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僕は彼女に敵わない

「秘境の地で探検隊になる日ね!」

彼女とのデートにはいつも「テーマ」が付いてきた。付き合って初めの頃、「今日は中華ね」と前々日にLINEが来たので、単純に中華料理を食べに行くのだと思った。待ち合わせ場所に着くと彼女は既にそこに居て、そこに居た彼女は、チャイナ服を模したセットアップのようなものを着ていた。元より僕には勿体ないくらいの美貌を持つ彼女はそれを見事に着こなし、すっかり見惚れて突っ立ってしまっていた僕を見つけて、「なんで普通の服で来るの!」と半分本気で怒った。その後はもちろん、というか内容は想像以上だったが、横浜の公園で太極拳の体験レッスンに参加し、中華街で小籠包と担担麺を食べるという中華コースのデートをした。

「今日は本の虫になりましょう」と言われた日には、神保町で待ち合わせをして互いに本を買い合った。僕は真面目に彼女が好きそうな本を選んだはずなのに、彼女はすぐに読み飽きてしまったようで結局カレーを食べに行った。今日はたくさん本を読むんじゃないの?と大きな口でカレーを頬張る彼女に尋ねると、
「でもこのお店で太宰治もカレーを食べたらしいよ!立派な作家さんと同じことをするのも1つの楽しみ方だと思わない?」
と言った。あとで聞いたが、これはその場でついた咄嗟の嘘だったらしい。

おうちディズニーランドとかおうちキャンプとか、そんな小さいものから大きなものまで、毎回少しのサプライズが含まれているのが楽しかった。「毎回面倒じゃないの?」と聞くと「私は飽き性だから、自分でサプライズを作らないと人生ごと飽きちゃうの」と言われた。

元々は幼馴染なので、進学先の関係とかで何年か会っていなかった時期があったとはいえもう20年以上の付き合いだ。それでもその言葉を聞いて、僕もいつ飽きられるか分からないなと少し怖く感じた。

やりたいことが山ほどある彼女とのデートはとても楽しい。これまでのことをしみじみと思い返しながら僕はブラウンのシャツを羽織る。探検隊と聞いて絞り出せるイメージは、茶色か迷彩服かの2択だ。あいにく迷彩は持っていないし持っていたとしても僕には似合わない。

今日の目的地は奥多摩だ。西多摩郡までは行かないものの、八王子に住んだことのある僕にとって奥多摩は自然の綺麗な場所ではあるけれど「秘境の地」までは思えなかったが、行ったことの無い彼女にとっては十分「秘境の地」だそうだ。自分が暮らしていた辺りの地を田舎だ、と言われているような気がして腑に落ちない気持ちもありつつ、けれど今日は別の目的でかなりテンションが上がっているのでそんなところには目を瞑っている。

「お待たせ!」
初めてとは思えないほど、バイクに跨る姿はなかなか様になっていた。
「秘境の地で探検隊になる日ね、ツーリングデートで!」と言われた僕は、彼女の思惑通り目を真ん丸にしてしまった。僕はバイクに乗るのが好きで、数少ない趣味の1つだった。話の流れで、いつか好きな人とツーリングデートをしてみたい、とポロっと口に出したことを覚えていたらしい。たったそれだけでバイクの免許を取る彼女の行動力に驚いたけど、彼女の中で僕といる未来が約束されているかのような気がして嬉しくなった。色んな意味を含めて僕は笑ってしまった。

やりたいことが山ほどある彼女だけど、僕のやりたいことにもノリノリで応えてくれるところが僕は好きだ。好きだし、尊敬している。自我は強いけれど相手の気持ちも尊重できる、そんなところが好きだ。彼女の行く道はいつだって明るい。今だって、行き先が分かっているか分からないのに僕より前を走っているその姿は、とても明るい。案の定迷彩柄も良く着こなす彼女に、僕はまだまだ恋をする。

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