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昭和の記者のしごと①はじめに

 

―日本はどうなる―

「日本はどうなるんですか。異常な物価上昇と不景気がこのまま続くんでしょうか?」

 つい最近、2022年の秋口のことです。東京練馬区の私の自宅近くの行きつけのコンビニで突然、30代後半の店長からこんな質問を受けました。コンビニの売れ行きがはかばかしくないのを心配しているのでしょうか。だから、店の隅の喫茶コーナーで、毎回、1杯110円の安いコーヒーを飲みながら、買ったばかりの新聞の切り抜きをしたり、「経済」という単語が入ったタイトルの新書を読みふけっている老書生の私に聞いてみる気になった、と想像されます。うーん、広く国民が日本のマクロ経済のデータまで気にしているとは。これは好い加減な答はできないぞー。

そこで私は①日本は今、経済的に大変な危機に直面しているのは事実。このままほっておけば大変なことになる②私はこうすれば良い、という答を持ち合わせていませんが、大きな経済危機、社会の危機の中で、良いことも悪いことも経験し、乗り切った「昭和の時代」にヒントがあるのではないかと考え、改めて昭和を学んでいるところです、と答えました。


昭和の時代を知ってもらいたい


私は昭和の記者です。これからこのブログ「ノート」で、これまでお馴染みの「中庸時評」の一部として、少々長めのシリーズを展開しようと思います。テーマは、NHK記者として私自身が経験した「昭和の記者のしごと」の記録です。60年余に及ぶ「昭和」は軍部主導で戦争への道へ突き進み、敗戦の破局に至った「戦前」の20年と、どん底から奇跡の復興を遂げて高度経済成長の軌道に乗り、一時はGNP世界第2位の経済大国と言われるまでに発展した「戦後」の40年の大きく二つに分かれます。勿論その昭和からいま改めて学ぶべきは、戦後の40年を動かしたその活力です。しかし戦前の20年も、反面教師ととらえるならば、ロシアがウクライナに仕掛けた戦争に終わりが見えない中、防衛力の安易な拡大に走ろうとする令和の日本への警告になるでしょう。昭和は、令和に光を当て、その実相と課題をを明らかにする、大変な力を持っています。


報道一筋の33年

私は1965年に記者としてNHKに入局、初任地の新潟で警察(さつ)回りなどの修行の後、東京の報道局社会部に十年間勤務し、熊本、新潟の水俣病事件やロッキード事件などを取材しました。そして3か所の地方局のニュースデスクを務めた後、東京に戻って報道局首都圏部などのデスクをしました。東京と地方半々の勤務で、1998年定年退職。最後は東京の報道局の部長職や地方の放送局長も務めましたが、そうした管理業務が本職のときも、組織としてどう報道に取り組むかで頭の中はいっぱい。報道一筋の33年だった、と思います。

このシリーズの中心をなす「第1部 昭和の記者のしごと」は、1章から12章まで、私の取材経験をほぼ時系列に沿って並べました。そのほとんどが昭和の最後の20年に起きた事件、問題です。これを読んでいただければ昭和がどんな時代だったか、かなりな程度わかっていただけると思います。

こう書くと、不勉強な記者が書いた昭和史の概説書か、と馬鹿にされそうです。確かに昭和の概説書の一種となっていますが、すべて私自身が記者・デスクとして取材したことに基づくことばかりで構成されているのが大きな特徴です。このうち1章から5章までは一記者として取材したもの。6章から12章までは私がデスクとして、記者、カメラマン、編集を指揮して、チーム取材で取り組んだものです。


記者の仕事の解明―「何を」「いかにして」取材し、「どう表現するか」

このシリーズのもう一つの特徴は、「記者のしごと」そのものの解明に取り組んでいることです。私はこの本によって、どうやってニュースが出来上がっていくのか、マスコミ報道のいわば生産現場の実像の一端を明らかにしようと務めました。

「記者の仕事」とは、取材することであり、その取材を巡っては、秘密の情報(特ダネ!)をいかにして獲得したか、いかにしてその情報を囲む厚い壁を打ち破ったか、つまり「いかにして取材したか」について語られることが多かったと思います。しかし特ダネを取ったと言っても、それが伝えるだけの価値のあるものなのか(何を取材したのか)、それをどのように伝えたのか(どう表現したのか)ということを抜きにしては、そもそもニュースたりえません。取材を①「何」を②「いかにして」取材し③「どう表現するか」の3要素で分解して考えるというのが、私が開発した記者のしごとを分析する方法です。

このシリーズでは、第1部で私の取材経験を紹介する中で、取材の3要素に照らして分解して検証し、実際の取材のどこが良くて、どこが悪かったか、率直に反省し、説明しました。つまり、第1部の12章に渡る取材経験は、「昭和」とはどのような時代だったか伝えるリポートであるとともに、私自身の取材を評価するための素材を兼ねているわけです。

このように取材のテクニック、記者のしごとの分析方法に話が及んでいきますと、このシリーズはだんだん記者志望の若い人を鍛えるシリーズのような気がしてきます。しかし私の本意は違うのです。世の中で起こっていること、さらにかって起こったこと―歴史と言いましょうかーそうしたことを理解するには伝える側がどのような方法で取材し、叙述しているのか理解するのが有力な方法だ、というのが私の意見です。

つまり、このシリーズは記者になるためのものではなく、記者を理解するためのものであり、それは世の中で起こっていることを理解することにつながる、そう考えて気楽に読んださい。次号は新人記者のほとんどが担当する、サツマワリ(警察取材)の話から。勿論、その新人記者は私です!この記者のしごとシリーズは、週に1から2回のペースでお伝えしましょう。


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