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推し活、それは生きる「背骨」かエネルギーか ~連載・時代のしるしから

 アイドルや俳優を熱狂的に応援する「し活」が熱い。かつてはオタクといわれる人々の領域だった活動が日常生活の一部と化し、インスタグラムやツイッターを通じた交流も広がっています。新型コロナウイルス禍も3年目。前向きな気持ちを取り戻したり、視野を広げられたり。そんな推し活に注ぐ人々のエネルギーは、ますます大きくなっているようです。(木原由維)

「楽しみ方は無限大」自宅で推しの誕生日会

 「もう以前の生活には戻れない」。広島市佐伯区の福田有希子さん(49)の推しは、韓国のヒップホップグループ「BTS」だ。テレビに映るパフォーマンスに心揺さぶられたのが1年余り前。関連サイトを次々とたどり、やがてグッズを買い求めるようになった。自宅に特製のマカロンを用意して、人知れず誕生日会を開いたことも。「楽しみ方は無限大」とにっこりとする。

移住や就職の後押しになることも

 推し活の対象はスポーツ選手やユーチューバーにも広がる。作曲家の世武裕子さんは約10年前にマツダスタジアム(南区)で横山竜士投手(当時)のプレーにくぎ付けとなった。思いは高まり、「カープの本拠地のそばで暮らしたい」と2021年7月、コロナ禍のせいもあり東京から広島に移住してきた。南区の綿貫由美さん(27)は、マンガやアニメ、ゲームなどを舞台化した「2・5次元」と呼ばれるジャンルで活躍する俳優推し。出合いは大学卒業後の進路に悩んでいた時期で、芸能プロダクションの道を選ぶ決意につながった。

 「人類にとって『推し』とは何なのか、イケメン俳優オタクの僕が本気出して考えてみた」を著したライター横川良明さん(38)によると、推しとは「推しメン」、つまり「推したいメンバー」の略語。アイドルグループAKB48の台頭で、2010年ごろから認知が広がってきたという。作家宇佐見りんさんの昨年の芥川賞受賞作「推し、燃ゆ」は、応援するアイドルを自身の「背骨」として生きる高校生を描き話題になった。

オタクの印象 よりポジティブに

 かつてアニメやアイドルに熱狂するオタクには日陰の印象が付きまとっていたが、「価値観の多様化でポジティブなイメージに変わってきた」と横川さん。ネット情報の充実で自分好みの材料を見つけやすくなり、対象も拡大。ネットを介した愛好者同士のコミュニティーも広がり、推し活の盛り上がりを後押しする。

底なし沼に注意

 推しに深入りし過ぎることを、推し活では「沼に落ちる」と表現する。時にそれは、底なし沼にもなるようだ。

 漫画家の竹内佐千子さん(39)が沼に落ちたのは、11年の東日本大震災後だった。2・5次元俳優らの公演に通うために1週間単位で家を空け、プレゼントの出費には糸目をつけなくなった。推し中心の生活は体調を崩しただけでなく家計にも深刻な影響を与えた。震災時の恐怖心が沼落ちの引き金になったと、エッセー漫画「沼の中で不惑を迎えます。」で明かしている。

 在宅勤務や外出自粛を強いられる環境も、底なし沼を招きやすいといえる。ネットにあふれる推しのコンテンツに、自宅にいながら際限なく触れられる。その愉悦に浸るのは推し活の楽しみの一つだが、「恐怖やストレスを推し活で修復しようとするのは危険」と竹内さん。推し活に明確なルールはない。依存症のようにならないために「制限時間を設けるなど自分を律する必要がある」と語る。

ジェーン・スーさんの「マイルール」

 作家でコラムニストのジェーン・スーさん(48)がエッセー本「ひとまず上出来」に書いた推し活の「マイルール」は、ネット上で話題になり、推しを持つ人たちの共感を呼んだ。そのルールとは推しの名前を決して明かさないこと。ラジオでも雑誌でも言及はしない。推しに注ぐ熱意は十人十色であり、ちょっとした発言や行為がいさかいを招きかねない。「自分が推す誰かは他の人にとっても特別な存在かもしれない」と認め合う寛容さがあれば、周囲に振り回されずに身の丈に合った活動を続けられるという。

 スーさんのエッセーは、推し活への慈しみに満ちている。「大なり小なり、誰もが心に重しを抱えて生きている。それを軽くできるのは自分だけだが、推しやエンターテインメントの存在がなければ、私にその力は湧いてこない」。職場でも家庭でもない場所で、好きな対象を思い切り応援すれば、そのエネルギーは自分にも返ってくる。苦境を前向きに生き抜くための推し活熱は当分収まりそうにない。