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マクベス自主性持って?という話

戯曲『マクベス』を読んだ。またシェイクスピアである。
なんだかんだでやはりシェイクスピアは読みやすい。ベラベラ喋るから思わず音読したくなる。節回しの面白さがある。福田恒存氏の翻訳が私に合っているというのもあるのだろうなと思う。

開幕から魔女が三人も出てくるので「ファンタジーっぽいのかな?」と思いつつ読み進めるとヒゲが生えていることが判明して面食らった。
魔女にヒゲ。
豚に真珠でも蛇にピアスでもない、魔女にヒゲ。違和感がすごい。想像がつかない。

しかしそのあと読み進めるにつれて、魔女は今で言えばネットの書き込みみたいなものなのかな、と想像が膨らみ、最終的に魔女のビジュアルがアノニマスのマスクに落ち着いたので違和感はなくなった。
根拠がなく影響力と信憑性だけやたらある発信者に乗せられたマクベスとその妻の話と読めば現代にも充分通じる寓意を孕んだ物語である。

なお魔女が出てくる以外にファンタジー要素は全くないし、思ったより血生臭い話だった。

『マクベス』は平たく言えば「アンタ王様になれるよ」という魔女の予言に唆されたマクベス夫妻が国王を暗殺したもののうまくいかなかった、という話である。

とりあえず初っ端からマクベスが強い。いきなり敵を倒して現れる。
シェイクスピア作品の主人公がこのように晴れがましく登場するのは珍しい気がする。だいたい辛気臭さと共に現れがちではなかろうか。イメージの問題?

そしてマクベスもさることながらその夫人がまた強い。
何が強いって思い立ったら即行動出来るその胆力だ。
国王暗殺を画策したものの躊躇するマクベスに「出来るか出来ないかじゃねェんだわ、やるかやらないかなンだわ」と喝を入れる。
いや、言い方はもっと知的でロイヤルなのだが要約するとこんな感じだ。心にヤンキーを飼っているタイプだと思う。
夫と共に暗殺計画を立てて、夫がうまく立ち回れるようにお膳立てもすればミスのフォローもする。
夫が気を病んだら心休まる言葉をかけ、罪悪感に苛まれた夫が客人の前で狂人の体を晒せば場を仕切り落ち着かせる。

よく出来た妻である。強く優しく美しくを体現している。妻の鑑だ。暗殺はするけど。

しかしというかやはりというか、誰にも言えない罪は夫人の心も少しずつ蝕んでゆき、夢遊病を発症してやがて狂死してしまう。
夢遊病の症状の中でも夫人はマクベスに寄り添う。暗殺直後に事の重大さから気が動転しているシーンをずっと繰り返しているのが心苦しい。野心に踊らされて夫の手を血で染めたことを後悔しているのだろう。
しかし後悔先に立たずというか、あの野心満々ノリノリで暗殺計画を語った夫人を思い起こせば同情は難しい。

マクベスは登場こそ雄々しいが、実際は小心者で大それたことをするような性格ではなさそうな感じがする。
暗殺後に慌てふためき現場に置いておく筈だった血塗れの剣を持ってきてしまうところや、味方がどんどん寝返っていく窮状で魔女に助言をもらいに行くところを見ても心理的な支えがないと行動できないタイプに見える。
王の座を脅かす戦友のバンクォーとその息子に刺客を差し向け、死んだ事を確認したにも関わらず、宴の席でバンクォーの幻影を見て狼狽するマクベス。おそらく暗殺には向かない性格なのだろう。でもやってから分かっても遅い。
しょうがない。やっちゃったものはやっちゃったのである。

そこをいくとマクベスに暗殺された国王・ダンカンの息子であるマクダフとマルコムは気丈だ。
父が暗殺されて間もないのに「次に殺されるのは自分たちであろう」「別々のところにいた方がいいだろう」とすぐに行動を起こす。
おそらくは父親から危機管理について叩き込まれているのだろう。心強い。

そして父親殺しの犯人がマクベスだと分かればその首を取ろうと二人は立ち上がる。

マルコムは納得しないと動けない性質のようで「お前マジでやる気あんのかあァん?」とでも言うようにマクダフの気持ちを試す。
しかしなぜかその気持ちの見極め方が「自分がいかに欲深く、美徳を持たないかを語り、王の器ではないかを語る」というもので、マクダフが「今挙げた欠点全部キッツイわ」と返したところで「よし、お前は信頼に値する!一緒にマクベスやっつけようぜ!あ、今の全部ウソね!」とやる。

マクダフはポカーンである。
当たり前だ。私でもポカーンとする。やり方が突飛すぎるわマルコム。「何を黙っているのだ?」じゃないわマルコム。そりゃ黙るて。

このやり取りの締めがマクダフの
「希望と絶望とが同時にやって来て、どうしてよいのか」
という台詞だったのが心情をよく吐露していて笑ってしまった。

ラストはマクダフとマクベスの一騎打ちで終わる。
マクベスは魔女の予言で「森が動いてこなければ安泰」「女から産まれぬものにしか倒せない」と言われているので「森は動かんし女から産まれぬ者はない。イケるイケる」と城にたて篭る。

すると森が動いていると報告を受ける。
そりゃあびっくりしただろう。

実際は森が動いていた訳ではなく、マルコムとマクダフの率いる軍がその総数を知られないよう頭上に木の枝をかざして身を隠しながら進軍しているその様子が「森が動いている」ように見えた、という話である。

そしてマクダフとの一騎打ち、「俺にはまじないがかかっているから女から産まれた人間にはやられない」というマクベスに「そんなまじないの効き目はいつまでも続くもんか」と言い放ち、会心の台詞を放つ。

「このマクダフは月足らずで母の胎内から引きずり出された男だぞ!」

帝王切開である。
切り札が帝王切開である。

確かに帝王切開なら産み落とされてはいないな…いやでもそれはちょっとこじつけではないかなぁ…いや、それをいうなら森が動いたっていうのもさぁ…と言葉にできない衝撃を受けていると、マクベスもその一言を「確かに…そう言われたら…そうだ…」と絶望と共に察し、戦意を喪失してマクダフに首を取らせて物語は幕を下ろした。

魔女の予言についてマクベスは「二枚舌」と悪態をついていたがそんなことはない。最初から真実しか話していない。
マクベスの読解力不足と小心者のくせに人にほいほい乗せられるその気質のために運命を都合よく読み違えた、というだけの話だろう。

魔女は冒頭「いずれは王となられるお方!」と予言している。
それについてもほんのわずかな時間だし悲劇的な結末ではあるが確かにそうなった。
それが幸せと結びついているかどうかは魔女は話していない。
権力を幸せと読み違えて飛びついたマクベス夫妻の落ち度である。

他人の話を都合よく信じて孤独な最後を迎えたマクベスを見るとやはり人生は自分軸で動くべきだな、と思う。
マルコムとマクダフのように信念と信頼とで歩んでいくのが堅実だし、納得しながら生きていけるだろう。

ただ、マルコムみたいな人の試し方は思い返してもあんまり良くないと思う。





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