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【青森への旅③】青森県立美術館来訪記

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朝9時。青森市内からバスで30分ほど揺られる。
バス停を降り、まだ朝の静けさの漂う公園の森の中をしばらく歩くと、見えてくる。

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青森県立美術館__。

ひらけた草原の中にぽつんと佇む白亜の建築。

遠くから一見するとシンプルなその外観の中は、果たして___。

ー美の“エンターテイメント”空間ー

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本美術館の常設展示の中で、ひときわ存在感を放つマルク・シャガールの傑作 舞台背景画《アレコ》

シャガールは、「色彩の魔術師」として称されているが、パリのオペラ座の大天井画を見て、個人的には色彩より独特の浮遊感が面白いと感じている作家だ。

展示室は、高さ約20mの壁に囲まれた、四層吹き抜けの大ホール。

一歩入ると、思わず深呼吸したくなるような解放感。

いつまでも、その場で絵を仰いでいたいと思わせるような__。

アレコという大作を堪能するにはうってつけの空間だ。

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※常設展示地下二階 通称「アレコホール」

10時半から鑑賞プログラムがあるということで、時間まで作品に酔いしれていると、ふっと照明が落とされた。

広い空間全体に響き渡るゆったりとした朗読の音声が流れ始める。

  

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※第3幕「ある夏の午後の麦畑」背景画


物語のナレーションとともに場面が切り替わっていくように4作のタブローに順々にライトがあたる様子を中央の椅子から観賞する。

通常の展示においても、その空間にいるだけで作品の構図や大きさに圧倒され、息をのむ美しさがあったが、アレコの物語に呼応するように暗闇の中で劇的に浮かび上がる細部の色彩、タッチは、より心に訴えるものがある。

多くの発見とともに、物語が染み込んでいくようだ。

ドラマチックな光の演出と高い天井の空間、朗読の声、そしてシャガールの美しいタブローの全てが融合し、その物語の世界に誘われる__。

ナレーションの終わりとともにホールの灯りがつくと、さながら舞台の観劇を終えたような感慨にふけった。


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※第1幕「月光のアレコとゼンフィラ」背景画

通常の明るさでは見えにくい月や白馬の細部の絵の具の盛り上げなどもくっきりと映し出される。

 

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※第2幕「カーニヴァル」背景画

一つのタブローの中でも、バレエの物語の進行にあわせて絵画のモチーフに細かく色の演出が分けられている。

只のシャガールの絵画作品として観るだけではなく、バレエの舞台背景画としての「アレコ」を存分に味わうことができた。

このように、作品を“本来のかたち”で見せてくれる美術館は貴重だと思う。

作品が置かれていた場所、空気を再現してみせて、はじめてその作品の真髄に近づけるという事があるだろう。その前の段階、つまり作品をただ展示するだけでは、わからないことが確かにある。

私は、できるならば、 絵はその作品が描かれた場所や、もともと見られていた(飾られていた)場所に近い状況、環境で観たいと思う。


アトリエを訪れたい。
作家の故郷の土を踏みたい。

少しでも、その作品に関わる血や涙や汗、苦悩や想いを、作家の“視ていたもの”を想像したい。感じたい。

それが本当の意味で作品を「視る」という事のような気がするのだ。

例えば、ゴッホの作品は、彼がしきりに踏みしめたであろう大地の感触を噛み締めながら、
森の中に建つクレラー・ミュラーで鑑賞してみたい。

実際にアルルの陽光を浴び、サン・レミの糸杉を仰ぎ、オーヴェルの麦畑の匂いを嗅ぎ、カラスの飛び去る中、彼が最後に見た景色を、見てみたい__。

セザンヌならどうだろう。、プロヴァンスのアトリエを訪れ、サント・ヴィクトワール山を臨む丘へ歩き、オリーヴの香る彼の大好物のじゃがいものソテーを食べる。

そんな具合がいい。


「真珠の首飾りの少女」なんかも、東京に来ていたが、行く気にはなれなかった。

フェルメールを見るなら、彼の故郷デルフトの美術館で、作品を見てみたい。彼の愛したデルフトの風景をひとつひとつ訪ねたい。

生涯自宅から半径数百m以内を出なかったというフェルメールが紡いだ宝石のような小宇宙の秘密を、探ってみたい。

それは、生きた理解とでもいうのだろうか__。

作品を知るために、作品を取り巻く事象や環境に自らの足を使って、五感を使って、深く関わっていく。

作品を知るという事は、決して、キャプションの点字ほどの小さい文字の羅列による情報を目を細めて読むだけにも、図録の知識を頭に入れる事だけにも留まらないはずだ。


だから、「本来の絵があった」場所の空気を感じさせてくれるような、《アレコ》の見せ方が好きだ。

作品をただ見せるのではなく、「魅せよう」とする__。その気概は、確かな影響力をもって人々の心に伝播するだろう。

_建築空間における多彩な意匠__

青森県立美術館の建築には、「デザイン」と「構造」」の両面に魅力がある。

まずは、「デザイン」である。

真っ先に心ひかれるのは、この外観の突き出した庇の、大胆な「曲線」だ。

八角堂※へ続く道にもあったが、ひと思いに筆を延ばしたように描かれる長い弧__。

※前投稿【青森への旅②】参照

他の壁や床の模様はシンプルな直線の格子状で構成されていて、一段とこの曲線の美しさを引き立てている。

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一方、内部のデザインは、「直線」で統一されている。

スロープの傾斜角度に合わせて、ガラス張りの面に筋交い上に白板が組まれた側壁のデザインが美しい。

真っ直ぐに続く通路や手すりもそれに呼応して、気持ちの良い空間だ。

 

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壁、手すり、床すべてが白で統一され、空間の境目がない白亜の世界。

次に、「構造」だ。

この美術館は、シンプルな平屋の外観からは想像できないほど、屋外空間や地下空間を多用しており、内部は複雑な造りになっている。

http://www.aomori-museum.jp/ja/guide/floor/

※☆

マップ(※☆上記リンク参照)を見ると、地下2階まである四層構造を生かし、展示場所や施設が散在しているのがわかる。

フロアの順路も複雑だ。

まず1階のエントランスから入って直ぐに地下2階の展示室へ、そこから地下1階、1階と上がって行く。

そして、あおもり犬を観るためにまた地下2階へ戻る、といった具合に館内を行ったり来たりする。(少々疲れるがそれが面白い)

特に、あおもり犬の連絡通路は、階段を上ったり下りたり、広場をあちこち経由したり、随分歩かされた。

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あおもり犬への道のりは、何やら不思議だった。

要塞か、もくしは採掘場のような___。無機質な高い壁に囲まれ、順路の通り進んでも、次にどこに出るのか、予測がつかない。

角を曲がったり階段を登ったり、降りたりするたびにぱっとよくわからない場所に出る。

自分が今いる場所も定かではなかった。

どこがどうなっているのか、建築の構造を「わからせない」面白さ__。

フワフワした宙ぶらりんな感覚で、少し怖くもあった。

しかし同時にスリリングで、「この先に何があるのか」、「どんな空間に出るのだろうか」と、わくわくもする気持ちにもなるのだ。

ところで、順路を歩いていて気づくのは、この美術館は「高低差」が内部空間において多用されているということだ。

ひとつのフロアの中にも、スロープを用いて低い場所と高い場所が造られている部分がある。

例えば、地下2階エレベータホール横には、スロープによって展示室よりやや高めの位置に段々丘のように配置されたロフトのような空間が組み込まれている。※◎

この「高低の建築」によって、平坦なフロアにリズムの変化が演出されている。

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※◎エレベーターホール横スペース

ガラス張りの窓から見える日当たりのいい屋外空間が配置され、内部が暗い照明となって、明暗の対比が美しい。

さらに、1階の通路の途中には、

「ひとつの視点の中に、点在する複数の風景を同時に見せる」空間もあった。

そこは、フロアの高低差の配置とガラスの透過性によって、屋外の風景が内部から透けて見えたり、屋外の風景が内部の床に反射したりしていた。※◇

このような、空、大地、光、建物…といったフィールド全体を巻き込んで、風景の境目をなくし、自由に繰り広げられるスケール感は、おおらかで広大な自然の土地があるがゆえの発想だろうか。

マドリッドのソフィア王妃芸術センター内部※★にも、天井や材質の反射を巧みに用いて、逆さまの外の風景と融合した場所があった事を思い出す。

それは、時空のゆがんだような、ダリの絵画を思わせる奇妙な世界だった。


ここは有り得ない世界?知らない世界?空間の不思議さ、自由さに呑まれる__。

それは、何とも倒錯的な…。

美術館の、「展示」ではなく、「空間」そのものに釘付けになる瞬間。
それをつくりだす「建築」というもの__。


私は建築に関しては全くの無勉強ゆえ、作品ではなく、美術館の建築空間そのものに感化される体験は少ない。

しかし、確かに、美術館は「展示」がメインとは限らないのだ。

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※◇地下一階の通路。

地下二階の部屋や外の風景がいくそうの壁が透けることによって見えている。一番奥に見えるのは八角堂。地下1階の天井には八角堂背後に生い茂る木々が逆さまに映る。

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※★ソフィア王妃芸術センター 内部



 自らの足を存分に動かせる構造、あちらこちらに散りばめられたデザインの意趣。

そして、“魅せる”「建築」と「展示」__。

ここは、私たちの好奇心をくすぐり、誰もを探検家にしてくれる場所かもしれない。

(続く)

青森県立美術館 公式HP

http://www.aomori-museum.jp/ja/


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