日大・田中前理事長、脱税で起訴、「背任」はどうした!

〇一つの犯罪行為が複数の犯罪の構成要件を満たす場合があります。検事は、「一所為数法(いっしょい・すうほう)」などという古い言葉で説明したりします。この考えを捜査に積極的に活用した例としては、ロッキード事件で、田中角栄元首相がロッキード社側からの5億円の受け取りについて、外国為替管理法(外為法)違反容疑で逮捕された事例が有名です。
当時の法務省(検察)の安原刑事局長が田中元首相逮捕前日の1976年7月26日、新潟県村上市に帰省し、アユ釣りをしていた稲葉法務大臣に電話をして、「角栄逮捕」の許可を求めました。
  稲葉大臣「外為法違反? 収賄にはなるのか」
  安原局長「田中首相を収賄罪で必ず起訴します」
  稲葉「それなら、よろしい」
 というわけで、五億円という巨額の金の動きについて、まず外為法違反という形式犯のような軽微な(?)罪を問うて田中逮捕の突破口を開き、そのあと同じ金の動きについて本来の狙いだった収賄罪で起訴しました。

〇ロッキード事件捜査の話が長くなりましたが、問題は日大事件の決着のつけ方です。最後に脱税容疑で逮捕された日大の超実力者、田中英寿前理事長が同じ金の動きについて、脱税だけでなく、背任罪にも問われるのか、という問題。暮れも押し迫った12月20日、東京地検特捜部は田中前理事長について、日大の関連業者らから受け取ったリベート収入を除外するなどして2018年と20年の所得約1億18000万円を隠し、約5200万円の所得税を免れたとして、所得税法違反(脱税)で起訴しました。田中前理事長はこの1億1800万円について背任罪に問われることなく、事件は事実上終結しました。

〇私は検察がロッキード事件と同様、外為法違反の代わりに脱税を使い、収賄罪の代わりに本筋の背任罪の追及に入ると予想していました。その期待は見事裏切られました。私は今度の日大事件では、田中前理事長についても背任罪の追及がされねばならぬ、と考えていましたが、その理由は私のnote 78号に書いた通りですので、繰り返しません。要は、今度の日大事件は、背任罪を追及することでしか事件の全貌が明らかにならない、と私は考えているからです。脱税では金を隠したこと自体が問題で、言わば無色の金でいいわけです。これに対し、背任では金がどうして得られたか、言わば金の出生のいきさつが問題とされ、事件のメカニズムが追及されることになるからです。

〇私が、期待通りに捜査が進まず、検察に裏切られた、と考えるのは、ロッキードを取材した元記者として、事件を捜査した、吉永佑介検事らの栄光の検察の記憶が頭にこびりついているせいかもしれません。吉永検事はロッキード事件の捜査を成就し(ロッキード事件捜査の主任検事、当時東京地検特捜部副部長、のち検事総長)、難事件と言われたリクルート事件の捜査を東京地検検事正として指揮しました。

〇端的に言いましょう。検察はやる気がない、とまでは言いませんが、数年前の事件をやらなかった検察の後遺症があるのか、今一つ切れ味がないような気がします。今度の背任に取り組むかどうかも、何故取り組めなかったのか、検討し、反省してもらいたいと思います。

〇今度の脱税事件起訴の翌日の朝、毎、読、日経、東京を読んでみましたが、一紙も検察が背任事件として田中前理事長を訴追できなかったことを批判するところはありませんでした。検察に甘い紙面で、残念だと思います。

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