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ラヴ・レターズを読んだ話

毎年PARCO劇場で上演されている朗読劇『ラヴ・レターズ』の本を入手した。30年くらいずっと欲しいと思い続けてようやくである。嬉しい。私がグリンダなら♫これほどの幸せは他にはないわぁー!と声高らかに歌うところだ。

私のようにずっと欲しいと思い続けてきた方がいたら、今なら公式サイトから本が買えるので是非ご購入いただきたい。
とか言いながら私が購入したのは1991年上演版の古本である。どうせ手元に置くなら見たいと憧れていた頃に発売された本が欲しかったのだ。いつでも憧れが最初の道標だって星宮いちごも歌っている。急にアイカツの話をするんじゃないよ。

そんな思い入れのある本なので、ゆっくり時間をとって読もうと思っていたが気がつけば袋から出した途端に一気にガッと読んでしまった。

登場人物二人の手紙のやり取りがそのまま本になっている形式ではあるが、便箋に綴られているというよりは葉書の短いやり取りが多いのでカードを繰って読んでいるような雰囲気である。
左綴じ横組みで文字数は多くない。朗読劇の台本なだけあって声に出して読みたくなるリズムとテンポがある。途中、白紙のページが挟まりPART2が始まるので幕間があるのが分かる。本の仕組みすら面白い。

朗読劇としての『ラヴ・レターズ』はアンディーとメリッサという二人の登場人物が椅子に座って動きもなく手紙を読む形で進んでいく。毎回演者が変わる。たった一度のキャスティングで、リハーサルも本番の日に一度するだけであとはぶっつけ本番だと聞いた。
本を読んでみればなるほど、その方が面白いし、あまり作り込むと逆に白々しくなるだろうなと思った。
50年に及ぶ手紙のやり取りを朗読劇にするのだから事前に読んで掴んでおくのは自分の役だけ、何歳頃か、その時の自分の役に何が起きているのかバックグランドを組み立てておくくらいがいいのかなぁと思う。手紙の向こうのことは、相手が手紙をくれた時に伝えてきたこと以外の情報はないのだ。顔だって見えない。だから最後まで視線も合わさない。

アンディーとメリッサの特性の違いがいい。
アンディーは手紙のやり取りがしたい。思ったことを整理して、相手に伝えたい言葉をなるべく余さず伝えたい。言葉に相手を見出している。
メリッサは手紙より電話がいい。声でその時の素直な感情を余さずやり取りしたい。トーンに相手を見出している。

手紙のやり取りの中で、時々二人が電話をしていることが分かる。それでも物語は手紙だけで進んでいく。
読み手も観客も、想像で補わなくてはいけないところが多いのは面白いなと思った。
分かり得ないところは分かり得ないのである。潔い。

この二人は手を繋ぎなら違う場所ばかり見て時々、見てきたもの、感じたものを交換し合ってはあまり共感をしないような関係だなぁと思った。思ったのと違うものを持ってくることを歓迎していないというか。
幼馴染故の、まるで相手が自分の半身であるかのような振る舞いは村上春樹氏の『ノルウェイの森』に出てくるキズキと直子を連想させる。
結局、人は他人をどんなに愛してもちゃんと他人だと意識できないとうまく付き合えないのかも知れない。

メリッサがアンディーに「君の絵はいい」と言われて、その言葉を大切に、自分の才能を育んできたことが手紙のやり取りから分かる。でもアンディーがまるでそれを分かってないのも分かる。
アンディーはメリッサを真に好きなのだというのは分かる。でもその気持ちを受け取るメリッサの器はあまりに小さいし、応えられるほど彼女は自分を抑える術を知らない。

すれ違い、と言ってしまえば軽く安っぽい言葉になってしまうが、そのすれ違いを50年も続けてなお途切れなかった二人の気持ちは「ただ相手がそこにいて、自分の気持ちを伝えたい」という甘え合いみたいなものだったのかな、と思う。なくてはならない存在だろうし、間違いなく愛だし、これを『ラヴ・レターズ』という作品として朗読劇にしたのもすごい挑戦だし手腕だと思った。

終盤、そこまで手紙のやり取りしか書いてないなか、はじめてメリッサに(初めて彼を見て)というト書きが書かれている。

そして最後の台詞はメリッサの「ありがとう、アンディー。」だ。
今まで繋がれていた手がメリッサによって振り解かれるのが見えるような、そんな終わり方だなぁと思った。

50年分の手紙のやり取り、ということだから、今の私の年齢は本の中では終盤に近い。なのでたぶん今演じようと思ったら若い頃の二人については若作りしながら演じることになるのだろうと思う。出るだろうか、フレッシュ感。
逆に若い頃だったらラストあたりはどれほど想像で演じられるだろうか。諦めや思い通りにならない心の澱のようなものがどこまで分かっただろうか。そう思うとやはり随分演者が試される作品だ。

この本を手元に置いておける喜びを噛み締めながら時々読み返しては「ひゃー、やっぱこれムズイわー」とか言おうと思う。

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