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小説

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その場で読めるショートショート作品の集積所です。
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#ショートショート

バス停山

 ガタンとも言わずに車体は揺れた。運転席のちょうど背中にある〈急停車に注意〉の表示が点灯した。ブーとブザー音が鳴って、前側の扉が開く。一番後ろの席がいいとはしゃいだ悠も、今は目を瞑って窓にもたれかかっている。窓の、悠の頭の当たった所だけが、うっすらと白く曇る。運転手が後ろを向く。 「降りる人おられませんね。いいんですね」  声にいら立ちが混じっていた。三回目ともなると仕方がない。駅前行きのバスは先ほどから、降りる客もいないのに降車ボタンを押され、その都度律儀に停まり続けて

十円

●2022年BFC(ブンゲイファイトクラブ)4 一回戦の出場作品です。

袖を引く石

 波に生える煙突を見に岬を訪れた。何でも海没した炭鉱施設の遺構らしい。煙突と言うには短く、寸胴の筒といった印象を受ける。筒は大きいのと小さいのの二つがあって、所在なく揺れる波の中で一寸も動かず立ち続けている。  岬は名を黒崎と言って、なるほど岩や砂の所々が深く黒ずんでいた。触れようと指を寄せると、砂は自ずと這い寄ってくる。驚いて目を凝らすが、砂は砂のままである。 「ここらのもんじゃないな」  声がしたので顔を上げると、老人が一人立っている。かなりの高齢だが背は高く体格も

 早朝の教室にはありさ一人がいて、ちょうど花瓶の水を換えているところだった。私はそれを気に留めず、一言「おはよう」と声をかけた。ありさは「今日は早いんね。朝練?」と涼やかに笑って自分の席についた。それきり二人の会話は途切れてしまった。窓はひとつだけ開いていて、ちいさい風がちょっと吹く。百合の甘い香りが教室を通り過ぎていく。それが一通り吹き去ってしまうのを待ってから、教室を飛び出した。朝練の準備を始めるにはまだ早い時間だ。でも、そのまま教室に居座っていても、手持ち無沙汰があるだ

ぽんぽこあわもち

「名物の『ぽんぽこあわもち』です」  大きな一枚板の座卓の真ん中に、小皿が置かれていた。 「まあ、食べてみんさい」  小皿には包装紙に包まれた餅だか饅頭だかが二つだけ乗っている。私はその一つ、紅と白があるうちの紅色の方を手に取って開く。中から黄金色の、潰れた形の餅が顔を出す。 「これ、去年出来たばっかりの新名物なんです。新名物って言っても、文献を調査してね、古い名物を再現したんですわ。芋の一種を餡に使って、それを厩肥で包んで焼くんです。狸の伝説があったらしいんで、ぽんぽこあわ

 広場の中央にそびえる時計台が十八時の鐘を鳴らし始めたその瞬間、男は礼服を翻してカフェのテラスに降り立った。そのたたずまいや、病的なまでに白い肌は死神のそれを思わせた。彼は込み合ったテラスの喧騒からただ一人、私だけを鋳抜いて真っすぐに歩み寄った。 「斎藤様でいらっしゃいますか」  突然名前を呼ばれたものだから驚いて、持っていた雑誌を落としてしまった。 「どちらさんですか」 「三年と十一か月前にご登録いただいておりました、斎藤様でいらっしゃいますね」  死神はもう一度私の名前を

いたことだけはおぼえてて

🌼第十一回六枚道場の参加作品です🚗  クリスマスのぬくい幸せと、お正月のひやっこい幸せ、二つの幸せが過ぎて、ちょうど休みにも飽きて来た頃に事故は起こった。  お母さんは、コピーを重ねて文字のつぶれた連絡網を書類棚から引っ張り出して、ちょっと深刻そうな声で電話のリレーを続けた。僕は何か平時とは違う雰囲気を察して、わざとお母さんの視界に入ると、視線を合わせるでもなくじっとしていた。やがて受話器が置かれて、目は音もなく僕に向いた。 「二組のチエちゃんって知ってる?」 「佐原チエ

バルブを閉めるだけ

●第十回六枚道場の参加作品です。  職業体験とかいわれても、べつに将来とか決まってないし、いや将来の夢がないわけじゃなかったんだけど、だからってそれに向かってなんかするとかの段階じゃないと言うか、ぶっちゃけ行き先の選択肢の中に魅力的なのがなかったんよ。ほら、うちって非力やけん力仕事とか嫌やし? アホやけん勉強できんでから頭ええヤツに混じって新聞の取材とかやるんも劣等感ってか、じゃあ美術館とか行って、なんかノートの端に漫画のキャラ描いとる陰キャに混じんのもつまらんし?  そや

増殖拡散するアビーロード

「ええか、うちからいっちゃん近いコンビニよ。コンビニがな、あんた、せぶんえぶんな。せぶんえぶんがある道よ。あの、歩道んない道な。えっと工事進まんでからな。あんた、聞いとるか」「聞いてますよ」「そこ曲がって、もう真っすぐよ、まっすぐ  そうランニングの道じゃったそちゃ。ランニングでの、聞いとらんじゃろ」「聞いてます」「いいや、あんた聞いちょらん。何じゃそら、それよ、弄っとるんは    スマっスマホか。年長者が話しちょるんぞ」「仕事ですので」「もうええわ、あんた、あんたな、想像し

渚の子どもたち

学校が統廃合する話です。