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たいしたことない日々のこと201002

一昨日から起床後に気だるさがあり、いやな感じだなと思いながら可能な限り予定以外は家に戻ってゆっくりと休む時間を確保した。その日は各方面と口論したりもめたりした後だったので気持ちは殺気立っていたし、精神的に疲弊してぐったり。すると案の定昨日に発熱。37,6度、夕方には身体が熱く38,0度。久しぶりの8度台だ。

ここのところ、体力というよりも精神力ががりがりと日々削られている。何か手を伸ばしてこれだと思った選択が、間違いとはいわないまでもボタンの掛け違いのようなことがいちいち起きるのだ。それはわたしひとりの話だけでなく、周囲の友人たちにもそのようなケースが増えていて、「そんなこと起きる?」「ありえないよね?」と驚く事実が、あちらこちらに溢れている。COVID-19のせいだろうか、単純にそれだけとは言いきれないだろうけれど、人のこころに影響を与えているのは事実だろう。皆窮屈で我慢を強いられて、もともと備わっていたこころの余裕みたいなものもがなくなっているのかもしれない。

だからかよく知る国にいるはずなのに、変な世界に紛れ込んでしまった感覚が、どうもぬぐえない。

もともと上手く生きてこられていたのが幸運だったのだろうか。海外在住の人が語るツイートには、思わず深くうなずいてしまった。

外国に滞在すると小さな手続きから大きな出来事まで、不快きわまりないことばかり。ストレスは溜まるし上手くいかないことばかりだし、交渉ごとでも外国人だから舐められているのかと思ったら余計に腹立たしい。

自分自身は昔からわりと穏やかな人間だと捉えていた。何か言われても、「おかしいな」「変だな」「何が変なのか少し待ってゆっくり考えよう」「そして次に会った時に聞こう。『あの時どうしてそんなことを言ったの...?』」それがいつものパターンだった。しかし今は違う。許せないことがあるとその瞬間に、その場で何かを言わないときがすまない。「どうして」「なぜ」「おかしくない?」時間をあけて伝えたら相手がその発言を忘れてしまう、もしかすると言わなかったことになってしまう。瞬時に腹の底からぐっと湧き上がってくる感情を無視して、なかったことにして飲み込むなんて今は不可能だ。

でも、もうよくわからなくなってきた。たたかうことに疲れてきた。そして自意識や自信を喪失し始める。いったいここで何を学んできたというのだろう。覚悟があったのではなかったか。わたしがこのままフランス語を少しずつ忘れていくとして、海外留学の経験も過去の楽しかったひとつの記憶として脳の引き出しのひとつにしまわれるとしたら。

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過去があまりにも大切すぎて執着していることは十分に理解している。それでも大好きな友人たちと話ができなくなったとき、この社会に単なる訪問者として訪れるようになったとき、わたしは自分の気持ちをどのようにして維持できるのか、その方法が今はまったくわからない。

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