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技術者・研究者が持つ力を引き出すためのワークショップデザイン

※本記事は、「研究開発リーダー」2021年9月号に掲載したものをベースとし、一部加筆したものです。

1.はじめに

 ワークショップとは、主体的に参加したメンバーが共働体験を通じて創造と学習を生み出す場[1]であり、研究開発の現場でも、イノベーションを目的としたワークショップに関わる機会が増えている。また、革新的イノベーションの創出に向けた対話ツール [2]などのように、ワークショップ運営に関する知見や手順が整備され、多くの人が実践しやすくなっている。
 しかし、ワークショップの種類は多様であり、企業が目的とする問題解決型以外にも、社会課題解決のための合意形成型や、人材育成のための教育学習型なども存在する[1]。研究開発の現場に適合するワークショップの設計や運営には、研究者・技術者の特徴を鑑みる必要があるが、ワークショップデザイナーやワークショップを進行するファシリテーターはワークショップの種類応じて多様であり、必ずしも研究開発に適したワークショップが実施されているわけではない。そこで本稿では、技術者や研究者がもつ力を引き出すワークショップについて、筆者の取り組みを紹介する。

[1] 堀公俊,加藤彰,ワークショップデザイン,日本経済新聞出版社,(2008)
[2]文部科学省,「イノベーション対話ツールの開発」について,<https://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/sangaku/1347910.htm>

2.ワークショップにおける課題

 研究開発の現場で実施するワークショップは、イノベーション創出などが目的であるため、適切な問いを立てた上で、問題解決型のアプローチが採られる。この場合、問いに対するアイデアを出すことになるが、実施される手法の一つにブレインストーミングがある。ブレインストーミングとは、参加者が自由にアイデアを出すことで、互いのアイデアを触媒としながら発散させて多様なアイデアを得る手法である。ブレインストーミングの実施時には、アイデアを否定しない、便乗する、などのルールが設定されることが多い[2]。
 ブレインストーミングのように、多様な参加者の感性を活かして共働することで、集合知が形成され、知的能力は向上する[3]。一方、ブレインストーミングでは生産性が下がるという報告[4]もある。集合知を活かすためには、ただ集まって話すだけではなく、適切なメンバーや人数を設定し、アイデアを出しやすくするための運営の工夫が必要となる。
 筆者は、研究開発の現場で多数のブレインストーミングに参加してきた。その経験を通じて、技術者・研究者には三点の特徴があることがわかった。一点目は具体化思考である。抽象的な課題に対しては定義付けの上で具体化して詳細を考えるように思考することを好む。このため、課題を抽象化することや、類似事象に展開することが不得手な人が多い。二点目は不完全な解の忌避である。ブレインストーミングは質より量と言われており、不完全なアイデアだとしても量を出すことが良いとされている。しかし、技術者・研究者は自分が納得していないアイデアを出すこと躊躇する傾向があり、中途半端なアイデアは出したがらない。その結果としてアウトプットの速度が遅くなる。三点目は自分のアイデアへのこだわりである。具体的に時間をかけて考えたアイデアを出すため、自分の出したアイデアを大切にし、他のアイデアとの客観的な比較がされにくくなる。
 技術者・研究者が通常の業務で求められるのは、明確に与えられた課題を詳細に検討した上での技術開発である。時間をかけて考えるのは通常業務の癖であり、短時間で変えることは困難である。一方、課題の詳細検討におけるシステマチックな思考は技術者・研究者の持つ優れた能力である。技術者・研究者の力を活かすためには、これらの特徴を踏まえてワークショップの内容を検討する必要がある。

[3]A. W. Woolly, et.al, Evidence for a collective intelligence factor in the performance of human groups, Science 330(6004) , pp.686-688, 2010
[4]Brian Mullen, Craig Johnson, Eduardo Salas, Productivity Loss in Brainstorming Groups: A Meta-Analytic Integration, Basic and Applied Social Psychology 12(1) , pp.3-23, 1991

3.技術者・研究者がワークショップを実施する価値

 多様な参加者の共働で形成される集合知は、参加者の社会的感受性と相関する[1]。つまり、集合知を活かして新しいアイデアを創生するためには、参加者が日常的に感知している多様な変化の兆しが重要と考えられる。
 創生したアイデアが生み出す価値と、技術的・社会的な変化の兆しとの関係を図1に示す。横軸を社会軸、縦軸を技術軸とし、深さを価値軸とする。通常の企業活動は、すでに価値がある程度あると分かっている領域を広げるまたは深める活動(Improvement)、技術開発とは、技術軸の可用範囲を広げる活動(Invention)とみなせる。これに対し、ワークショップでのアイデア創生とは、この空間内でまだ社会が気づいていない価値領域を探索する活動である。これは、多峰性のある解空間での最適解探索問題と捉える事ができる。このような解空間では、単純な一方向探索では局所解に陥る。そのため、多数の初期値をばら撒いた上で解を探索をする必要がある。この初期値をばらまく行為が、ワークショップのアイデア創生であり、初期値からの探索がプロトタイピングなどのアイデア検証プロセスである。
 初期値をばら撒くときに、技術軸では、どの範囲までが有効かを考えないと、可用範囲の外にある領域にまで広がってしまい、アイデアが夢物語で終わってしまう。既存もしくは少し近い未来での技術の可用範囲内に初期値を設定できればアイデアの実現性を高める事ができる。技術の可用範囲を適切に考慮できること、これこそが、技術者・研究者がワークショップを実施する価値と考える。

図1 アイデアが生み出す価値と技術的・社会的多様性との関係

4.技術者・研究者の力を活かすワークショップ

 価値のあるアイデア創生には、技術者・研究者の感性を活かす事が有効である。そこで、前述の三点の特徴を踏まえたワークショップのアクティビティと全体デザインについて以下に示す。
(※以下の内容は、雑誌への掲載内容とほぼ同一です。)

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