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大木芙沙子『かわいいハミー』内での「役に立つ」「幸せ」の解釈と「博士の発言毒親じゃない?」問題

 先日、バゴプラさん掲載のネット小説、大木芙沙子さん「かわいいハミー」を扱った読書会(ブンゲイ実況)を行いました。

「かわいいハミー」はロボットの主人公が博士の手を離れ様々な出会いと別れを繰り返しながら成長(?)していく物語です。作品は以下のリンク先で無料で読めるので是非読んでみてください。本記事にはネタバレを含むので、先に!

さて、実況後、匿名視聴者の方から、以下のような質問が寄せられました。

関連して「博士(=親)の遺言が「人と関わってみたらいい、そしていろんな体験をしたみたらいい」だったら、この問いは出なかったと思う。」といった意見が出ました。これは確かに考察しがいのあるテーマだと思います。実況中では(尺の問題もあり)十分に取り扱えなかったので、実況後に考えたことをまとめて記事にしてみます。

「役に立つ」ことについて

最初、冒頭を読んだときには確かに「人の役に立つこと」のところに引っ掛かりがあったんですよね。それが読み進めていくうちに次第に後ろに潜っていった感じがしました。それがどうしてかを考えてみます。

「役に立つ」とは何か考えてしまいます。最初、頑張りすぎてやっかみを生む箇所では「役に立つ=仕事を持つ」ように描かれているし、花屋では長所を生かす描写があります。男との交流は「居ることが救いになる」という点が強調されている。また大きな出来事(やっかみや病気や嵐)の前では無力で、人のために行動したとて万人を幸せにはし得ないことも描かれます。本作において「役に立つ」ことはとても多義的で均整がとれています。
そのため、“博士の意図がどうであれ”、ハミーは“結果的に”「人と関わってみたらいい、そしていろんな体験をしたみたらいい」というところに届く。本作の感想で「役に立て」といった命令の問題点があまり取りざたされないのは、そういった構成がかかわっているようにも思います。

「ハートのリセット」について。

主人が変わるとハートの記憶がリセットされるという仕組みが果たして失敗だったのかについても考えさせられます。「記憶」の領域に「感情的な何か」がたまることを博士は本気で信じていたのか。
主人が変わるごとにリセットすることは、読み返してみると、単なる仕組みを越えてとても儀礼的な行為です。かなり善意的な読みになりますが、これは博士がハミーに与えたおまじないというか処世術のようなもの(で実際の動作は期待していなかった)とも読めそうです。

研究所に戻って最初に咲いた花はムギワラギクで、花言葉は「永遠の記憶」「思い出」など「記憶の連続性」にかかわるものが目立ちます。ここは狙っての選択でしょう。だから作者は本作中における記憶と経験を、連続性のあるものとして書いたはずです。
ラストには映画という形で、編集と願望の混じったハミーの「記録」が、(これはもう記憶と呼んで差し支えないのでは?)といった雰囲気で描かれます。この描写に至らしめたのが「人の役に立った」成功体験ではない、というところが素敵ポイント高いです。

以上より、博士本人の発言意図はさておき、作者の意図としては「役に立つこと」は切っ掛けにこそなれど、後半の感情獲得的な描写に直結はしていないと考えられます。

博士の発言にまつわる2つの読み

博士の発言の独善性、束縛性について検討するにあたり、上記の発言描写を作者がどの程度意図したのかを検討します。ここまで展開した読みをするならば切っ掛け程度の描写にとどまる一方で、意図して描かれたのなら本作は「毒親からの自立」的な作品としても解釈できるかもしれません。
冒頭描写において「人の役に立つこと」と博士は直接発言しておらず、過去どんな文脈で交わされた言葉なのかはぼやかされています(一方で「復唱させる」行為自体がある種暴力性をはらんでいるとも取れます)。
一方「幸せになるんだよ」という言葉は最期の言葉として描かれ、文末にてリフレインされます。重要視されているのはこちらの方で、そこに束縛的な他意は存在しない……というのが善意的な読みです。

一方でラスト、ハミーは「博士の最高傑作がみんなの役に立ったこと」と空想していて、やはり言葉の呪縛から解き放たれていないのでは、とも読めます。直後に「だから博士はずっと死なない」とくるのもそれを示唆しているようです。
この読みをしていくと、最終行にて再び登場する「幸せになるんだよ」といった言葉も、呪いの様相を呈してくると思います……と言うのが邪悪読みです。

双方の読み共に弱点は存在します。前者においては、ラストのリフレインの必然性が弱まり、エモーショナルな着地以上の意味を取りづらくなります。
後者においては作品中盤の展開が後景化してしまい、「束縛」をテーマに据えるには作品全体の向きが違うようにも思います。このあたりの取り方について、読んだ方々とまたお話しできればなと思います。

まとめ

とても面白い作品なのでみんな読も!

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