見出し画像

【2022 映画感想 007】『エル プラネタ』 海辺の街の虚無

2021年製作/82分/G/アメリカ・スペイン合作
原題:El Planeta
配給:シンカ
監督・製作・脚本・衣装:アマリア・ウルマン
音楽:chicken
出演:アマリア・ウルマン、アレ・ウルマン、チェン・ジョウ
公式サイト:https://synca.jp/elplaneta/

フライヤーやポスター、トレーラーでわかる通り、ビジュアルがとてもオシャレです。
あんまりオシャレっぽい作品は、自分向けじゃないかもなーなどと思って見送ってしまうことがあります。でも本作はなんかちょっとそうではないような気がしたのと、最近スペイン語を聞いていないし、スペインの景色も見たかったので、観に行きました。

確かにオシャレではありますが、“オシャレ映画”じゃない。
なので、オシャレだからというだけの理由で敬遠しない方がいいかも。

監督曰く低予算がゆえの白黒も、むしろ作風(なのか内容なのか両方なのか)にピッタリで、目を逸らしたいような日常が夢のように漂う感じ。

パパ活などというと軽く聞こえるけれど、要は一回いくら、の交渉で物語は始まる。中年男から提示される内容と金額に驚愕しつつも平静を装うレオ(アマリア・ウルマン)。交渉は決裂し、時間とコーヒー代が無駄になる。

画像1

スタイリストとして、せっかくクリスティーナ・アギレラのスタイリングの仕事のオファーがあっても、ニューヨークまでの旅費は地腹ということで理由をつけて断らざるを得ない。しかしクリスティーナ・アギレラというのもなんだか微妙だし、ニューヨークまで地腹というのもどうなんだろう。旅費が出ないなら地元のスタイリストを探すだろうし、あえて国外のスタイリストを使うなら旅費は出すのでは? なので実はこのオファー自体が業界の社交辞令のようなものなのだろうと思う。このやりとり自体が虚しいのだ。

「SNS映えに生きる母娘のリアルと虚構」が描かれているというように公式サイトでも言っているけれども、その言葉から受ける印象と、実際に観た印象はまるで違う。まず、SNSでどんな風に「映えて」いるのかが、我々観客にはほとんどわからない。レストランに新メニューが出来たからと呼ばれたりするので(そのレストランの名前が「EL PLANETA」だ)、インフルエンサーとして地元で名が通っているのかと思う。しかし代金は払わされるので(お金はないからまだ止められていないカードで)、そこまでではないのだな、とかを推察できる程度だ。

画像4

全編に漂うのは、SNS映えの狂騒的なムードではなくひたすらな虚無感で、それが、ほとんど主張しないような形で写り込む閉まった店々や、いるのは年配者ばかりの通りなどをうっすらと覆う。日本の地方都市にも多く見られる光景だ。

ここで描かれる貧困は、ケン・ローチ監督の『私はダニエル・ブレイク』や『家族を想うとき』などに描かれるそれとは全く違う。レオもその母親(アレ・ウルマン、監督の実母)も、病気で働けなくなったわけではないし、悪条件で朝から晩まで働きづくめなわけでもない。

画像3

しかし、ではこの母娘はただ単に怠惰だからこうなったのか、といえば、単純にそうとも言えない。

レオはロンドンでファッションを学び、仕事をしていた(仕事関係の電話がかかってくるのでそうとれる)。なぜ故郷の母の元へ戻ってきたのかは直接的には語られないが、生活を支えるだけの稼ぎを得ることができなかったからだろう。おそらく背景には欧州の若年層の失業率の高さがある(かもしれない)。

母親はと言えば、老年に差し掛かったところで離婚し、たぶんそれまで働いたことがなかったため(と現在の年齢のため)に、働こうとしてもそのすべがおそらくない(本作ではそれは試みられてさえいないが)。働いたことがない専業主婦が離婚したら、自分の身ひとつ保つことすらできなくなるのだ。専業主婦とは非常にハイリスクな地位なのである。
ちなみに娘のレオにはいま恋人はいない。心のよりどころとなってくれそうなイケメンに出会うけれども早々にハズレとわかってどん底に突き落とされる。男なんて当てにならないものなのだ。これも本作が伝えたいことのうちの一つかもしれない。

二人とも、ケン・ローチ作品の登場人物のように必死になるなら、仕事は見つかるかもしれない。どんな労働でも厭わないのであれば。そういう意味では、二人は好んで貧困にとどまっている、ということになってしまうのだろう。

しかし、プライドを手放すということは思いのほか難しいことなのだと思う。仕事に使うミシンを売っぱらっても、今の体面は保ちたい。そうでなければ辛すぎるから。

エルプラネタ1

トレーラーを観た時にはもっとチャカついたコメディ映画かと思ったけれど、内容もテイストも想像と違った。いい意味で。
予算の問題で登場人物が少ないのかもしれないけれども、それが世界を狭めてぐっとパーソナルなものにしていて、この母娘の生活と社会との隔絶感をよく現していると思う。
余白のある作品なので、私たち観客は色々想像できるし、色々考えることができる。(場合によっては眠ってしまう危険もあるけれども)

泣く場面と海の場面が良かった。ロケ地の街がとても良い。

海辺の街のモノクロ映像を観て、ジャック・ドゥミ監督の『ローラ』が観たくなった。

* * *

アーティストとしてのアマリア・ウルマンのオンライン展覧会はこちら→AMALIA ULMAN: EXCELLENCES & PERFECTIONS
Instagram上に架空の人物を設定して写真を投稿した作品などがある。

この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?