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映画に出てくる料理と音楽が、映画に魔法を与える

『マーサの幸せレシピ』(2001年ドイツ)

は、料理に舌鼓をする映画であり、音楽に酔いしれる映画だ。強い印象を与えずとも、長く淡々と愛される理由は、ここにある。
料理シーン、食事シーンがこれでもか、と出てくる。美味しいもの好きの女子、料理人の男子にはたまらない映画だ。サーモンのバジリコソース、トマトとバジリコのスパゲッティ、ティラミス…と登場する料理はどれも舌鼓をしてしまう。
料理シーンを移動ショットで撮影しているのは、料理が一番美しく、そして魅力的見える撮影方法である。このショットで完璧主義のマーサの料理を観客に見せつけておく。美人だが、表情が硬く、自分の世界と外界(他人)との壁が厚い。マーサの人柄が瞬時にわかってしまうオープニングだ。
そこへ、マリオの陽気なイタリアンな空気が入ってくる。厨房にラジカセ…それだけでマリオの人柄を表すには充分だ。そして、マリオの温かい料理が登場すると共に(リナが初めて食べたパスタや、マーサの自宅で作った家庭的なイタリアンなんかも)、マーサの完璧主義の料理から、一気に映画の空気感が変わるのだ。料理に注目するのはもちろんのこと、『マーサの幸せレシピ』の魅力にはマリオのラジカセから流れる音楽にもある。

静かなオープニングのナレーションから、料理シーンに合わせて流れる、キース・ジャレットの「Country」。清潔に保たれたマーサの厨房に、小気味良くリズムを刻むナイフの音。キース・ジャレットのピアノに重なりあうマーサの厨房の音が、スクリーンに登場する目の前の食材に、観客を釘付けにしてしまう。その他にも、マーサの清潔な性格を描くのは、アルヴォ・ベルトのしっとりとしたクラシカルなミュージックにもある。キース・ジャレット、アルヴォ・ペスト…マーサの性格が観客に理解されるのは、この二人の音楽があってこそ。
対して、マリオの音楽は陽気で、人懐こい、思わず口ずさんでしまうような音楽。「It's wonderful, it's wonderful,…」と流れるパオロ・コンテの「Viaconme(ヴィア・コン・メ)」は、マリオの登場と共に、映画を軽快にしていく。この曲は、ラグの上でマーサ、マリオ、リナの3人がマリオの作ったイタリアンを囲むシーンにも使われている。3人の距離が縮み、マーサの世界がマリオと、リナの重なり合う瞬間。
最高のパートナーに出会い、母親を無くした姪を引き取り、幸せな日々を送る…この映画を見たあとの満足感は、単なるこの結末によるものではない。
こうした音楽や料理たちが、映画を、また、映画に登場する人物たちを、より魅力的に、観客の心を優しくするのだ。
まるで魔法みたいに。

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