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夏が来ない。

2020年の7月末。
東日本に生息しているが、7月末だというのに、梅雨が空けず夏が来ない。
長雨が続いているため、土の中で作物が腐り始めている。
楽しみにしていたじゃがいも。
今年はどうも不作らしい。

青空が見えない日々は、スッキリしない。
洗濯物がからりと乾かなくて、スッキリしない。

じめじめ、じめじめ。

曇り空のため、窓を大きく開け放っても湿度が高く、やっぱりスッキリしない。

じめじめ、じめじめ。

さらにコロナのせいで、出かけられない、人と会えない、山に行けない、お寺にいけない、神社にいけない。

体調に不安要素を抱えている家族がいる以上、我慢をするしかない。
コロナのせいで、いろいろ上手くいかない。

もっと鬱々してくる。


5月から無職になって、1ヶ月間は緊急事態宣言による小学校の休校により、甥姪3人の面倒を見ていた。忙しかったし低学年の子供達は大変騒がしかった。

あまりにも騒がしいので、自分のことを考えずにいられた。
自分のことには蓋ができた。

6月になり学校が始まり、自分の時間ができて、自分に向き合わないといけないな。
さぁて人生どうするかと自問自答をした。

この自問自答をするのは、まだ早かった。
メンタルダウンを起こしてしまった。

何をやっても、前職のことが浮かんでばかりで、悲しいし、悔しいし、辛い、息苦しい。

この時期はあれをやって、これをやって。一緒に仕事を進めてた同僚と今回はこうしよう、ああしようと意見を出して仕事をして。
楽しかった日々が走馬灯のように流れて、流れて、私の心を蝕んでいく。

上司のハラスメントにより、今までやってきたものを全て失った私には、決して戻れない場所で。

涙が溢れ、胸が苦しくて、痛くて、本能で考えることを放棄した。

ただただ、家族といることで、私は生きていた。
誰かと一緒にいて、誰かと家のことをして、生かされていた。

やらなきゃいけないことも、手につかず、虚無感ばかり抱えていた6月は、正直、何を考えていたか何をして過ごしていたか、あまり覚えていない。

そして今、7月の最終週は2週間前から、大量に届いたラベンダーのサシェ作りに勤しんでいる。

コロナ禍がきっかけで、大量に手にすることになったラベンダー。

チクチクとラベンダーを入れる小袋を縫いながら、これからの事を考える。
6月のような感情の大波に飲まれることはなくなったが、「これから」が何も浮かばない。

自分がこれからどうしたいのか。
どうしていけば良いのか。
わからない。

真っ白な世界に立たされているような感覚で、何も見えない。
前職をハラスメントにより精神を追い詰められて辞めたことは、どのような前向きな言葉に変えられるのか。

もう一度、過去の自分と向き合い、再び血を流さないといけないのは、しんどい。
とてもしんどい。

果たして、もう少し時が経てば、何か見えてくるのだろうか。

そんな事を思いながら、明日もまたただ、チクチクと縫い物をするのだ。

ああ、青空が待ち遠しい。

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