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上海諸事情 中国ドラマ『理性的な人生』

中国ドラマは初めて見るに近く、以前noteに書いた『バーニング・アイス』以来です。

めちゃくちゃ仕事ができる30代半ばの女性が、何かと口うるさい母、足を引っ張る同僚や芽を摘もうとする上司、逆に引き立ててはくれるけど私生活に絡もうとする上司などなどを軽やかにかわしつつ、恋も仕事も成就する、サクセスストーリーといえばサクセスストーリーだけど、全然ギラギラしてない、まさに“理性的な人生”のお話。もしかしたらこれは現代の働く女性のお手本になるかも。

2020年・中国
監督:シュー・フージュン
出演:チン・ラン、ワン・ホーディー、リー・ゾンハン、バオ・ウェンジン、チェン・ペンワンリー、リー・シンリー
(Netflixにて視聴)


(もしかして結構内容に触れてしまっているかもしれませんのでご注意ください)

上海お仕事事情

舞台は上海の自動車メーカー、ゼンプロという大企業で、主人公のシェン・ルオシン(チン・ラン)は、その法務部の主任を務めています。放っておいたら昇進していくしかないような有能な女性なので、それをおもしろく思わない同僚や上司から様々な妨害を受けることになります。

もちろんこれはドラマだし、しかもほぼこれしか見たことないので、それで全般的なことを語ることはできませんが、上海の企業ってこんな感じなのね、というのがわかっておもしろい。

韓国ドラマをいくつか見て来たので、韓国の企業文化については少しづつイメージが出来てきました。その上で、韓国では企業にしろ役所にしろ、“後ろ盾”を持つことが非常に重要だという印象があります。本作を見て、それは上海(中国全般に広げていいのかまだわからないので。中国広いし)においても同様なのだなと思いました。あと、上海も韓国同様かなりの公私混同がありますね。“後ろ盾”というものが、多かれ少なかれ”私”の部分を含んでしまうということもあるのかもしれません。

後ろ盾の重要性というのは多分日本でもそうだろうし、アメリカやフランスだって同じでしょう。組織の中でうまくやっていくには、結局は“上司に気に入られる”が必須条件だったりします。ただ、韓国や上海ではそれが露骨で、誰の目にも明らかであり、誰もそれが見えていないフリなどしません。

法務部の上司リウ部長はルオシンの優秀さを自分の立場への脅威と取り、執拗に妨害してルオシンを総務部へ追い出し、追い出した後も、今度は退職へと追いやろうと画策します。

そんな中、深圳の本社から、新エネルギー車のテコ入れのために送られてきたやり手の上司シュー・ミンジエ(リー・ゾンハン)は、ルオシンの優秀さを認め、後ろ盾になってくれます。それはいいのですが、女性としても魅力的なルオシンに私的なアプローチもしてくるのです。しかもぐいぐいと。

リウ部長のパワハラと、シュー部長のセクハラをルオシンがどう切り抜けるか、というのが一つの見どころです。
職場のハラスメントへの対応は、もちろんハラッサーの性格によって違ってくるとは思いますが、理性的でスマートなルオシンの“企業内の泳ぎ方”が参考になる人もいるのではないでしょうか。

上海結婚事情

30代半ばで独身のルオシンは、同僚のスイ・リーシン(トン・ユエ)と3ヶ月ばかり交際していますが、関係にズレを感じています。それなのにリーシンはぐいぐい押してきて、しまいには、ルオシンがレストランで親友のソン・ズーイェン(バオ・ウェンジン)の誕生日を祝っている席にやってきて、サプライズ・プロポーズをする始末。これが決定打となってルオシンは彼に別れを告げるのですが、母からプロポーズを拒否したことを猛烈に非難されます。リーシンはルオシンの母親にも取り入っていて、しっかり抱き込んでいたのです。

リーシンの軽いストーキング問題と、30過ぎた娘の生活にうるさく干渉してくる母親。忙しい仕事と社内政治問題もあるのに、勘弁してよ、とキレても不思議はないのに、ルオシンはあくまで“理性的”です。

リーシンは若干キモいしやり過ぎたけど、根は悪い人じゃない。母が干渉してくるのは煩わしいけど、それは自分を愛してくれているからこそ。それを踏まえた上で、リーシンにはきっぱりと決別を言い渡し、母は刺激しないようになんとか収めていく… 母とはその後も結婚を巡って何度も蒸し返しがありますが、なんとか都度やりすごして行きます。

日本でも、30過ぎた娘の生活に干渉してくる親って、やっぱりまだいるんでしょうか。もはや結婚自体がリスクとなりうる時代ですが、それでも我が子には結婚して欲しいと思う親が多数派なのかな。

一つ興味深かったのが、ルオシンの母が、シュー部長のことを娘の結婚相手としては良くない、と判断し、ルオシンに忠告するところ。娘の結婚相手について単に「条件がよければいい」としているのではないことがわかります。この挿話で、ルオシンの母の人間性に幅が出て、“適齢期をすぎている娘に結婚を急かすうるさい母”の典型のようなものではなくなり、ドラマの中で単なる“娘の物語の賑やかし要員”でなく、子を持つ一人の母として立ち上がってきたように思います。

ルオシンの親友のズーイェンは結婚していて、専業主婦の悠々自適な生活を送っています。しかし“悠々自適”というのは側から見てそう見えるということであって、実態は、忙しい夫ゾウ・チェン(カンカン)とのすれ違い生活の寂しさと、自分は社会的に役立っていないという劣等感で、結婚生活自体に疑問を持ち始めています。

チェンと大きくぶつかり合ったのをきっかけに仕事を見つけ、ズーイェンは次第に自分を取り戻していきます。きっかけになったぶつかり合いは、出産をめぐる問題が発端でした。

上海出産事情

結婚している女性に立ちはだかるもう一つの問題は、出産です。

ズーイェンとチェンは結婚前に子どもは持たないと約束していました。にもかかわらず、チェンは子どもを持とうと言ってきます。チェンの両親、特に母親は事あるごとに子どもの話を持ち出してきていましたが、ズーイェンはチェンとの結婚前の約束があるので、適当に受け流していました。それなのにチェンが心変わりをしたのです。

人間関係に最も大事なのは信頼であり、結婚も人間関係の一つである以上、重きをおくべきは二人の間の信頼です。チェンの心変わりは二人の信頼関係に大きな亀裂を生み出しました。そして争いの中でチェンが言った言葉をきっかけにズーイェンは自立を志向することになります。

子どもを持つ持たないの問題、結婚前と後での心変わりの問題、これらは結婚というものがある限りなくならないでしょう。ズーイェンとチェンがこの問題をどう収めるか、そこに至るまでにどういう道をたどるか、これはサイドストーリーなので事細かには語られませんが、なかなかに深い話になっていると思います。

上海恋愛事情

シー・シャオ(ワン・ホーディ)は街角でのアクシデントからルオシンに一目惚れします。そして、たまたまなのですが、ルオシンの補佐役としてゼンプロに入社し、仕事の上でルオシンに尽くして信頼を得て行きます。公私混同の上海ですから、私生活の方でもシー・シャオは何くれとなくルオシンの世話を焼くのでした。

ルオシンは、シー・シャオの恋心に気づいていないかのようですが、うーん、本当でしょうかね… あれだけ賢く気のつくルオシンが、気づかないわけないよね、とは思います。ただやはり12歳年下ということがあるから、気づいても打ち消していたのかもしれません。

ことほど左様に、この主人公ルオシンは自分の感情をあらわにしません。
キモいリーシンには静かに別れを告げ、理不尽なリウ部長には悔しい顔一つ見せず、シュー部長からのアプローチは笑顔でお断りし、怒鳴ってくる母には冷静に答える… 感情を出すのは周りの人間ばかりで、ルオシンの本心は語られないし、表情にも(ほぼ)表れない。

代わりに、見ているこちらが腹を立てたり、悔しがったり、居心地悪くなったり、怒鳴り返したくなったりする。このことは本当におもしろいなと思いました。
秘すれば花、的な? 笑
まあ、ちょっと違うかもしれませんが、これがこのドラマの一番のポイントでしょう。

恋の話に戻りますが、あれだけ自分に尽くしてくれて、恩着せがましくも押し付けがましくもない、さわかやかな好青年から好かれて、他にめぼしい男もいないとなれば、好きにならないわけないですよね。唯一問題があるとすれば年の差と、それを問題視する母親の存在です。

これを解決するのが、シー・シャオの母親。家事はできないけど明るくて可愛らしい彼女は、母親というものの本質を体現するような人物です。彼女の働きかけもあって、二人の恋は良い方向へ収まって行きます。

本作にはもう一つ恋愛があります。シー・シャオの友達のスー・ヤン(チャン・ペンワンリー)と、彼らの大学の同窓生でルオシンの部下のヨウ・スージア(リン・シンイー)の関係です。

上海生活事情

ヤンと、スージアは互いに惹かれあっています。スージアの方は積極的ですが、地方出身で現在無職のヤンは、このままでは上海を離れて実家に帰らなければならなくなる恐れがあるため、あと一歩が踏み出せずにいます。

これは日本における東京と地方の関係と同じようなものかと思いますが、中国は日本と比べようもないほど広いので、事情はもっと深刻なのかもしれません。

ルオシンがシュー部長から、深圳の本社への昇進を伴う異動を受けるかどうかを迷いますが、深圳と上海がどれくらい離れているかというと、なんと1,800km。東京と韓国のソウルの距離が1,157km、東京と北京が2,100kmなので、日本の距離感からしたらほとんど外国みたいなものですね。

それがどこなのかはわからないけれども、ヤンの実家の地方と上海とでは、距離だけでなく、生活の違い(経済格差も含め)もかなりあるのだろうと想像します。かつての高度成長期の東京と地方の差よりも大きいのかもしれません。(勉強不足のため、中国は謎です。だって共産主義の国のはずなのにどうして経済格差が生まれるのでしょう)

ヤンはウェブ漫画を描いていて、それで成功したいのだから、どこに住んでも同じかもしれないけれど、上海にはスージアがいる。それだけでなく「この街で困難を乗り越えて成長したい」のだと、地方に帰って公務員試験を受けろという両親に訴えかけます。やはり上海は特別な街なのです。

ちなみにヤンとシャオが暮らすマンションの賃料は、友達から安く借りていて5,000元(約85,000円)とのこと。東京であのくらいの部屋は、場所にもよりますが軽く二倍を超えます。しかし上海でもちょっと調べると、1LDKで最低でも6,000元はして、10,000元から15,000元くらいが相場のようです。

韓国と同様、中国でも新卒の就職は難しいようです。
ヤンはやっとの事でデザイン事務所に就職しますが、モンスタークライアントに言いなりの会社で、働く人々に全く活気がありません。時間も労力も使い尽くしても、客のクレーム一つで処分を食らう始末で、ここで働くことの意味が感じられません。それでも上海にいたいなら、簡単に辞めるわけにはいかないのです。

ヤンにとってスージアがいたことが大きな救いとなります。スージアはヤンの創作のインスピレーションの源でもあり、また、なかなか行動できないヤンを勇気付け、具体的な案を出し、さらにはサポートもしてくれました。(スージアがモデルの猫のキャラクターは可愛いけど、それよりスージア自身がなんとも可愛い)

恋にも仕事にも二の足を踏んでいたヤンの少し古い価値観を軽々と超えて、ヤンを引っ張っていくスージアは魅力的で、この二人は全くお似合いだ、と微笑ましくなりました。

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35話という長さがあるからできることなのかもしれませんが、登場人物一人一人を丁寧に描いた良作です。ハッピーなエンディングも、所詮ドラマだよね、とは思わせないものがありました。


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