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記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
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憂国のモリアーティが引用した映画リスト|ネタバレ有り


【注意】
この記事は憂国のモリアーティ既刊14巻、『SHERLOCK/シャーロック』シリーズ、
『カジノ・ロワイヤル』『スカイフォール』『ダークナイト トリロジー』『バットマンvsスーパーマン:ジャスティスの誕生』の重大なネタバレを含みます。

 この記事では憂国のモリアーティが映画から影響を受けたと思われるアイテム、フレーズ、キャラクターデザイン、シーン、シークエンス(連続したひとまとまりのシーン)、コンセプト、テーマ、シナリオ、クリシェ(映画おきまりネタ)をまとめていく。

SHERLOCK

 『SHERLOCK』はBBC製作のテレビドラマ。アーサー・コナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズを原作として現代が舞台になっている。

 AmazonPrimeVideoでの配信は『忌まわしき花嫁』のみ。シーズン1からシーズン4はNetflixで配信中(2021年8月現在)。

服装(6巻#23)

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 ツーピースにタイなし、襟を開けたシャツのスタイルをB・カンバーバッチが演じるシャーロックから継承している。


221Bのドア脇には髑髏の絵(5巻#17)

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 この絵は現代を舞台とする『SHERLOCK』の時代設定を原作と同じ19世紀に置きかえたIFの特別編『SHERLOCK 忌まわしき花嫁』で221Bのドア脇に飾られている(実は髑髏に見えるトリックアートで、描かれているのは向かい合って座る二人の女たち)。

 『SHERLOCK』『SHERLOCK 忌まわしき花嫁』に続いてこの漫画でも221Bのドアをくぐった側から髑髏の絵が目に入るので、うっかりすると準レギュラーとして数えてしまいたくなる。


時には話し相手に髑髏を含める(10巻#39)

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 『ピンク色の研究』にて、シャーロックはジョンとシェアメイトになった当日に骸骨を友達と紹介する。

ジョン「なぜ僕に話した?」
シャーロック「いつもは骸骨に」
ジョン「僕は骸骨の代役か」
シャーロック「よく務めてる」――SHERLOCK シーズン1エピソード1 ピンク色の研究

 憂国のモリアーティのシャーロックも部屋に誰もいないと髑髏に話しかけたりもするよう(10巻#39)。
 どちらのシャーロックも髑髏に並々ならぬ思い入れがあるらしい。


『ピンク色の研究』と『シャーロック・ホームズの研究』の真相(3巻#9)

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ジェフ「金にならない商売だ」
シャーロック「連続殺人も」
ジェフ「スポンサーがいる。殺しの報酬は子どもに行く」――SHERLOCK シーズン1エピソード1 ピンク色の研究 

 事件の黒幕がモリアーティだったり、シャーロックが謎を求めて殺人犯の運転する車両に乗り込んだりするスリリングな展開は『ピンク色の研究』が初出。

『ピンク色の研究』:シャーロックは運転手が殺人犯だとわかっていてタクシーに乗り込む。真相を知るためだ。実はこの殺人犯にはスポンサーがいた。それはモリアーティだった。

『シャーロック・ホームズの研究』:シャーロックは御者ホープが殺人犯だと確信して辻馬車に乗っている。それは事件の黒幕を知るため。
 ホープに殺人計画を授けた人物は別にいて、ホープは最後まで口を割らなかったがその正体はモリアーティだった(3巻#9)。

✒原案『緋色の研究』との対比
・事件の黒幕として存在するモリアーティや、殺人犯の運転する辻馬車に乗るというスリリングな冒険はパスティーシュ独自の展開
・ジョンが歩行に杖を要する後遺症が心因性という設定も独自の、『ピンク色の研究』由来のものだが、マイクロフトだけがシャーロックが気づかなかったジョンの心因性の後遺症を見抜くという経緯があり、この点においては『シャーロック・ホームズの研究』のシャーロックは『ピンク色の研究』のシャーロックより洞察力が優れている。


Obvious 「明らかだ」
 Obviously「明らかに」も合わせるとシャーロックはこの単語をやたらと使うのでファンの間でネットミーム化していたり、Pinterestでまとめられたりしているほど。

 アニメ憂国のモリアーティではシャーロックのセリフ「明らかじゃん」の英訳にObviousが当てられている。

「よく見れば明らかじゃん」"If you look closely, it's obvious"――アニメ憂国のモリアーティ#08 シャーロック・ホームズの研究 第一幕
「明らかじゃん」”Isn't that obvious?”――アニメ憂国のモリアーティ#11 二人の探偵 第二幕


マイクロフトは軍情報部の高官(2巻#4)

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 マイクロフトはたびたびシャーロックに軍の機密に関わる依頼をしていることから所属はあいまいだけども軍情報部の高官ではないかと初期から言われていて、最重要機密とされる「007便 ボンドエアー」作戦に関わっていたことからMI6の高官説が濃厚になり、『S3E3 最後の誓い』でMI6に所属していることが正式に明かされている。


自ら”あの女”と名乗る高級娼婦(5巻#17)

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マイクロフト「彼女の仕事は”快楽としてのお仕置き。” 特殊な嗜好の人々が客となる。彼女のサイトの画像だ」――SHERLOCK シーズン2エピソード1 ベルグレーヴィアの醜聞

 『ベルグレーヴィアの醜聞』に登場するアイリーン・アドラーの職業は過激にも、SMの女王様。バイセクシャルという設定で、王女のスキャンダラスな写真を握っていた。自ら”あの女”と名乗り、3枚目の画像にある赤い文字”The Woman”とWEBサイトの名前にもしている。

 原案『ボヘミアの醜聞』ではホームズに”あの女”と呼ばれ一目置かれていたアドラーが、『大英帝国の醜聞』では自ら”あの女”と名乗り世間に一目置かせる実力を誇示しているという改変はここから来ている。


反目し合う兄弟(6巻#23)

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 コナン・ドイルの原作ではホームズにより語られる兄の話でワトソンがマイクロフトの人となりを知るのに対し、シャーロックが兄に反発する設定は、マイクロフトのスリムなビジュアルと同じく、ビリー・ワイルダー監督によるアメリカ映画『シャーロック・ホームズの冒険(1970)』発祥。

 『SHERLOCK』のマイクロフトが221Bに来ると、兄弟でジョンがガールフレンドの家で使った寝具を当てたり依頼人が置いて行った帽子から人柄を分析したりして、事あるごとに推理力に優劣をつけようとするのはこの映画の影響。
 憂国のモリアーティのホームズ兄弟の間柄では、このライバル関係の部分がさらに強調されている。

 さらに『ベルグレーヴィアの醜聞』ではジョンが兄弟の橋渡し役として時には板挟みになっている節があり、近くのカフェに来たマイクロフトからシャーロックへのアイリーンの死の伝言役にされる展開は『大英帝国の醜聞』にも取り入れられている。


”悪い継母”クリシェ(1巻#1)

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 モリアーティ夫人は主人公たち養子兄弟に意地悪で、グリム童話や古いディズニー映画あるあるな"悪い継母"そのものの存在。最後は童話の悪い魔女のように火あぶりにされる。

 このおとぎ話調の要素は『SHERLOCK』のジム・モリアーティからインスピレーションを受けているようにも取れて、『緋色の瞳』の養子兄弟にもひそかにジム・モリアーティのキャラ像が受け継がれているのでは?と思われるエピソードだ。

「もし邪魔し続けるなら、火あぶりだ。火責めにして、心臓をえぐり出す」――SHERLOCK シーズン1エピソード3 大いなるゲーム

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 ジム・モリアーティは童話の魔女狩りシチュエーションよろしく「火あぶりだ」と言ったり、『ライヘンバッハ・ヒーロー』ではグリム童話集を謎解きのヒントにしたりして、やたらとおとぎ話をモチーフにしたがる悪役。『ヘンゼルとグレーテル』をベースにして事件を起こしたことさえある。


ミルヴァートンのキャラクターデザインと策略 Part 1/3
▼221Bに来ておしっこで愚弄する(12巻#44)

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『最後の誓い』:恐喝王チャールズ・アウグストゥス・マグヌセンは護衛付きで221Bに来て、開口一番「私のオフィス」宣言をかまし、暖炉でおしっこ。ショッキングな挙動を見せつけてくる。

『犯人は二人』:ミルヴァートンは護衛付きで221Bに来て「私のオフィス」宣言。秘書を使っておしっこで愚弄した。


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 ミルヴァートンは「ロンドンの全てを知っている」とも発言。この世界の脅迫王は大体マグヌセンと同じスペックを持っているらしいが、読み方によっては伏線にもなる。


▼メアリー脅迫(11巻#43)と動機(12巻#47)

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『最後の誓い』:マグヌセンはメアリー・モースタンの後ろ暗い過去を握り、脅迫する。その狙いはシャーロックを呼び寄せることだった。

『犯人は二人』:貴族院をクライアントとするミルヴァートンによるメアリー脅迫(11巻#43)の狙いは謎だったが、真の目的はシャーロックを呼び寄せて犯罪卿を捕まえさせることだった。


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『最後の誓い』:マグヌセンの見立てでは、メアリーは夫ジョンの弱み。ジョンはシャーロックの弱みで、シャーロックはマイクロフトの弱み。本当の目的はマイクロフトの弱みを握ることだった。

『犯人は二人』:ミルヴァートンは犯罪卿の身柄と引き換えに英国政府と取引する予定だった(12巻#47)。


三すくみのシーンと射殺シーンの合成(12巻#46,47)

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『最後の誓い』での三すくみ:マグヌセンに弱みを握られた依頼人から相談を受け、シャーロックはマグヌセンのペントハウスに忍び込む。そこにはマグヌセンを銃殺しようとしている暗殺者の姿が。それはジョンの妻メアリーだった。
『最後の誓い』での射殺:もう一つは『最後の誓い』クライマックスでシャーロックの打つ手がなくなり、マグヌセンを射殺したシーン。

『犯人は二人』:二つのシーンを合成し、メアリーの立ち位置がウィリアムに置きかえられている(12巻#46)。


 結末だけを見れば『SHERLOCK』と同じく脅迫王はシャーロックに射殺されている(12巻#47)が、直前と直後のシャーロックの発言はおそらく伏線だ。ウィリアムがメアリーの位置で立っているのは唐突な出来事ではなく、序盤からウィリアムの設定が『SHERLOCK』のメアリーと酷似していることにも注目したい。


シャーロック・ホームズ

『シャーロック・ホームズ』はアーサー・コナン・ドイルによる同名のシリーズ小説を元にした、ガイ・リッチー監督による2009年の実写映画。

建設中のタワーブリッジ(14巻#54,55)

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 『最後の事件』でウィリアムがシャーロックとの対決に選んだ場は、映画でホームズとアイリーンが悪役と闘った建設中のタワーブリッジ。


シャーロック・ホームズ シャドウ・ゲーム

『シャーロック・ホームズ』の続編映画。

ウェビングマップ(14巻#51)

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 モリアーティのプロファイリングに赤い糸でウェビングマップを作るのはどちらのホームズも同じ。


ホームズ兄弟の愛称(5巻#17)

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 『シャドウ・ゲーム』の二人の兄弟仲は正典準拠。二人が互いを「シャーリー」「マイキー」と呼ぶこの場面から、『大英帝国の醜聞』で初登場した愛称が受け継がれている。


モリアーティ教授の講義に潜り込むホームズ(8巻#31)

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 敵情視察のためモリアーティ教授の講義に潜り込むホームズが、『一人の学生』でシャーロックがダラム大学に来る展開に取り入れられている模様。


鳩と戯れるモリアーティ(14巻#56)

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 『シャドウ・ゲーム』のモリアーティ教授には鳩の餌やりの習慣がある。

 『最後の事件』の鳩のシーンは、MI6のMとしての活動や貴族としての振る舞いが印象的なアルバートの数少ないモリアーティ的なシーンとして取り入れられたのかも。


スパイ映画

”地下の秘密基地”クリシェ(4巻#12)

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 作中でモランがマネーペニーに案内されたQのラボは『スペクター』のQのラボと同じだけど、巧妙に隠された非現実的なロケーションを秘密基地にするのは古くからあるスパイ映画ネタ。


”オペラハウスで秘密工作する秘密結社”クリシェ(2巻#6)

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 『慰めの報酬』の秘密結社クォンタム、『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』の秘密結社シンジケート、『シャーロック・ホームズ シャドウ・ゲーム』のモリアーティ教授まで、映画の秘密結社は組織犯罪の舞台をオペラハウスにしたがる傾向があり、犯罪卿も『ノアティック号事件』で秘密工作の場にオペラハウスを選び、エンダースを罠にかけている。


キングスマン

2014年のスパイ映画。

サヴィル・ロウのテーラー(4巻#12)

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 Qの工房の一角にあるサヴィル・ロウのテーラーと見まがう服飾品は、表向きサヴィル・ロウの高級テーラーでその実情は国際諜報機関という設定の『キングスマン』からの引用に見える。


ミッション:インポッシブル

 トム・クルーズ主演のイーサン・ハントを主人公としたスパイアクション映画。

変装マスク(3巻#8)

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 フレッドの変装用マスクは、ミッション:インポッシブルでエージェントが被っているマスクとよく似ている。


導火線(8巻#28)

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画像引用(上):ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル ©2011 PARAMOUNT PICTURES. All Rights Reserved.

 『ホワイトチャペルの亡霊』でジャック・ザ・リッパー一味を一掃するシーンにて、ミッション:インポッシブルお決まりの導火線が登場している。


ジェームズ・ボンドシリーズ

 イアン・フレミング原作の同名のキャラクターを元にした小説および映画シリーズ。

M(4巻#12)

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 MI6の司令官のコードネームM。初代よりMの本名の頭文字でもある。

 ボンドシリーズを踏襲して、『伯爵子弟誘拐事件』にて委任されたMもMoriartyの頭文字を由来としている。


Q(4巻#12)

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 Quartermaster=武器開発係の頭文字から取られたコードネーム。
 ベン・ウィショー演じる『スカイフォール』のQはビジュアルとオタク受けするオタク設定からたちまちTumblrで人気になり、次回作『スペクター』で出番が増えた。

Q「無傷なのはハンドルだけ。ひとつの物として返してくださいと言ったと思いますよ、ひとつのピースを返してくれでなく」――ボンドにぼろぼろに壊された車について、スペクター

 フォン・ヘルダーもボンド映画のQと同じく装備品の安否にこだわっている節がある。


マネーペニー(4巻#12)

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 Mの秘書としての働きがメインの脇役ながら、『スカイフォール』ではパーティードレスを着てボンドの潜入任務をサポートしたり、エージェントらしい銃さばきを見せたりすることもある。そんなマネーペニーは『スカイフォール』序盤でボンドの肩を誤射してしまい、動く標的に当てるのは苦手という弱点もある。

 原作や旧作映画でデスクワーク専業だった旧来のマネーペニーとは一線を画した『スカイフォール』の新しいマネーペニーのキャラ付けは、『黄金の軍隊を持つ男』のマネーペニーに受け継がれているようで、ユニバーサル貿易社での秘書姿から工作員に早変わりすると、高い戦闘能力とスパイとしての活躍を見せてくれる。


アレック・トレヴェルヤン(4巻#13)と諜報員のコードネーム(4巻#14)

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 モラン大佐がMI6のエージェントとして活動する際の偽名は、ピアース・ブロスナン主演の1995年の映画『ゴールデンアイ』でボンドと同じMI6の00部門に所属していた設定の悪役、エージェント006の名前アレック・トレヴェルヤン。
 『黄金の軍隊を持つ男』の英題は『The Man with the Golden Army』。イアン・フレミングのボンドシリーズとロジャー・ムーア主演のボンド映画のタイトル『黄金銃を持つ男(The Man with the Golden Gun)』のもじり。


車(8巻#29)

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 原作のボンドカーといえばアストンマーティン。
 19世紀には存在しないので、『スコットランドヤード狂騒曲』には『シャーロック・ホームズ シャドウ・ゲームでホームズが運転していたものによく似た自動車が登場。『スコットランドヤード狂騒曲』のボンドも、『スペクター』のボンドと同じく勝手に車を持ち出して乗り回している。


銃(8巻#29)

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 『スカイフォール』でQに手渡されたワルサーPPK/Sは原作からボンドの標準装備。

 これも19世紀には存在しないので『スコットランドヤード狂騒曲』のはよく似た別の銃。


「ボンド、ジェームズ・ボンド」(6巻#23)

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 ボンド映画に毎回登場する決め台詞。『スカイフォール』では敵組織の構成員でもあるボンドガール、セヴリンに名乗っている。


「ステアせずにシェーク」(8巻#29)

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 ボンド映画の決め台詞その2。あいにく、『スペクター』のクリニック内設のバーではアルコールが提供されなかった。


カクテルのネーミング(8巻#29)

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ボンド「”ヴェスパー”と名付けよう」
ヴェスパー「後味が苦いから?」
ボンド「いいや。一度味を知ると、他のものは飲めない」――カジノ・ロワイヤル

 ヴェスパー・マティーニは、イアン・フレミングが考案し小説で登場させたカクテル。
 『カジノ・ロワイヤル』でボンドはヒロインの名前ヴェスパー・リンドにちなみ自作のマティーニを”ヴェスパー”と名付けている。

 『スコットランドヤード狂騒曲』でボンドは同じように、隣のザック・パターソンから取ってカクテルに名付けた。


カジノ・ロワイヤル

 イアン・フレミングの小説を原作とする2006年の映画。ジェームズ・ボンド役としてダニエル・クレイグが演じた初の作品であり、シリーズ初の「金髪のボンド」でもある。

食堂車で二人は向かい合う(2巻#5,4巻#15)

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 ボンドとヴェスパーはモンテネグロ行の食堂車で出会い、この二人は初対面でいきなり互いを分析する。ボンドに対してヴェスパーは塩対応。めっちゃギスギスしている。

 『ノアティック号事件』と『二人の探偵』へのストーリーの流れはこのシーンを分解したかのよう。
 シャーロックとウィリアムは初対面で互いを分析し、二回目に会う時には食堂車で向かい合った。

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 『カジノ・ロワイヤル』といえばボンドがヒロインといちゃつく悲劇のラブストーリーというイメージが根強いけど、実のところヴェスパーは始めからテロリストに組する悪役だった。冒険小説の主人公が悪役と心を通わせる悲劇のストーリーだから、ウィリアムとシャーロックにも当てはまるし、『SHERLOCK』のシャーロックとアイリーンにも同様のパロディめいたストーリーがある(後述)。

取れない血(13巻#50)

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 13巻に来てウィリアムが罪悪感で自分の手が血で染まって見えるというのは正直、とってつけた感があるとか思ってたけど、ボンドに見つかったヴェスパーと違って、手を洗っているウィリアムは一人。
 引用元を知っているとさらに悲劇度が上がって、そんな些細なことは気にならなくなる。


水上の構造物(14巻#55)

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 ヴェスパーもウィリアムも贖罪のために水中で死のうとするのがこのシーンの共通点。
 『カジノ・ロワイヤル』ほど派手ではないけれど、『最後の事件』でも構造物が倒壊している。


スカイフォール

 ジェームズ・ボンド役としてダニエル・クレイグが演じた三作目の作品。

フレンドリーファイア(14巻#55)

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画像引用(上):スカイフォール © 2012 Danjaq, LLC, United Artists Corporation, Columbia Pictures Industries, Inc. All rights reserved.

 ウィリアムはモランに足場を狙撃されて橋から転落し、ボンドはマネーペニーに川にかかる橋を走行中の列車の上で肩を狙撃されて転落する。
どちらも敵と格闘中の主人公がMI6に所属している仲間にフレンドリーファイアされて橋から川へ転落するという文脈は同じ。

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 『スカイフォール』のボンドはこの後、川に流されて滝に落ちると、水中にヴェスパーのシルエットを見ている。
 ヴェスパーは前々作『カジノ・ロワイヤル』で死んでいるので、このヴェスパーはボンドの夢か幻覚と解釈できるこのシーンは『カジノ・ロワイヤル』のヴェスパーの死とリンクして見えるように編集されている。

 『最後の事件』の狙撃から着水までの流れに見られる、『カジノ・ロワイヤル』のヴェスパーの死と『スカイフォール』でボンドが川に落ちるシークエンスの合成は、二つの映画の別々のシーンのつながりを意識した構図で描かれている。

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 実はシャーロックがたびたびダニエル・クレイグが演じるジェームズ・ボンドと被るのは『SHERLOCK』由来の演出でもある。
 ウィリアムとシャーロックのシーンにたびたび紛れ込む『カジノ・ロワイヤル』要素とは、多分「ボンド映画を引用している『SHERLOCK』からインスパイアされて『カジノ・ロワイヤル』から引用したシークエンス」。孫引き的なストーリーの成り立ちが背景にある。

 画像の通り、『SHERLOCK』のシャーロック・ホームズにジェームズ・ボンドを投影したシーンが存在する。
 『SHERLOCK ベルグレーヴィアの醜聞』で登場する飛行機の便名は『007便』。飛行機を用いた極秘作戦名は『ボンド・エア』。ボンドとヴェスパーの関係をシャーロックとアイリーンに置きかえたストーリーで、その『カジノ・ロワイヤル』的な展開は、MI6のMのようにシャーロックに任務を与えるマイクロフト、初対面で互いの性格を言い当てるシャーロックとアイリーン、相手の体のサイズを目で測る、相手の名前をパスコードにする、テロの標的になるものの未遂に終わる飛行機、そしてヒロインの死。
 **ネタバレ**:エンディングで死んだことになっているアイリーンはシャーロックに救出されていた。
 飛行機のタラップでシャーロックを出迎えるCIA職員のシーンは英国とCIAの協力関係を示す。ボンドとCIAのフェリックス・ライターのような友好的な会話はないけれど、これも『カジノ・ロワイヤル』の引用めいている。


ボンドと悪役間のセクハラ(7巻#24)

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シルヴァ「どんなことにも最初がある」
ボンド「最初ではないかも」
シルヴァ「…ボンド君」――スカイフォール

 『スカイフォール』の画期的な試みの一つがボンドをゲイにする悪役だ。もっと正確に言うなら”ボンドからバイセクシャルの可能性をほのめかす発言を引き出した”だけど。センセーショナルな話題に十分すぎるシーンなので、映画公開当時はボンドのゲイ疑惑が記事になった。

 『モリアーティ家の使用人たち』のボンドは女でも、男としてモランに迫っているから『スカイフォール』みたいにゲイっぽいこのシーン。
 情けなくもモランがびびっているのが笑えるけど、深読みすると興味深い共通点がある。

『スカイフォール』:悪役ラウル・シルヴァは元MI6のエージェントだから、ボンドと元MI6エージェントでもある悪役のシーン。

『モリアーティ家の使用人たち』:ボンドとこの先元MI6エージェントの悪役になるキャラのシーン。アレック・トレヴェルヤンは『ゴールデンアイ』でボンドたちMI6を裏切ったキャラであり、実はモランにアレック・トレヴェルヤンという偽名をつけた時から「彼はこの先はぐれエージェントになるキャラ」であるフラグが立っていた。


Mの交代(14巻#56)

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 シルヴァの策略で先代Mが亡くなり、エンディングで新たなMに交代した。悲しいけど『スカイフォール』は”世代交代”がテーマの映画なのだった。

 アルバートは生きて幽閉されているけど仲間内での狙撃に続いてエンディングにMの交代を持ってきたので『最後の事件』終盤は『スカイフォール』の要素が多くなっている。


ダークナイト トリロジー

ダークナイト トリロジーとは、アメリカのDCコミックス『バットマン』を原作とした、クリストファー・ノーラン監督による実写映画化作品三部作。

2010年代映画への「ダークナイト」効果とクロスオーバー
 「ダークナイト」効果:過去10年間にクリストファーノーランの影響を受けた15の大ヒット作という記事や他の記事が示す通り、『ダークナイト』に影響を受けた作品は多すぎる。
 この漫画に『ダークナイト』が引用された経緯を時系列順にストーリーにするなら、まず、『スカイフォール』が『ダークナイト』を引用した*1*2。

参考記事1:サム・メンデス監督、「ダークナイト」による「スカイフォール」への影響を認める
参考記事2:「ダークナイト」の脚本を「スカイフォール」に取り入れる10の方法

 次に、さっき『スカイフォール』の章で並べた屋上で主人公がホワイトホールを一望する全景を振り返ってみてほしい。
 そう、あのシーンを『スカイフォール』から引用するついでに、『スカイフォール』に込められた『ダークナイト』の要素も『SHERLOCK』は引用した。
 『ダークナイト』から『SHERLOCK シーズン3』に取り入れられたのは、ピエロ集団による銀行強盗のオープニング顔半分に火傷跡のあるキャラクター夜の暗いガラス張りのビルに侵入する主人公のシーン*3*4。

参考記事3:SHERLOCKのノーラン化
参考記事4:ピエロ、燃えるような三角関係、そしてジョーク―SHERLOCKと「ダークナイト」を巡る経緯とオマージュ

 ボンド映画と『ダークナイト』の要素を含む『SHERLOCK』のコンセプトを受け継ぎ、憂国のモリアーティはボンドシリーズの過去作や『ダークナイト』以後のバットマン映画(後述)にまで引用の間口を広げてクロスオーバーめいた展開に持ち込み、『アベンジャーズ』や『ジャスティス・リーグ』といった流行りのヒーロー映画に似た集合要素も組み込まれ、政府直属の極秘部隊を悪役で編成する展開は『ジャスティス・リーグ』と同じDCユニバース映画『スーサイド・スクワッド(2016)』とも共通していてまさに今風の作風。
 歴史あるホームズシリーズのパスティーシュと組み合わせてもバランスが取れていると感じるところに、半世紀以上続く長寿シリーズのキャラクターらしい、ボンドとバットマンの歴史に見合う世界観の広がりがうかがえる。


義賊の思想(2巻#5)

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ブルース「無関心な人々を動かすには衝撃的な何かが必要だ。僕が普通の人間として動いてもダメだが、シンボルなら…。人間を超えた存在になれたとしたら」
アルフレッド「たとえば?」
ブルース「なにか恐怖心を抱かせるもの」―バットマン・ビギンズ

 主人公ブルース・ウェインは一人の人間ではなく概念や象徴として市民の心を変えようとしている。その方法がバットマンになることだった。

 ウィリアムの犯罪卿としてのあり方には、バットマンに通ずる思想がある(2巻#5)。


死が人の心を動かす(6巻#23)

ブルース「ゴッサムの人々に犯罪のない街を見せたい」
アルフレッド「お父上は倒産覚悟で貧しい人々を救おうとされた。上流階級も街の浄化に立ち上がると信じて」
ブルース「結果は?」
アルフレッド「皮肉にも、ご両親の死で彼らは動き出しました」――バットマン・ビギンズ
市長のスピーチ「組織犯罪と闘った故デント氏のおかげで8年前ゴッサム・シティは平和な街に生まれ変わりました」――ダークナイト ライジング

 ブルース・ウェインは街を平穏に導くには救世主の死が効果的だと知っていた。
 アルフレッドが語った両親の死や、『ダークナイト』で巨悪と闘い、市民の英雄として死んだハーヴィー・デント検事の死で市民たちの心が動かされ、市民たちの手によってもたらされた平和を既に見ていたから。

 『ダークナイト ライジング』までの平和な8年間で警察の権力が強化され、貧富の格差によって生まれた不満を突いて悪役ベインは民衆に革命をけしかけ、街に恐怖政治を敷いた。
 こうして再び街が危機に陥った時、バットマンはベインを倒した後、再び市民たちの手で今度は偽りも格差もない真の平和をもたらすために、自らの死で事態を収束させることに決めている。

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 ウィリアムの計画は、自分たち犯罪卿が貴族と平民の共通の敵となって犯罪卿を倒すために貴族と平民が手を取り協力せざるを得なくなる状況に追い込み、貴族と平民の融和が叶えば自らの死で幕を引くというもの(6巻#23)で、二人を見比べると民意を動かす方法が同じ。


フランス革命の再現(6巻#23)
 『ダークナイト ライジング』はチャールズ・ディケンズの小説『二都物語』をベースにした作品。フランス革命との共通点が多いストーリーだと監督のクリストファー・ノーランが認めている。

”さらにノーラン監督は、「『二都物語』は僕にとって、フランス革命という時代に、れっきとした文明が小さな紙切れのように折りたたまれていってしまう様を痛切に描写したものだ。物事がどんどん悪い方向に進んでいく様子は、想像をはるかに超える」とコメントしており、どうやらそこに『ダークナイト ライジング』で描かれるゴッサム・シティの悲劇を重ね合わせたようだ。”――鯨岡孝子、『ダークナイト ライジング』はディケンズの「二都物語」にインスピレーション!クリストファー・ノーラン監督が告白!、シネマトゥデイ

 作中でゴッサム・シティを破壊しようとする悪役ベインによって引き起こされた恐怖政治を終わらせてゴッサム・シティを平和にするため、バットマンはベインを倒した後、市民たちに自らの死を見せる必要があった。
 バットマンは核爆弾と共に死んだことにして、エンディングでブルース・ウェインは異国の地で隠れて生きている。

 ウィリアムの計画、フランス革命を元に自らが恐怖の象徴となって死に、国に平和をもたらそうとするシナリオ(6巻#23)は、『ダークナイト ライジング』のストーリーの成り立ちにすごく似ていて、パリで起きた社会実験がロンドンで再現される展開は、フランス革命期のパリとロンドンを舞台にした『二都物語』を意識したものと思われる。

橋の全景(14巻#55)

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 『ダークナイト ライジング』クライマックスでバットマンは核爆弾を沖へ運んだ。市民たちは寸断された橋から水平線での核爆発を見てバットマンの死を知る。
 **ネタバレ**:実際は自動操縦への切り替えでバットマンは途中で脱出し、エンディングでアルフレッドと観客にブルース・ウェインの生存が明かされる。

 『最後の事件』で犯罪卿とホームズは市民の目前でタワーブリッジから落ち、静かな水面を見て市民たちは二人の死を知るこのシーンにも共通するのは、分かれている橋、主人公の計画的な死、水面を見つめてその象徴的な死を見届けた市民。


社交界の人気者(6巻#20)

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 ブルース・ウェインはバットマンであることを隠すために表向きは夜遊び好きの大富豪を装っている。

 社交界で女性に人気という共通点だけでなく、ブルース・ウェインの表の顔がアルバートのキャラクター造形に深く関わっているエピソードは他にもある。


仮面舞踏会で仲間に加わる人物と出会う(6巻#20)

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 『ダークナイト ライジング』でウェイン邸に忍び込んだ泥棒セリーナ・カイルはこの後テロリストと戦うバットマンの心強い味方になる。
 という流れには『大英帝国の醜聞』でアルバートと会ってアイリーン・アドラーが仲間に加わる展開(6巻#20)と共通のテーマがある。

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ブルース「業者が言ってた。この金庫なら絶対に盗まれないと」
セリーナ「あら、聞いてないけど」―ダークナイト ライジング

 『ダークナイト ライジング』で難攻不落の金庫からパールのネックレスを盗んだセリーナと同じく、『スコットランドヤード狂騒曲』でジェームズ・ボンドも高度な鍵開けスキルを持っていると発言(8巻#29)。


白々しい言動(2巻#4)

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ゴードン「ウェインさん? 勇敢な行動だ」
ブルース「信号無視が?」
ゴードン「あの車を守った」
ブルース「誰の車だ? …病院に行くべきかな?」
ゴードン「ニュースを見てないらしい」――ダークナイト

 『ダークナイト』で危うく殺されるところだった自社の顧問弁護士リースを、ブルースは交通事故を装って助ける。その後もみんなが知ってる市内の病院への爆破予告を知らないふりしたり、観客目線では何だか白々しい。

 アルバートも『伯爵子弟誘拐事件』で地下組織を壊滅させたのは偶然だと言い張ったり(2巻#4)、時々言動がわざとらしい。


”騎士”の後援者(10巻#37)

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『ダークナイト』:ブルースは表舞台で正々堂々と悪に立ち向かう検事、ハーヴィー・デントを彼こそが街に必要な正義だと認め、ウェイン産業会長としての伝手を使って支援することに決める。

『ロンドンの騎士』:アルバートはホワイトリーの平等化を推し進める志を認め、犯罪卿の存在意義を受け継ぐ存在になることも視野に入れて、貴族としてホワイトリーに接触し選挙法改正を支援しようとしている(10巻#37)


燃える館(14巻#53)

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 『最後の事件』でアルバートが館を焼くシーンには『バットマン・ビギンズ』のウェイン邸が燃えるシークエンスとの一致がある。


隠遁と幽閉(14巻#56)

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 『ダークナイト』で幼馴染のレイチェルを亡くしたブルース・ウェインはなんと『ダークナイト ライジング』までの8年間、自分と執事しかいない家でずっとふさぎ込んでいた。
 この期間中、”ハーヴィー・デントは英雄のまま死んだ”という嘘による平和が訪れ、バットマンが街に必要なくなったため自警活動を休止している。

 アルバートの幽閉も犯罪卿としての役目を終えたと判断したゆえの結論(14巻#56)であり、ウィリアムの死によるダメージが大きいのかもしれない。


執事の脇役(13巻#49)

「あなたには破滅の道しか見えていない。私が去ればきっと目が覚める。あなたはバットマンではない。別の人生がある。
(中略)
でもこれであなた様の命をお守りできるなら、本望です」――ダークナイト ライジング

 ウェイン邸の管理からバットマンのサポートまでを一手に引き受けるのが執事のアルフレッドだ。『バットマン・ビギンズ』『ダークナイト』でブルースはずっとバットマンだったので、ウェイン邸は極めて秘密主義。他の使用人の姿は見られず、万能執事っぷりがうかがえる。

 アルフレッドにとって幼少期から見守ってきたブルースは家族同然。『ダークナイト ライジング』では街を守るためには自らの死もいとわないブルースに生きてほしいと願っている。

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 犯罪卿としての自警活動上、モリアーティ邸も機密の塊。序盤はルイスとフレッドが使用人としての役割のほとんどを引き受けていた。
 フレッドは『最後の事件』で死に向かうウィリアムを説得し、ルイスもウィリアムを生かすためにフレッドとともに裏切りを決意している(13巻#49)。


警察官の仲間(8巻#30,9巻#35,10巻#37)

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「明日から昇進だ。断れんぞゴードン市警本部長!」――ダークナイト

 ジム・ゴードンは『バットマン・ビギンズ』からバットマンに協力するゴッサム市警の警察官。『ダークナイト』でもバットマンと”光の騎士”デントとの協同捜査で手柄を立て、本部長に昇進する。
 市民に”騎士”と支持されている検事ハーヴィー・デントとともにマフィア捜査に乗り出しているが、署内の汚職警官の扱いで揉めることもある。

 パターソンの主任警部への昇進(8巻#30)や、犯罪卿と”騎士”ホワイトリーとの協同捜査(9巻#35)、汚職警官を警戒するホワイトリーとの方針の食い違い(10巻#37)など、随所に『ダークナイト』からの引用がうかがえる。


研究開発者
 『ダークナイト トリロジー』作中には、バットマンのオーバーテクノロジーな装備を用意する研究開発者、ルーシャス・フォックスというキャラクターがいる。

 フォン・ヘルダーがボンド映画から引用したQの役割を担当しているのは知っての通りだけど、彼はMI6の職員でありながら犯罪卿の仲間でもあり、『ホワイトチャペルの亡霊』で活躍した銃弾を防ぐマントは『ダークナイト トリロジー』でフォックスが作った装備が思い出される仕様。


義賊の師匠(7巻#24)

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 『バットマン・ビギンズ』でバットマンになる前のブルース・ウェインを鍛えたのが影の同盟(リーグ・オブ・シャドウズ)という秘密結社のボス、ラーズ・アル・グール。
 多対一の戦闘を指南したり、忍者の小道具で自分を強く見せる演出方法を授けたりと、バットマンのフィジカルな強さの基盤を作ったキャラクターだけあってかなりの強キャラ。
 『バットマン・ビギンズ』クライマックスでゴッサム・シティを破壊しに来てブルースと敵対し、敗れる悪役でもある。

 モリアーティ兄弟の師匠、ジャック・レンフィールド(7巻#24)は暗黒面に落ちてないラーズ・アル・グールを演じてるL・ニーソンと、ビルマで傭兵業に従事して山賊を焼き討ちした経験のある武闘派執事アルフレッドを足して2で割った感じのキャラデザである。


顔を隠した残虐な悪役(10巻#36)

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 ファウラー巡査の頭をひねりつぶしたゴズリングのビジュアルは『ダークナイトライジング』のベインに似ている。
 ゴズリングがしゃべらない設定や頭をつかんで殺すショッキングなシーンは、『スペクター』でD・バウティスタが演じた静音残虐暗殺者からインスパイアされたのかも。


ロンドンの騎士/ダブルパロディ・ストーリー
▼”騎士”の登場(9巻#35)

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『ダークナイト』:ゴッサムで光の騎士(White Knight)と呼ばれる検事ハーヴィー・デントは、正義の体現者として市民からバットマンをしのぐ信頼を集めていた。
 マフィアにとっては脅威であり、裁判中、マフィアの刺客に命を狙われたが、拳銃を奪って反撃している。

『ロンドンの騎士』:ロンドンの市民に”騎士”と呼ばれる庶民院議員アダム・ホワイトリーは、平民に公平な参政権を与えるべく活動する改革者として、市民から犯罪卿をしのぐ信頼を集めていた。
 既得権益にしがみつきマフィアと癒着する貴族にとっては排除したい人物。議事堂前で馬車に仕掛けられた爆弾に命をおびやかされたが、群衆の中に敵対貴族から差し向けられたとおぼしきマフィアの刺客を見つけて取り押さえている(9巻#35)。


▼マフィア捜査(9巻#35,10巻#37)

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『ダークナイト』:デントはジム・ゴードン警部補とバットマンによる画期的なマフィア捜査に目を付け、捜査への参加を提案する。
 しかし、早速ゴードンの部下の汚職警官の扱いで衝突している。

『ロンドンの騎士』:ホワイトリーはザック・パターソン主任警部と会い、”人を見る目”を使って彼の部下を見極め、護衛も兼ねた二人の警官を借りてマフィア捜査を始める。ホワイトリーは知らないが、実はパターソンは犯罪卿の協力者だった(9巻#35)。
 汚職警官を警戒するあまり、ホワイトリーはパターソンの助言を聞き入れず、これ以上護衛を増やさなかった(10巻#37)。


▼トゥーフェイスの伏線(9巻#35,10巻#36)

 デントのオフィスでデントと向かい合っているゴードン。その背後にある左側が整然、右側が乱雑とした本棚はデントの二面性のメタファーだった。

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 ホワイトリーは人を見る目を使って支持者の中から暗殺者を見抜き、鮮やかに確保するも、兄の身の危険が伴う政治活動に思うところのあるサムの感情には気づかない。他者が自身に向ける感情には敏感でも、身内の感情への察しは良くない様子が描かれたこのシーンも、二面性を暗示している。


たったひと押しで、英雄は狂気に落ちる(10巻#38)

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『ダークナイト』:その頃マフィアは街の新たな大悪党ジョーカーと手を組んでいた。
 ジョーカーはマフィアに家族の弱みを握られている警官を操ってデントの婚約者レイチェルを誘拐し殺してしまう。
 レイチェルの死に関わった護衛警官たちへの復讐に取りつかれ、デントは人殺しに手を染めた。

『ロンドンの騎士』:議事堂に刺客を送って失敗した貴族は、脅迫王ミルヴァートンにホワイトリーの排除を依頼していた。
 ミルヴァートンはホワイトリーの護衛警官スターリッジの家族の弱みを握って操り、ホワイトリーの弟サムを殺させる。
 かくしてホワイトリーはサムを殺したスターリッジへの復讐心を抑えられず、人殺しに手を染めた(10巻#38)。


▼英雄のまま死ぬか、生き延びて悪に染まるか(10巻#38)

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『ダークナイト』:バットマンはやむを得ずデントを突き落とし、事実の露見による混乱を避けるためにデントの殺人の罪も被り、デントは英雄のまま死んだことにして真実を隠した。

『ロンドンの騎士』:ホワイトリーによる殺人が露見すれば選挙法改正のとん挫は避けられず、犯罪卿はやむを得ずホワイトリーを殺し、ホワイトリーの護衛警官殺しの罪も被る。ホワイトリーは英雄のまま死に、真実は隠された(10巻#38)。


この街には真の英雄が必要だ(10巻#38)

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『ダークナイト』:市民はバットマンに憎しみをつのらせ、故ハーヴィー・デントは一人の人間から街の正義の象徴になり、デントの遺志を受け継いだ市民たちの手で街に平和がもたらされる。

『ロンドンの騎士』:救世主として死んだホワイトリーの遺志は受け継がれ、平等化は進む。
 市民は救世主(ホワイトナイト)を殺した犯罪卿に憎しみをつのらせる(10巻#38)。


ミルヴァートンのキャラクターデザインと策略 Part 2/3
▼ペンの冴えた使い方(9巻#35)

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ジョーカー「マジックはどうだ?この鉛筆を消して見せよう」
(近づいた男の頭をテーブルに立てた鉛筆に突き刺し、鉛筆はテーブルから消える)
ジョーカー「ジャジャーン。消えてなくなった」
――ダークナイト

 ゴッサム・シティのアングラな極秘の集合場所で集うのはマフィアたち。市警のゴードン、地方検事のデント、自警活動者バットマンの合同捜査により危うくなった先行きの打開をかけた会合である。そこに現れたのは今ゴッサムで最もデンジャラスな悪党、ジョーカー。マフィアの一人をつかまえて鉛筆消失マジックを披露する。マジックというか、要は頭部外傷性の”死”だが。

 ミルヴァートンの差し金によりペンで刺殺されたマフィアの印象的な殺され方に反映されている。


▼汚職警官を操る(10巻#37,#38)

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 ジョーカーは爆弾テロとマフィアに弱みを握られた汚職警官という二段構えでバットマンを苦しめる。一人目の汚職警官バーグは入院中の妻が弱み。二人目の汚職警官ラミレスはデントの婚約者レイチェルの護衛をつとめていたが、母親の入院費と引き換えにマフィアの言いなりになってレイチェルを死なせてしまう。

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 ミルヴァートンも母親の入院費と引き換えにファウラー巡査に拘置所のマフィアを口封じさせたり、ホワイトリーの護衛警官スターリッジの妻子を手下に誘拐して弱みを握りホワイトリーの家族を殺害させたりと、警官の弱みを握って操っている。


▼狂気とは重力のようなもの(10巻#37)

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ジョーカー「ゴッサムの”光の騎士”を俺たち悪党のレベルに落としてやった」――ダークナイト

 ホワイトリーの最愛の人物を殺し、高潔な魂を落とすミルヴァートンの手口はジョーカーの手口と共通している。


混沌の使者は世界が燃えるのを見て笑う(10巻#37)

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アルフレッド「お言葉ですが、ジョーカーはあなたにも理解できますまい。(中略)ゲームのようなものです。世の中には金のような論理的な物事に目を向けない悪党もいる。脅しも理屈も通じず交渉も成り立たない。世界が燃えるのを見て喜ぶ連中です」――ダークナイト
ジョーカー「小さな無秩序を呼び寄せて、既成概念をひっくり返してみる。すると、世の中は大混乱に陥る。俺は混沌の使者」――ダークナイト

 ミルヴァートンは、『ダークナイト』でアルフレッドが語ったジョーカーのプロファイリングに一致するキャラクター像をもっている。


バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生

 アメリカのDCコミックスを原作に『バットマン』と『スーパーマン』のクロスオーバーを実写映画化した作品。DCユニバース映画の一つ。

ジャーナリズム(9巻#35,10巻#39)

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 新聞記者はクラーク・ケント。その正体は街のヒーロー、スーパーマン。会社での業績はかんばしくない。クラークが記者業にいそしんでいる間にも、彼のもう一つの顔スーパーマンは街の脅威としてマスメディアに袋叩きにされている。マスメディアがスーパーマンに攻撃的なのは、悪役レックス・ルーサーJr.による印象操作の影響だった。

 『ロンドンの騎士』でも冴えない新聞記者の原稿がボツにされたり(9巻#35)、『闇に閉ざされた街』でホワイトリー殺しが新聞で報道されたことがきっかけで犯罪卿が市民たちに敵とみなされたり(10巻#39)と、哀愁ただようジャーナリズムがテーマのサブプロットが見られる。


ミルヴァートンのキャラクターデザインと策略 Part 3/3
▼悪役は絵画を眺めて悪魔を語る(10巻#37)

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 ルーサーJr.は言葉の通りに絵を逆さまに。映画のエンディング、ルーサー邸家宅捜索のシーンで悪魔が空から来る絵画が大写しになる。

 これと同じ構図の絵画、ミルヴァートンが眺めているウィリアム・ブレイクの『巨大な赤い龍と太陽の衣をまとった女』が『ロンドンの騎士』で登場している。


▼秘書の存在(12巻#44)

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 ルーサーJr.の秘書マーシーは黒髪ボブに眼鏡、モノトーンのファッションスタイルが特徴。

 ミルヴァートンにも原案にはいない秘書が追加されている。ビジュアルだけならマーシーの要素は同じ秘書キャラクターのマネーペニーに受け継がれているのかも。

 ルーサーJr.はフィンチ上院議員におしっこ入りのジュース瓶を贈る嫌がらせをしている。

 『犯人は二人』にて秘書がおしっこで嫌がらせをする描写は『SHERLOCK 最後の誓い』のマグヌセンの引用でありながら『BvS』の引用でもあるという合わせ技だ。


▼犠牲者は議員と車椅子の男(10巻#36,#37)

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 ルーサーJr.の企みを見抜き阻止しようとしたフィンチ上院議員と、ルーサーJr.の後援で被害者代表としてのロビー活動に利用された車椅子の男キーフは、ルーサーJr.によって公聴会に仕掛けられた爆弾で始末される。

 映画の二人の記号的な特徴が、『ロンドンの騎士』で犠牲になったホワイトリー兄弟のキャラデザに反映されている。


▼ヒロイックな有名人二人を戦わせる計画と二人の意外な接点(12巻#47)

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ルーサー「殺し合いだ。生死をかけた世紀の対決! 最強のグラディエーターはどちらか。神と人間。光と闇。クリプトンの息子とゴッサムのコウモリ」――バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生

 街で話題のヒーローたち、バットマンとスーパーマンの戦いはルーサーに仕組まれていた。その計画は、傭兵やマスメディアを使ったバットマンとスーパーマンの印象操作で、二人のヒーローが互いに憎しみをつのらせるよう仕向けるというもの。
 しかしバットマンとスーパーマンは早々と戦いをやめて手を組む。その理由は二人の母親の名前がマーサだったから。

 ミルヴァートンはというと、ウィリアムとシャーロックの接点を知らずに二人を敵対させるべく呼び寄せてしまったので、戦いの計画は始まる前に頓挫してしまう。


グッド・ウィル・ハンティング

 8巻#31『一人の学生』に登場する学生、ビル・ハンティングはこの映画が発祥のキャラクター。

 『グッド・ウィル・ハンティング』の主人公である数学の天才、ウィル・ハンティングのモデルとなったのは19世紀生まれの実在の天才数学者ウィリアム・ジェームズ・サイディズ

 漫画の主人公ウィリアム・ジェームズ・モリアーティの名前はここから決められたのかも。

 『グッド・ウィル・ハンティング』のウィルは裁判を受けるも弁護士をつけずに挑み、判例を並べて弁護する様は、さながらプロ顔負け。それでもウィルは有罪になってしまうのだが、その弁論の才能は『ロンドンの証人』の幼少時代のウィリアムの裁判に受け継がれている。


(以下の外部サイトでも『グッド・ウィル・ハンティング』が元ネタとして紹介されていて参考になりました。)

【憂国のモリアーティ】原作とはどう違う?本作ならではの要素を調べてまとめてみた!―アニメミル








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