かに手が込んでるんだけど、ハンパに見抜けてしまったというか、もともとそういうものとして読んでいたのでいまいち驚けなかった。見抜けていたのにそこからフーダニットに繋げて考えられないあたりがマヌケなんだよな私は……。

📕☆☆☆☆★「個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド」稲田俊輔

「ソース焼きそばの謎」刊行記念トークイベントでのイナダさんの喋りが面白かったので。

スパイス配合の基本思想から各スパイスの紹介・世界各国でのスパイス料理の特色や、豊富なミックススパイス&スパイス料理のレシピ、欄外のコラムと「完全ガイド」の名に恥じない情報量でした。

エスプリのきいた文章と、見やすく整理されたカラフルな紙面はパラパラめくって拾い読みするだけでも楽しく、子供のころにゲームの攻略本読んでワクワクしていた気持ちを思い出しましたね。
まずはレトルトカレーに追いスパイスから挑戦してみようかな。

📕☆☆☆☆★「不実在探偵の推理」井上悠宇

大学生の菊理現きくりうつつにだけ見える美女は、たちどころに真相を見抜いてくれる優秀な名探偵。自ら推理を披露することは出来ないが、質問をすればダイスの目で「ハイ」「イイエ」「ワカラナイ」を答えてくれる。

水平思考ゲームで探偵の推理を推理する……というこれまでありそうでなかった趣向の特殊設定ミステリ。
設定だけ聞いて、てっきりオカルト寄りの全知の存在なのかなあと思っていたら、必要なデータが揃わないと真相に到達できないあたりちゃんとしてますね。それを元に質問者の刑事コンビや憑代役の青年が探偵の思考を推測したり、必要なデータのアタリをつけたりと、そこでも独特な推理の過程が生じているのが面白い。
質問によって謎の焦点を絞っていく過程が面白くて、もっといろんな事件で見てみたいな! と素直に思った。あと刑事コンビのキャラが好き。ミステリマニアの烏丸刑事は伊藤沙莉のイメージで読んでました。

ある新興宗教のシンボルである巨大な目玉のオブジェが血の涙を流していた! 誰が何のためにこんなことをしたのか? 被害者(=血の主)は存在するのか? という「殺神事件」のユニークな状況設定や、「兇人邸の殺人」を踏まえたような安楽椅子探偵への問題提起も新鮮でよかったですね。

📕☆☆☆★★「焔と雪 京都探偵物語」伊吹亜門

※以下ネタバレ注意!
(なんとかボカしているけど真相を匂わせる箇所があります)

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探偵事務所を営む元刑事の鯉城りじょうが遭遇した事件を、共同経営者の病弱な幼馴染・露木が推理する安楽椅子探偵形式の連作短編集。

メフィストの推理企画で出題された「波戸崎大尉の誉れ」の真相に大いに驚き、スルーしてすまんかったと慌てて購入したのですが、期待していたものとはちょっと違っていたかな……。

とにかく個々の短編の謎解きが物足りず、全体の仕掛けが明かされてもその点には不満が残ります。同種の仕掛け・方針の作品、近年ではよく見るし……。
ただ、作品全体の仕掛けを裏打ちするじっとりとした行き場のない情念はかなり印象的だし、4話目で全体の趣向を開示したあと、その真相が皮肉に効いてくる5話目を配置する構成がじつに心憎い。

読んだ直後は肩透かし感が拭えなかったのですが、真相を踏まえて読み返すうちにあちこちの台詞に込められた裏の感情がじわじわと効いてきて、数日間引きずってしまった。なので☆一つ追加です。
これで個々の謎解きがもっと面白ければ個人的には年間ベスト級にツボだったかも。うーん惜しい……今度は「波戸崎大尉」と探偵役が同じという「幻月と探偵」を読んでみようかな。

🎧☆☆☆☆★「塞王の楯」今村翔吾

戦国最強の楯たる石垣職人集団・穴太衆あのうしゅう。その若き頭領・匡介きょうすけを主役に据えた熱血歴史小説。

以前、千田嘉博「城郭考古学の冒険」を読んで、築城における石垣の重要性はある程度把握していたので、興味を持って読み進めることができました。(作者と千田先生の対談も面白かった!)

石垣の構造で敵を誘導したり戦況を有利に持っていく技術解説が面白いし、石場から石材を切り出す山方・石材の運搬を行う荷方といった後方部隊にもスポットを当てて、土木作業の苦労や工夫を描いていてそこもお仕事小説として楽しめた。

メインとなる大津城の攻防戦は、戦国最強の矛・鉄砲鍛治集団の国友衆とのぶつかりあいで、双方の手の内の読み合いや決死の作戦の数々に手に汗握りました。とくに琵琶湖上での決死行は本当にハラハラした!
ともに戦を生業とする苦悩を抱えるライバル・国友衆の頭領である国友彦九郎げんくろうと、戦いを通して認め合う姿は王道の少年漫画のような熱さと爽やかさでした。

ただ、戦争被害で辛酸を舐めてきた職人たちが「民を守るために石垣を築く」「戦を終わらせるために圧倒的な石垣/鉄砲を作ってみせる」というだけならまだしも、戦国大名や家臣団まで「民を守れ」「無益な殺生をするな」「本当は人なんて殺したくない」と戦場で青臭くあまっちょろいこと言い出すのは、ちょっとムズムズしてしまった

まあ「イクサガミ」や「じんかん」ではシビアで生臭い命のやりとりを描かれていた作者ですし、本書は「戦で人が死ぬなんて当然じゃん」という諦観や冷笑に、戦の当事者の立場から全力で抗う物語ですから、これはあえてのことなんでしょう。

📕☆☆☆☆★「私雨邸の殺人に関する各人の視点」渡辺優

山奥に建てられた富豪の別荘「私雨わたくしあめ邸」に集った11人の男女。土砂崩れにより身動きが取れなくなる中、当主の老人が殺されて……とあらすじを見るといかにもコテコテの道具立てなんだけど、話運びや人物造形・人間関係が描き方は実に現代的で、新鮮な楽しさがありました

語りの随所にユーモアが仕込まれていて思わず笑ってしまうんだけど、探偵役が固定されないからあちこちで推理が散発して、「誰が最終的な真相を解き明かすのか?」という興味で引っ張ってくれるし、各人の抱えた秘密が意味ありげに匂わされるので物語のテンションは緩まず進む。
とにかくめちゃくちゃ読みやすい。

複数の人物の視点が切り替わる叙述形式がうまくトリックに使われているし、その上で「視点」に別の意味をもたせて締めるラストも印象的でよかった。

なんだろうな、昭吉老人や二ノ宮くんの描かれ方を見るに「テンプレと現実のズレ」が本作の裏テーマなのかなと思うんですよね。
「クローズドサークル」「嵐の山荘」「いわくつきの館の連続殺人」みたいなミステリ的なテンプレ・コードを、ミステリ者・非ミステリ者それぞれの視点から多角的に描いて、愛情込めて皮肉るようなスタンスが感じられるというか。その点も面白かった。秀作だと思います。

📕☆☆☆☆☆「ちぎれた鎖と光の切れ端」荒木あかね

「此の世の果ての殺人」「同行のSHE」と、既作どちらも面白かったので新作も期待していたのですが、かなり面白かったです!

「そして誰もいなくなった」ばりの孤島連続殺人×「ABC殺人事件」ばりの法則殺人の二部構成ってだけでもワクワクしちゃうのですが、好悪・愛憎・善悪etc…を安易に分けない誠実な人物描写「憎しみの連鎖を断ち切る」というテーマが、本格ミステリ的要素とがっちり結びついて読ませます。

「なぜ第一発見者が次々殺されるのか?」という一風変わった謎が第一部・第二部の事件両方で展開されるのですが、どちらも解答は実にユニーク。
第一部では探偵役が解答に至るまでの思考や感情の動きが、作品のテーマと不可分なものになっていて痺れたし、第二部では第一部で伏せられていた謎や背景事情と密接に絡んだ動機がとても印象的でした。

第二部のキャラがみんな魅力的なんだけど、主人公・真莉愛がとくにイイ。探偵役の新田刑事とのお互いを尊重し合う息のあったコンビもいいし、同居する”兄”との傷ついた者同士の危なっかしくも優しい関係もかなり好きだ……。

🎧☆☆★★★「合理的にあり得ない 上水流涼子の解明」柚月裕子

訳あって資格を剥奪された元弁護士の上水流かみずる涼子と、東大出でIQ140の天才・貴山伸彦が共同で営む調査会社「上水流エージェンシー」。
法律で救えない弱者を、非合法スレスレの手段で助け出すふたりの活躍を描いた連作短編集です。天海祐希主演でドラマ化もされてましたね。

扱われる事件の真相や解決の手段は正直目新しいものはないんだけれど、上水流&貴山バディのやり取りは軽妙で楽しいし、どの話もライトな勧善懲悪話として纏まっていてストレスなく聴けました。ヤクザの賭将棋を扱った「戦略的にありえない」が一番手が込んでて好きかな。

一見助手っぽい貴山が人脈も頭脳も能力も演技力もカンストしてる上にお茶を入れるのも抜群にうまいスーパーマンで、コンビの力関係は「謎解きはディナーのあとで」に近い感じだなあ。
というか解明してるのだいたい貴山なのにこのサブタイトルはどうなんだ。

📕☆☆☆☆★「明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記」平山亜佐子

「化け込み」とは、記者が身分を偽って集団に潜入する取材形式のこと。
明治・大正・昭和の報道界では女性による「化け込み」記事が続出し、ちょっとしたムーブメントが発生していたのだそう。
立役者たる3人の「婦人記者」の功績を主軸に、ムーブメントが発生した背景や、実際の記事の内容やどのように受容されていったのかなどを解説した一冊。

Twitter(意地でもXとは呼んでやらん)で表紙を見かけて、ゆるくてかわいいイラストだなあと印象に残っていたんですよね。ちなみに各種カットは当時の新聞挿絵から引用したものとのこと。絵師も装丁家もいい仕事してる!

自ら化け込み企画を発案し、上司に持ち込んで大当たりさせた創始者下山京子の破天荒さは痛快だけど、彼女らが名誉毀損スレスレの危険な取材に身を投じざるを得なかった、当時の婦人記者たちの立場・背景には胸が痛む
悲しいことに現代にも通じる話。

巻末の「職業図鑑」は実際の化け込み記事が多く引用されているのですが、軽妙で観察的な書きぶりは今読んでも面白い。娯楽として愛されていた理由も、婦人記者に限らないあらゆる職業婦人の苦労も伺えてよかった。
「電話消毒婦」なんて職業初めて知ったよ!


9月の気になる新刊

📕書籍

9/11中世ヨーロッパの色彩世界徳井淑子
9/20デザートラットの殺人M・W・クレイヴン
9/21午後のチャイムが鳴るまでは阿津川辰海
9/26「江戸POP道中文字栗毛」児玉雨子
9/29「古本屋探偵登場」紀田順一郎

とりあえず、買おうと思っているのはこの5冊。

京極夏彦の百鬼夜行シリーズ最新作「鵼の碑」を始め、伊坂幸太郎「777」今村昌弘「でぃすぺる」、東野圭吾「あなたが誰かを殺した」、ホロヴィッツ「ナイフをひねれば」等々、今月もミステリ新刊が激アツですが、とりあえずこの辺は評判待ちの様子見です。
なんなら「デザートラット」もaudible待とうか迷ってる。藤井剛さんのワシントン・ポー大好きなので!

百鬼夜行シリーズは大好きで、「邪魅」が出たJKの時分には発売日に授業サボって買いに行ったぐらいなんですけど、今回予習のために「百鬼夜行 陽」を読み返そうとしたら、めちゃめちゃ目が滑って序盤の会話で脱落しちゃって……学生の頃はその衒学的な議論を楽しんで読んでいたはずなのに! 己の読書体力の低下に涙を禁じえねえ。
なので「鵼」買っても読みきれないんじゃないかと不安でね……でも最推し(いさま屋)が出るなら頑張れるかもしれない……出てくれ……。

🎧audible

9/1煉獄の獅子たち深町秋生
9/1バチカン奇跡調査官 黒の学院藤木稟
9/1古生物出現!空想トラベルガイド土屋 健
9/15イクサガミ 地今村翔吾
9/22天国の修羅たち 深町秋生
9/22殺しへのラインアンソニー・ホロヴィッツ
9/28焔と雪 京都探偵物語伊吹亜門
9月中「ハロウィーン・パーティ〔新訳版〕」アガサ・クリスティー

9月はaudibleもアツいです。
ヘルドッグスシリーズが一気に来るとは! 「殺しへのライン」もたびたびの延期を経てようやくの配信ですね。これまでホーソーンものは紙で楽しんできたので、岩田光央さんの朗読だとどうなるか大変楽しみ。
11月に予定されていたはずの「イクサガミ 地」の前倒しにも小躍りしました。続き気になってたんですよ!

また、早々の「焔と雪」ラインナップ入りには驚き。まだ発売して1ヶ月なんだが! 感情の乗った朗読だとさらに破壊力が増しそうで、既読だけどぜひ聴きたいなと思っています。
早川書房公式noteによると「ハロウィーン・パーティ【新訳版】」も9月中に配信されるようで。映画の予習に読もうと思っていたから嬉しい! 旧訳版は訳もナレーションも評判がよくなくてな……。

ハヤカワ新書も続々配信が始まっているし、早川書房はaudibleに積極的ですね。毎月古典・新作問わず魅力的な作品を配信してくれて本当にありがたいです。
こちらのインタビュー記事では、聴く読書をかなり前向きに捉えているのがわかって嬉しくなりました。これからも応援してるよ~!


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