漫画原作の映画化で許せないラインはあるのは当然…だけど

邦画もハリウッドも脚本不足なのは20年以上前から続いているもので、20年前にも「脚本不足」と言われていた。
80年代の映画は荒唐無稽な物が多く、余計なツッコミを入れるのが野暮…と言わんばかりの展開でエンターテインメントに振り切ったものが多かったが、いつしかリアリティを追求する傾向がでてきた。

見る側も「現実的にはありえないだろ」というツッコミを「愛」で行う場合もあれば「酷評のポイント」として発信する人もいるが、SNSの発達とともに後者が増えているのも事実。これは以前のNOTEでも書いたこと。



近年は漫画原作(小説原作含む)の映画が多い。ハリウッドでも脚本不足もあって、日本の漫画原作映画が増えている。成功した事例もあればまったくもっと別物になりすぎて目も当てられない作品もある。邦画も同様で圧倒的にその「漫画原作、小説原作映画」の存在感が強くなっている。

そういった作品が上映される際に言われるのが
「原作との違い」
であったりするがそのポイントで酷評になることも少なくない

原作への思いの強さや好きなポイントは人それぞれではあるが、原作との違いの度合い次第で心理的に「不満」を持つのは当然だと言える。


例えば、今話題作で例にしてみると


もうすぐ公開される「聖闘士星矢 The Beginning(以下・聖闘士星矢)」だが、話題になっているのは聖衣(クロス)のデザイン。


聖闘士星矢 The Beginning 公式サイトトップページ

原作デザインからアニメーション化された際にも原作ファンから大ブーイングが起きたのは「聖衣のヘッド部分」だった。原作ではカチューシャのごとくキャラクターの頭部(顔)を邪魔しないデザインだったのに対して、アニメ版は各星座の動物の頭部分を大胆に取り入れたデザインに変更された。

これはアニメ化に際して玩具販売に向けてリファインが求められたものであることと、身を守る聖衣がもっと鎧っぽくなければ防御するものとして意味を成さないのではないか?というツッコミを避けるという、端的に言うと大人の事情だった。
原作ファンからは大ブーイングが起きたもののアニメは大ヒット。その後「黄金十二宮編」が終わりオリジナル展開のアスガルド編に入る際には原作準拠の聖衣に変更されたが、ブーイングが原因だったとは言い切れないが要因のひとつになったのは間違いないだろう。

というように、聖闘士星矢において聖衣のデザインは重要なファクターとも言えるが、今回のハリウッド版の聖闘士星矢ではまさに西洋鎧をモチーフにしたものになっているのはもちろんヘッド部分が完全にフルフェイス状態!
これに反応した人も少なくない。

そういった「原作において好きなポイントが改変」のポイント次第で原作ファンからすれば「この映画大丈夫なのか!?」と心配するのは当然だろう。

自分の場合、実際の映画を観るまでは批判は避けるし観てから判断したいと思う…。しかし個人的には「小宇宙(コスモ)があるからこその、あの(ヘルメットじゃない)原作デザインの良さがある」とは思っている。



実際に映画を観ると「満足できた作品」


るろうに剣心・最終章 公式HPより


例えば「るろうに剣心・シリーズ」佐藤健の頑張りもあって大ヒット映画になった。原作では少年漫画らしい「必殺技」によって盛り上げるシーンが多々あったが映画版では明確に技名は実質出ていない。

るろうに剣心での「牙突」「天翔龍閃」「九頭龍閃」といった漫画的演出はすべて封印したが映画は大ヒットした。

「亜人」も個人的にはよく改変できた映画と思っている。主人公を研修医に変更したことで大人の行動や心理的な動きなどはマッチ。原作では40代後半~50代と思われる最大の敵「佐藤」を綾野剛が演じたことでアクションシーンにはかっこよさがマッチしたと思っている。

もちろん例の2作が不満だった人もいるだろう。

一方で漫画原作ながら大不評となったのが
脚本は2時間映画にまとめたにしては悪くないのに出演者の演技力不足が露呈しすぎたことで「邦画最大の愚作」といわれることもある「デビルマン」や原作のテイストが全くもって失われた「ハリウッド版ドラゴンボール」など不評となった映画作品をリスト化すれば膨大な数になりかねない。

しかし自分は漫画原作映画であっても不満を持つことは少ない。上記の大不評2作品でも、片方の1本は「全否定する」ものではなかった。


映画撮影のイメージ


個人的には原作ありきの作品の映画化に対して思うのは
・原作リスペクトさえ感じられれば、どう改変されても気にしない
というのがある。

これはMCUシリーズを観ている人ならばある程度理解していただけると思うのだが、MCUやDCは原作となった漫画を「そのまま」映画化したものはほぼ無い。テイストや雰囲気はきちんと組み込んだ上で時代に合わせた変更などが行われている。

正確に言うとMCUもDCもリブートを多々されているのとパラレルワールド(近年はマルチバースでまとめられている)という概念があるから。(正確にいうともっとさまざまな理由が入り組んでいるが割愛)

・主人公キャラクターやヴィランの存在。
・ヴィランとの最終決戦に向かう流れ
・コミックスの複数の時期を組み合わせる
などにより映画ならではのマーベル、DCワールドを構築している。

これらの経験から、日本の漫画(小説)原作映画でも
・原作と違う部分があるのは当然で、
 変化する部分はマルチバースと考えれば怒りも沸かない
という解釈をしているから。

原作を大切にしたいというファン心理は最もだが、
見る前から全否定するのは如何なものか?というのが正直なところ。
もちろん鑑賞後にも
「◯◯の映画化は大失敗。こんなのは◯◯じゃない」
という感想を持つのも自由。

漫画原作の場合、漫画ならではの演出やキャラクター。衣装や小道具などをどうやって実写にするのか?が重要だが、邦画の場合は予算の関係もあって十分に原作ファンを満足させられるのは珍しい事案だと思う。ハリウッド版の場合は日本漫画ならではの雰囲気や文化の違いから本質部分の理解度不足や解釈の違いがある場合があるだろう。

でもやっぱり許せないラインはあるので、不満や不評がでるのは当然だとも思っていますがどうでしょうか?個人個人の感想や意見。思いの強さと同じだとは思います。

ただ原作の漫画を実写映像化するための努力やリスペクトが観られるのであれば、そういった努力もした部分も汲み上げてほしい…と映画制作現場を何度か観たことがある経験ある立場からの気持ちの一つでもあります。

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