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夜を照らすホームビデオ

真っ暗な公園に着くと、すでに場所取りを済ませた人々が芝の上で寝転んだり、ピクニックシートを広げている様子が見えた。目前には小さなスクリーンが立ててあり、しばらくすると、ぼんやりとした森林の映像が闇に浮かび上がる。映像の中では、小さな兄妹と両親、祖父母が楽しそうに歩いている。音声はない。時折、スクリーンの後ろを通り過ぎる電車のガタンガタンという音だけが鳴り響く。電車の明かりに照らされて公園内の木々が影を作り出すと、映像と現実の境目がなくなってしまい、私は思わず確かめるように周囲を見回した。

一般家庭で撮影されたホームビデオの保存と修正に努める「Home Movie History Project」では、1930年代から70年代にかけて撮影されたフィルムを対象にして上映会を行っている。家庭内で楽しむだけの存在だったホームビデオも、いつしか移りゆく街の情景や人々の暮らしをそのまま伝える歴史の生き証人として重宝されるようになった。投影機やスクリーンといった機材がなく押し入れにしまわれていただろうフィルムに再び機会を与え、日常の映像にも新しい価値を見出そうとするプロジェクトだ。

『南アフリカ共和国のケープ・タウンからカナダのスカボロー市へ』。今回、小規模作品を扱う映画祭「the8fest」のオープニングとして上映されたのは、トロント在住のアーティスト、ルイーズ・リリーフェルト(Louise Liliefeldt)と家族が所有するフィルム。一家がスカボロー市に移住した1973年から数年の間に撮影されたものだ。緑に包まれた森林や岩場から、真っ白な積雪の丘へと、ホームビデオは脈絡もなく家族の光景を映していく。意外なことに、アフリカから移住したばかりの家族がカナダでまず撮影したものはライオンだった。アフリカン・サファリを訪れた際に見たのだという。その話を聞いて、そういえば私が初めて座頭市の映画に触れたのは、カナダで最初の夏に訪れたトロントの映画館だったなと思い出した。

ぶつ切りになった映像が変わり、今度はおめかしをした少女の元にケーキが運ばれてくる。ケーキの上にロウソクが七つ並んでいるのを見て、いつのまにか私たち観客は過ぎ去ったはずの誕生日を祝っていた。少女がロウソクの火を吹き消すと、辺りもまた闇に包まれる。細い煙が夜の公園に流れ出していく。胸に秘めた願いを叶えるのは少女自身と家族の役割だ。しかし、祝いの場に立ち会ったかぎり、このまま無関心でいられるだろうか。

帰りの電車内では、ソマリアからやってきたという男性たちが偶然出会うところに出くわした。母国語と英語を交え、互いの仕事や環境について話し込んでいる。トロントに住んでから毎日のように見る光景だ。一人の若者が「僕は三ヶ月前に着いたばかりで、まだ職無しだ」と答えると、職務を終えて皺だらけになった制服を着た男性が「きっともうすぐ見つかる」と発破をかけた。どちらからともなく体を乗り出し、二つの拳を合わせる。彼らは一人ずつ自分の駅で降りていき、後には静けさが訪れた。世界の片隅から片隅へ。あらゆる人々の願いを乗せて往来する電車の音だけが、絶えることなく響き続けている。