No.23 自分を納得させるための言い訳

今日も子供の寝かしつけが終わった。

寝かしつけが終わったからと言って、そこから朝まで寝てくれるわけではない。しかしお昼寝よりは少し長く寝てくれるので、これでようやく一日が終わった、という実感が得られる。

というわけで、育児がスタートしてから希少価値が爆上がりした「自分の時間」のスタートである。

この貴重な時間の使い方だが、冷静に考えればさっさと家事を終わらせて一秒でも長く布団に入るのが最適解なのだと思う。
3時間後くらいには「あー、寝とけばよかった」と後悔する自分の姿が目に見えている。

しかし私は今、パソコンに向かってこの記事を書いている。
note(日記)が書きたいと思ったからだ。文章を書くのが好きだし、それがストレスの発散にもなる。

貴重な一人の時間に睡眠をとるか、好きなことをとるか。
こんなふうに、私たちは大小さまざまな無数の選択をしながら生きている。

その選択に後悔をしてしまうことも少なくない。
子供の夜泣きが始まった直後に「あー、寝とけばよかった」と後悔し、翌朝すっかり疲労困憊になった自分の姿を見て「私は本当に馬鹿な選択をした……」といつまでもぐずぐず悩んでしまう。
これが私の悪いクセだ。

あの時こうしていれば、あの時この言葉が言えていれば、あの時あれを買っておけば……今年でもう33歳になるというのに、小学生当時の選択すらも掘り起こして頭を抱えてしまうことがある。

自分の選択によって生まれてしまった罪悪感、喪失感、劣等感。
ネガティブな感情を消して楽になりたいがために、頭は自分を正当化しようと働き始める。

あの時は、ああするしかなかったんだ。
他の人が同じ状況になっても、自分と同じ選択をするだろう。
どうせ、何をしたってダメになる運命だったんだ。

時にはそんな思考の転換も必要だろう、とは思う。
けど、やりすぎるとそれはただ”自分を納得させるための言い訳”探しに他ならない。

言い訳を探し続ける人生って、いかがなものだろうか。
どうしたって結果は変わらないし、言い訳で一時的に自分を納得させても、その罪悪感、喪失感、劣等感はいずれまた顔をのぞかせる。
何よりそれは自分がした選択に責任がもてていない証拠だと気がついた。

今この時間にnoteを書く選択をしたのは自分だ。
今日眠れなかったら明日はしっかり休もう。

そんな感じで、事実をありのまま受け入れて次に進める健全な心を作っていこう。なんて考えた今日この頃でした。

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