宇宙庭園とねずみ(7) クムラヘ
「ごめん……じいさんゆずりで、冗談のセンスがないんだよ。覚醒遺伝?」
僕は少しおどけて言ってみる。
「……つまり、今回も〝モンド〟しに来たんじゃないのかい?」
とても難しい顔でねずみが聞き返す。
「……ああ。できたらいいなとは思ってるんだけど……」
ねずみに引きづられて、僕の声のトーンも暗くなる。
「うーん…………。まあ、気乗りがしないなら無理にすることない。気乗りしないまま無理して、永遠にモンドをやめちまった人間なんて五万といるんだ。とりあえずタクトはここに戻ってきて、部屋を出た。無事復帰したわけだ。まあ焦らず、じっくりやろうぜ」
「あ……ありがとう」
お礼を言って僕は考える。〝モンド〟とはつまり、すぐに成果や結果がでない種類のことなのだろうか。楽器の練習とか、筋トレやダイエットみたいに。そして、ねずみは僕が「〝モンド〟する」ことを期待しているようだ。弱った。一方的に期待されても、モンドがわからなくては、その期待に答えようがない。復帰? わからない事が多すぎる。
ただ、ねずみは僕を励ましてくれているようだった。あつかましいといえばそうかもしれないが、ねずみはいい奴じゃないか。そのフォルムのせいか、やけに人情味があるためか、僕はねずみに好意を持ちはじめていた。
「じゃあ今日は気晴らしに〝クムラ〟にいかないか?」
ねずみが提案する。
「……クムラね。それもいいかもしれない」
例のごとくクムラはわからないが、ねずみをまたがっかりさせるのは気が引け、僕は知ってるふりをする。
「決まりだ。あそこはいい。実は僕、最近毎日通ってるんだ」
ハニカミながらねずみは言う。
「はまってるじゃないか。クムラのどこがそんなに気に入ってるんだい?」
「やっぱり……〝バルティナ〟だね! あれは何杯でも飲める」
〝バルティナ〟は飲み物だろうか? そうなるとクムラは喫茶店、もしくは居酒屋なのかもしれない。
「ほう。いつも何杯くらい飲むんだい?」
「えっ何杯?…………そんなの、数えたことないなぁ」
何故だか、ねずみは声のトーンを落とす。
「じゃあ今日は数えてみようか」
「……つまらないことをいうなぁ。やっぱりまだ、調子がわるいんだな。今日はずっとつまらないぜ」
ねずみは不機嫌な顔で言う。
少し乱暴に感じる物言いに、僕の心もトゲトゲする。
「そうかもしれないね」
僕は少し語気は強めてそう言い返す。
確かに面白い提案ではない。ただもう少しマイルドにいってくれてもいいはずだ。僕は何一つ状況を理解していないのだ。
「タクトは運動不足なんだよ。今日は歩いて行こうぜ」
そう言って、ねずみが先に歩き出す。
歩くたって、そんな小さな体のねずみのペースに合わしていたらどれだけかかるんだ。そう思ったのも束の間、ねずみはぴょんぴょんと軽く跳ねるように、爽快なスピードで歩いていく。
風が吹いて、再び森の匂いがした。
森。僕はそこであらためて僕が居た家とその周辺を観察する。
森の中の家。森が少しひらけたところに建てられたこの家は、周囲を深い森に囲まれていた。コンクリート打ちっぱなしの外装の家は正面から見ると、とても精巧な立方体の石のブロックを3つ連結させたような形をしている。その真ん中のブロックに、今僕が出てきたアボガニーの木製ドアの玄関がある。つまり、そこが本棚と暖炉の部屋だろう。そして右手のブロックは僕が寝ていた寝室で、左は? なんの部屋なのか。いや、そもそもこの家は……。
「おーい。こないのかよ!」
20mくらい先からねずみが怒鳴る。
「いくよ」
僕は小走りでねずみの方を目指す。
地面を蹴る感触、僕が走る足音、風を切る感覚、相変わらずの草木の匂い。やっぱりだ。この世界はリアルすぎる。いったいなんでこんなことが起こっているのか?
「ごめん。行こうか」
ねずみに追いついて僕は言う。
「大丈夫かい? 何か変だぜ、体調、悪いのかい?」
ねずみはいよいよ心配そうな顔で僕の目を覗きこむ。
「いや、問題ない」
ねずみの透き通るような目を見つめながらぼくは答える。
「ならいいんだけど」
「ねえ、クムラまでここからどれくらいかかるんだっけ?」
「どれくらい?」
どうしてか、ねずみは怪訝な顔を浮かべる。
ねずみのリアクションは、またも僕の想定と違った。
「ここから歩いてどのくらいかかるだろう、その、時間がさ」
言葉足らずだったかと思い、僕は言い直す。
「ジカン? ジカンってなんだい?」
「……」
まるで新しい単語を聞いたように、真顔でねずみは答える。
時間を知らない……? うむ。その冗談は面白くない。
ただ、ここは夢の世界で、僕の普段過ごす現実の世界とはまったく違う世界なんだと考えると、そういったこともあるのかもしれない。
「いや、なんでもない。忘れてくれ。外に出るのがひさしぶりで、色々と混乱してるんだ」
いざ、時間とは何かを説明しようと思うと、それは思いの外、難しく、だから僕はいったん説明をあきらめる。
「タクトは色々とバランスを崩してるんだよ」
「バランス?」
「そう、そんな時は頭を空っぽにして、ひたすら歩くしかない。頭が軽くなれば、モンドをする気にもなる。行こうぜ。バルティナが呼んでる」
ねずみがおれについてこいとばかりに歩き出す。
『バルティナが呼んでる』って、あつかましいだけでなく、ねずみは結構キザな奴なのかもしれない。僕は今度は遅れないようにねずみの後に従った。
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