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私たち、無添加アイドル

〈私たちはアイドルよ!〉
 ………えぇ?
〈アイドルよ、アイドル。私たちはアイドルなの〉
 なにゆえ…?


本文:僕。人を酔わせる瞳。
「」:精霊さん。深淵を映す瞳。
〈〉:妖精ちゃん。太陽に匹敵する瞳。


〈君はここで、みんなに楽しんでもらいたいんでしょ?〉
 うん、そうだよ。
〈情報屋でも解説者でもなくて、この場の雰囲気を楽しんでもらいたいのでしょう?〉
 その通り。
〈だったら、君自身の魅力を表に出す必要がある!〉
「それが、アイドルですか?」
〈そう。ある種の人気者ってことね〉
 へぇ…。

〈アイドルに必要なこと、わかる?〉
 歌って踊れるとか?
〈それは芸能界のアイドルの話。私たちが目指すのはもっと抽象的なイメージのもの〉

〈そんなアイドルに必要なこと、それは…〉
 それは?
〈『ありのままの自分らしさ』を出すこと〉
「どうしてですか?」
〈それが一番その人の魅力が爆発するから。自分らしさを表現できてるときは、特別にきらめいてる姿なの。そしてその姿を人は好きになる……少なくとも私はそうよ〉

〈さあ、君は自分に魅力があると、ちゃんと思ってる?〉
 ……ちょっと自信ないかな。万人受けするような人格じゃないから。
「知ってます」
〈それは……そうね。でも、万人受けしなくてもいい。100人に1人、好きになってくれればいいの。そんな自分の魅力に心当たりない?〉
 そういえば、『あんたを好きになる人は激レア。でも好きになった人はとことん好きになってくれる』って言ってもらったことがある。
〈おお、いいじゃない〉
 あと、僕といると『気持ちよく酔うような感じがする』って言われた。
〈…………この子、もしかしてかなり危険人物だったりする?〉
「なにをいまさら。ボクたちが存在するのがいい証拠です」
〈そういわれるとそうね……〉

〈じゃあ君は、ファンを片っ端から酔わせるアイドルになって〉
 お酒かな。
〈わかりやすくイメージできる言葉があればいいのだけど〉
「それこそ、よく見るアイドルみたいにですか?」
〈そう〉
 うーん、瞳が黄色いからレモンサワーとか。
〈もうちょっと神秘的なのがいいかな〉
「人を狂わすというのなら、月がいいのでは?」
〈あー、それいい。すごくいい〉

〈あなたにもそんなイメージが欲しい〉
「ボクもですか?」
〈もちろん。そう、たとえば……深淵を映し出す、とか〉
「また大きく出ましたね」
〈そんな星空みたいな瞳をしていかにも文学少女の雰囲気を出していながら何言ってるの〉
「……ボクは少女なのですか?」
 さあ、どうかな。

「あなたは?」
〈私?〉
「ええ。『三人ともアイドル計画』なのでしょう?」
〈私は、そうね……太陽、かな〉
「たいよう」
 どうして?
〈みてよこの真紅の瞳! ルビーも真っ青だわ〉
「真っ青なルビー」
 ちょっとおもしろい。
〈強さと暖かさ、そしてエネルギー……太陽、いいわね〉
 自分で言ってるってすごい。
〈そうよすごいでしょ。堂々と胸を張っていれば、恥ずかしくなんかないもの〉

〈あ、それと。アイドルに大切なことはもう一つあるの〉
 可愛く振る舞うこと?
「格好つけること?」
〈……そういうの苦手でしょ。仮面つけたり演じたりって〉
 苦手。歴史用語の丸暗記より苦手。
「『ありのまま』というテーマからも離れていきそうです」
〈そうよ。だから、そうじゃなくて〉

〈言わなくてもいいことを言わないこと〉
 言わなくてもいいことって?
〈そうね。たとえば、誰かを悪く言ったり、傷つけたり。……この誰かっていうのは、自分自身も含まれてるからね〉
 どうしてダメなの?
〈誰かを傷つけるのは、自分のイメージも傷つけるの。それに、見ていて気持ちのいいものじゃない。だから、基本的に、やめた方がいい〉

〈特に君は、落ち込んでる時はそれはもう真っ暗なんだから。何を言ってしまうかわかったもんじゃない〉
 危険人物じゃん。
〈そうよ〉
 そうなのか…。
 そういうのを言いたくなったら?
〈そのための私たちでしょ。裏で好きなだけ吐き出しておけばいいの〉

〈それでも表に出したければ、何かしらの工夫が必要よ〉
 たとえば?
〈そうね。これから真っ暗な話をしますって雰囲気を作るとか? そうすれば、そういう読み物だって伝わるでしょ〉
 なるほどね…。
「心当たりがありそうな顔をしてますが」
 あー……いや。大丈夫だよ、きっと。
「下書きに『先日のこと』が書かれた文章があるのですが」
 ………あれを公開する時は、そういう雰囲気を出すよ。ちゃんとね。
「すこし心配です…」

〈とにかく、『ありのままでいること』と『余計なことを言わないこと』。私たち自身を楽しんでもらうため、アイドルとしてこれを守っていこうって話〉
「余計なことを言わないってパンみたいですね」
〈それは『余計なものは入れない』よ。食パンよ〉
 つまり僕たちは無添加でいればいいと。
〈なにうまいこと言ってんの〉

「パンが食べたくなりましたね」
 カルツォーネがいい。
「じゃあボクはクロワッサンで」
〈ねえ、ちょっと…〉
 妖精ちゃんは?
〈…………メロンパン〉
 よし決まり。行こうか。
〈え、あ、ホントに行くの…?〉

〈……私の話、ちゃんと伝わったのかなぁ……〉



 伝わってるよ。
 色々考えてくれて、ありがとうね。
〈……めっちゃ酔わせてくるじゃん〉
 そうかな。
〈そうよ。ちょっと元気なかったくせに〉
 だからがんばって話を引っ張ってくれたの?
〈…………そうよ〉
 ありがとう。
〈あー、もう。パン屋さん行こ、ほら〉


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