見出し画像

共通課題の「予算」構造 ~撮影助手いない問題を紐解く その5

こんにちは!シネマトワ管理人です。

このnote「シネマトワ」では、人材サービスや企業人事に従事してきた管理人目線で、また一人の映画・ドラマファンとして、撮影現場がさらに魅力的な職場になっていくことを期待しつつ、撮影現場や映像エンタメ業界で起こっていることをレポートしています。

これまで「撮影助手がいない」問題に端を発した映像エンタメ制作現場における人的課題を中心に見てきました。

関連投稿

ここまで書くと、ネガティブプロモーションみたいですが、そうではないことをお伝えしておきたい。やりがいがない仕事かというと、もちろんそうではありません。

・現場の「何かを作っている」雰囲気が好き
・うまく仕事が進み、現場スタッフに感謝された
・作品が完成した達成感
・作品が上映・放送・配信されて評価された

・・・など、映像作品に関わる方々にヒアリングした中でもみなさんが感じる「仕事の喜び」はもちろんあります
が、その喜びがあったとしても、継続できなくなる問題があったり、クリエイティブを発揮できない環境になっていたりするとしたら機会損失ですし、業界を成長させる次世代人材という「宝」をどう取りこぼさずに生かしていけるかという課題の解決をどうしていくかの糸口を探りたい。それを目的として書き進めてきました。

ここまでの現状それぞれに共通しているのが「予算」の問題です。今回はそれを見ていきます。

予算は「興行収入予測」から設定される

これは映画の例ですが、興行収入(=映画のチケット売上)を「予測して」制作費を割り出していきます。
製作費が決まって、そこから制作費が割り振られます。

映画産業の動向とカラクリがよ~くわかる本[第4版]より

そもそも、製作費からの制作費への割り振り方の問題(興行収入予測によらず一定度決まっている)は大きいと思います。最近海外投資家から注目され資本が潤沢に得られそうな日本のアニメコンテンツでも最終的に制作費にまわされる予算が小さいなど、似たような構造を持っています。

ちなみに映画1本あたりの製作費は、ハリウッドの過去トップテンの大作の平均が約358億円。日本は「ファイナルファンタジー」の167億円がトップ。ただ、100億円規模は他になく、それを除くとトップ10の平均は47億円です。
参考:
「エンタメの殿堂」2022年3月15日
製作費が高い映画ランキングTOP20

直近わかりやすい「超大作」と言われる日本映画ですと、最近ではキムタクの「レジェンド&バタフライ」で20億円、「キングダム」(1本目)で20億円。ただ、これはとてもまれなケースで日本の制作本数から換算すると、だいたい3,000~5,000万円の間、というところでしょうか・・・。実際のヒアリングでもそのような感じでしたので、まあ、あっていると思います。
参考:
「レジェンド&バタフライ」。総製作費20億円はいくら稼げば元が取れるのか?<後編>【コラム/細野真宏の試写室日記】
燃えよ!映画論「キングダム 総製作費20億円(映画制作費10億円+広告宣伝費10億円)で興行収入56.9億円は堂々の黒字だぜ~」

日本での制作本数は「多すぎる」

では、日本での映画制作本数はどのくらいでしょうか。
日本の1年間における映画制作本数は、2021年で490本。コロナ前平均では600本を超えています

一般社団法人日本映画製作者連盟 日本映画産業統計
「過去データ一覧」データをグラフ化編集

以下の各国データがそろっている統計は2017年のものなので、それ以降はコロナの影響で減っていますが、世界比較すると異常に多いのです。

総務省統計局「世界の統計2022」をデザイン修正
(UNESCO Institute for Statistics, UIS. Statの2017年データ)

人口14.3億人のインドで約2,000本。日本の人口は1.2億人で、ほぼ同じ600本数のアメリカは人口3.3億人と、マーケットの大きさから考えてもものすごく不釣り合いです。こちら、これは映画本数の例ですが、ドラマ制作も同じような感じで各テレビ局がドラマ枠を増やしている上に、WEB版限定のドラマも配信されるようになり、それだけ制作現場が編成されますから、映画・ドラマなど、制作本数は全体的に増えています。そういう意味では韓国も人口の割に制作本数が多いですが、全世界マーケットに向けて国が映画ドラマコンテンツを支援している現状からすると、多いともいえないかもしれません。
つまり、日本の映画制作は「小さいマーケット」で競合しあった「小さい予算」の作品が出ては終わり、出ては終わりしているという「量産体制」になっています

一方、日本での邦画総興行収入自体はコロナによる自粛時期を除き、ここ20年ではアップダウンを繰り返しつつも増えています(再掲)。

一般社団法人日本映画製作者連盟 日本映画産業統計
「過去データ一覧」データをグラフ化編集

これは「公開本数(≒制作本数)」に比例して増えています(ここ2年はコロナ禍での試行錯誤のあとが見えますが)。いずれにしても、安い制作費でたくさんの映画やドラマを作るわけですから、本数に見合った人材の確保自体も難しくなってきていることが言えます。
ここでお伝えしたかったのは、興行収入予測によって、製作費、制作費が見積られていることです。
「興行収入予測」はどこをターゲットにしているかというと、日本で作られる映画は「日本国内向け」が圧倒的に多い状況です。最近は是枝監督作品はじめ、カンヌ国際映画祭などのエントリーや受賞のトピックスがありますが、ごく一部です。

海外マーケットへ日本の映像コンテンツを売りに行く人材が育ってない

ところで海外マーケットを積極的に開拓する動きはあるのでしょうか?
2022年10月に東京国際映画祭の中のシンポジウム「持続可能な若手映画人の参入に向けての提言」で登壇されていた日本の映像コンテンツにおける課題をブランド戦略の専門家であるブランドプロミス合同会社代表の林芙美子さんによると、世界におけるエンターテインメントコンテンツのマーケット規模では、日本は8%しかなく、残りの92%がほぼほぼ未開拓で取りに行けていないのだそう。「日本に日本のコンテンツを売れる人材が育ってないから海外マーケットを開拓できていないのです。日本で育てていかないと!」とのことでした。
人材が育ってない原因が何なのか、現時点で正確に把握できていませんが、いずれにしてもそもそも海外マーケットを開拓するリソース(量なのか質なのかはわかりませんが)が圧倒的に少ない、というのはわかりました。

そして、現時点で考える「撮影現場を魅力的な職場にするために必要なこと」とは

この場は「撮影現場を魅力的な職場に」をテーマに、業界の人的課題を解決する糸口を探っています。その視点からすると、撮影現場をサステナブルに運営できるようにし、次世代を育てていくには、現在の予算構造・マーケット構造を変える必要がある、というとても大きな課題に向きあう必要がありそうだなあと思っています。

一方、これまで述べてきたことと逆行するように聞こえるかもしれませんが、製作費・制作費の大きさや、海外に売れるかどうかだけで作品の質が決まるわけではないとも思います。低予算であろうが、お金をどこにかけるのか、どこがリーダーシップをとるのかにより、クリエイティビティの発揮も変わってくるとも思います。
「カメラを止めるな!」は低予算映画(製作費300万円)で31億円の興行収入を獲得しています。撮影監督の曽根剛さんの書籍「低予算の超・映画制作術」は笑えないけど笑える、でも情熱を感じるエピソード満載で一気に読了しました。
作品がクリエイティビティを発揮し、高く評価されるには、これまでまとめてきたような、撮影現場のスタッフの働き方に関する課題一つ一つへのフォーカスだけでは足りないと一層思うのでした。

引き続き調査や検討をしていきたいと思います。