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【2022 映画感想 010】『ニーチェの馬』父と娘の6日間

2011年製作/154分/ハンガリー・フランス・スイス・ドイツ合作
原題:A Torinoi lo
配給:ビターズ・エンド
監督:タル・ベーラ 
脚本:タル・ベーラ、クラスナホルカイ・ラースロー
撮影:フレッド・ケレメン
音楽:ビーグ・ミハーイ
出演:エリカ・ボーク、ヤーノシュ・デルジ

陰鬱な音楽のリフレイン、モノクロの映像、激しい風の吹きすさぶ荒涼とした景色、父と娘と動くことを拒否する馬の、世界と隔絶されたかに見える生活… 中世のようでもあり近未来のようでもある。

饒舌で狭苦しく息の詰まるデビュー作『ファミリー・ネスト』とは正反対の、寡黙でゆったりとした、でもやっぱり息の詰まる本作。154分が30カットで構成されているそうだ。

生きるということは限られた動作の繰り返しに過ぎないことを見せつけられる。でもそれを見ていても、不思議とまったく飽きない。
人の一生は飽くことなき何事かの繰り返しなのだ、と思うこともできるし、あるいは、倦みきってもなお繰り返さざるを得ない何事かなのだ、と暗澹たる気持ちになったりもする。

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風はなぜあれほど吹くのだろうか。
吹き続ける風には耐え続けるしかないのだろうか。
何もわからないが、とにかく風は激しく吹き続ける。そして父娘は続けられる限り日常を続ける。

変わらぬように見える日々に少しづつ起こる変化が、父と娘の日常を揺さぶる。

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全編すごいが、井戸が枯れてからが凄まじい。
おそらくは風のせいで井戸が枯れ、もうこの家では暮らせなくなるため、父娘は荷造りをし、動かない馬を動かして出発する。ここから続くショットがすごい。
ひどい風の吹くなか、遠くの丘の向こうにようやく消えて行った彼らが、少し経ってどういうわけかまた戻ってくる。それを私たち観客は、長い一続きの動きとして、彼らの家の中から窓を通して観ることになるのだ。

観てから1ヶ月近く経つが、全然感想をまとめられない。

タル・ベーラ監督といえば「驚異的な長回し」が枕詞になっている。私は長回しが好きだが、それは、そこには時間が映っているからだ。

時間とは何かというのは非常に難しい問題で、私には正しい定義などできないが、映画に映る時間とは、「人が生きていることそのもの」ではないかと思っている。もしもタル・ベーラ監督の映画が退屈なのだとしたら、人が生きていることそのものが退屈なのだ。

『ファミリー・ネスト』『アウトサイダー』『ダムネーション/天罰』の特集上映のパンフレットに、監督へのインタビュー記事が載っている。その記事の最後で監督は、自分は物語に興味はない、映画はストーリーではない、と言い、(『ダムネーション/天罰』のように)ハリウッドのプロが20分で伝えられるストーリーになぜそんなに(121分)時間をかけたのか、それはストーリーを見せたかったからではない、この男の人生を見せたかったのです、と結んでいる。本作『ニーチェの馬』は、その哲学の集大成なのだろう。

本作が最後の作品であると監督自身が公言している。

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