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【映画】空気人形(2009)

短編コミックをもとに是枝裕和が監督したファンタジーです。

【ストーリー】
冴えないファミレス店員、秀雄のラブドールである「空気人形」のぞみは、ある日心を持ち動き出す。
外に飛び出し、やがてレンタルビデオ店に辿り着いたのぞみは、店員の純一を一目見て恋に落ち・・。

心を持ってしまった“空気人形”の感情の移ろいを、現代人の孤独と空虚感を織り交ぜ描く作品です。

序盤、秀雄のアパートから飛び出した空気人形ののぞみが、まず出くわすのが、ゴミ収集車作業員によるゴミの回収。
燃えるゴミ、燃えないゴミ・・。なんでもない朝のシーンですが、観終わればこれが終盤への伏線だったと気づきます。

丁寧な作り込みに感心し、ならば意味合いに気づかないままのアイテムはなかったかと思い返し・・
気になったのは次の2つのアイテムでした。

#1父子家庭の娘、萌ちゃんの好きな『リトル・マーメイド』。
#2ベンチのおじいさんが聞かせてくれるかげろうの話。

『リトル・マーメイド』は『人魚姫』をモチーフにしたディズニーアニメですが、これがしっかり空気人形の世界に一致することに気づきます。
『人魚姫』が残酷なのは、王子との恋がかなわなければ、海の泡となって死ななければならないところ。
王子に愛されたと思った矢先に、王子が人間の王女と結婚するというおとぎ話らしからぬ悲恋なわけですが、人魚姫を助けたい姉妹たちが、姫に短剣を渡し、寝ている王子を刺しなさいというくだりも少し被るものがあります。

恋に破れたのぞみが水の底に泡とともに沈む幻想的なシーンも、泡と消えゆく人魚姫をほうふつとさせますよね。
そして、人魚姫は最後には風の精に生まれ変わり、困った人々に爽やかな風を送る役割を得るのですよ。
『空気人形』では可視化され、たんぽぽの綿毛になっていましたが、こうして観ると空を舞い、空虚な日々を送る孤独な人々に変化をもたらすというシークエンスは決して唐突ではなかったと気づくことができます。
勿論まるで同じ話になっているのではありません。
一番違うのは、純一が死にとりつかれた青年だったということでしょう。

空気が抜け、死と生のはざまにある空気人形にある種のエクスタシーを感じてしまったのは、おそらくは恋人を亡くし、自分も死にたいと思っているうちに、死、そのものに魅せられてしまったからなのかもしれません。
グロテスクにして歪なところも、この作品を大人のファンタジーたらしめる所以です。

もうひとつ印象に残ったのがかげろうのエピソード。

かげろうの成虫は消化器官さえ持たず、空っぽな身体に卵だけを宿し子孫を残すという役割を果たし死んでいくのですって。
純一の息を吹き込まれたのぞみも、命を終える運命にあったのだと思う。
手が冷たいのぞみでも熱のある老人の額に気持ちよさを与えることができたように、空っぽな空気人形の自分でも誰かの役に立つことができる。
純一が静かに受け入れたものを悲劇と呼ぶかは、私にはわからないけれど、のぞみは純一の役に立ちたかったんだなぁ。

グロテスクで切ないけれど、優しくて美しい。
ペ・ドゥナの完璧なまでの裸体と醸し出す儚さが、本作を唯一無二の映画にしています。